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#5





 三者面談のため、今日は午前中で授業は終わり。

 そして短縮授業。

 本来なら心も踊る日。

 だけど今日の私には小躍りも出来ない。


 面談まで時間があった。

 私は食堂にパンを買いに行ったけど、いざパンを見ると食べたくなくなった。

 仕方なくシュークリームを一個買い、それを中庭のベンチで食べる。

 部活の後に食べるシュークリームは美味しかったんだけど、今日は全然美味しくない。

 べた付くクリームを缶コーヒーで流し込む。


 水泳部が練習しているのをプールの外から見た。

 皆、必死に泳いでる。

 それを見ても何とも思わない自分が居た。


「財前……。どうした、まだ体調悪いのか……」


 磯貝先生が私を見付け、金網越しに声を掛けて来る。


「生理なんで……」


 私はそう言った。

 これも嘘。

 そう言うと先生は何も言えない事を知っている。

 空っぽの私にはお誂え向きの嘘だ。


「ほら、木下、ターンが甘い」


 厚紙を丸めて作ったお手製のメガホンで磯貝先生は声を荒げていた。


「選考会までには復帰しろよ」


 先生はそう言うと泳ぐ後輩に付いて、プールサイドを歩いて行った。


 磯貝先生が離れて行ったのを見て、佐知が寄って来る。


「葉子」


 佐知は私の前にしゃがみ込んだ。


「気になるんでしょ」


 残念ながら佐知の言葉はハズレ。

 全く気にならないし、もう金網の向こう側に立つ事も無い気がした。


「佐知はさ……」


 私は飛沫の上がるプールを見ながら佐知に言う。

 佐知は口角を上げて微笑む。


 私は佐知に「泳げない事は辛い」か訊こうとしてやめた。


「いや、何でもない……。頑張ってね……」


 私は佐知に背を向けてプールを離れた。


 少し離れた場所からまたプールを見る。

 そして両手の親指と人差し指で四角を作り、そのプールの様子を見た。


 プールの外から見ると、こう見えるんだ……。


 私はその風景を初めて見た気がした。


「頑張ってね……、皆」


 私はそう呟くと、校舎へと入った。


 教室に戻ると机に置いていた鞄を取り、肩に掛ける。


 何も考えていない私に面談なんて意味あるのかな……。

 母には悪いけど、やっぱり帰ろう……。


 私は教室を出た。

 ふと、廊下の先を見ると、今日休んでいた香緒里の姿が見えた様な気がした。


 何か様子が違う……。


 私は香緒里に声を掛けるのをやめて、後を追った。

 追うと言っても、行先は美術室だろうとわかっていた。

 私は一つ上の階へ階段を上る。

 すると、水泳部のマネージャーの玲奈と美玖が階段を下りて来た。


「あ、財前先輩」


 美玖が私に気付き微笑みながら頭を下げた。


「体調どうですか……」


 玲奈も心配してくれていたのか、心配そうに私を見ていた。


「うん。ありがとう……。心配してくれて……」


 私は二人の頭を撫でる。

 子供扱いしている様に見られるのかもしれないけど、これは私が先輩にしてもらって嬉しかった事。

 私も何故かこの二人にはこうしてしまう。


「久代先輩が言ってましたよ」


 佐知が何を言ってたんだろう……。


「財前先輩が泳げないのは自分のせいだって」


 私は首を傾げた。


「久代先輩が病気で泳げなくなって、競い合うって事が無くなったからだって」


 私はハッとした……。


 佐知の言う通りなのかもしれない。

 私は私の前を泳ぐ佐知を追いかけていた。

 そしてその佐知が泳ぐのをやめた時、私の泳ぐ理由は無くなってしまったのかもしれない。


「アイツ……」


 私は玲奈と美玖に微笑んで、今一度頭を撫でた。

 そして、


「佐知に言っておいて。今度はスイーツの早食いで勝負しろってね」


 二人は顔を見合わせて笑っていた。


 その時、上の階で誰かの叫び声が聞こえた。

 私はその声に何故か胸騒ぎがして、


「玲奈、美玖、また今度」


 と言うと階段を走って上った。


 廊下に人だかりがあり、私はその部屋、美術室を覗き込んだ。

 そこにはペイントナイフを両手にしっかりと握った香緒里が立っていた。

 そして白いシャツの腕から血を流す白石先生が居た。


「安東、落ち着け……」


 白石先生の腕を伝い床に血が落ちる。

 香緒里の表情がいつもと違う。


「落ち着いて、もう一度ゆっくり話そう」


 私は鞄を床に置いた。

 そしてゆっくりと香緒里に近付く。


「香緒里……」


 私に気付いた香緒里は、


「来ないで葉子」


 と叫ぶ様に言う。


「こいつを殺して私も死ぬ」


 香緒里は普通では無かった。

 あんなに好きだった白石先生を「こいつ」と言った。


 私は振り返り、美術室のドアを閉め、鍵を掛けた。

 人を傷付ける香緒里を誰にも見せたくなかった。


「香緒里……」


 私はゆっくりと香緒里に近付く。


「こいつは私を……、私を……」


 香緒里は涙を流しながら言う。


 私は腕を押さえた白石先生を見た。


「何があったんですか」


 私は白石先生に訊いた。


「な、何もない。私は何も知らない」


 先生は描き掛けの絵が立ててあるイーゼルを倒しながら教室の後ろへと後退る。


「何も無いって……」


 香緒里はペイントナイフを振り上げて白石先生に切りかかった。


「香緒里」


 私はその香緒里の腕を掴んだ。

 香緒里の手からペイントナイフは落ち、床で音を立てた。

 私はその香緒里を後ろから抱きしめた。


「そんな事したら、私を描いてもらえなくなる……」


 私は香緒里の耳元でそう言う。

 香緒里は床に崩れる様に座り込んだ。


 白石先生も腰を抜かした様に座り込んだ。


「もう描けないよ……。私、もう描けない……」


 香緒里は泣きながら小さな声を震わせていた。


「あんなに好きだった先生なのに……」


 私はその声に白石先生を見た。


「あんな事するなんて……。もう絵なんて……描けないよ……」


 あんな事……。


 私は白石先生が香緒里にした事がわかった気がした。


 私は床に落ちたペイントナイフを拾った。

 白石先生はペイントナイフを握った私に気付き、座ったまま後退る。


「違う、違うんだ……。彼女が、安東が俺を誘ったんだ……」


 私は息をするのも忘れ、唾を飲んだ。

 ゆっくりと白石の方へと歩く。

 先生は壁際まで下がるとゆっくりと立ち上がった。


「悪かった……。許してくれ……」


 白石の声は震え、掠れていた。


「何でもする。勿論、推薦だって。な、何なら財前、お前も一緒に推薦してやる。な、すまん、すまなかった」


 私はペイントナイフを振り上げ、力を込めて振り下ろした。


 私はペイントナイフを白石の顔の横に突き立てた。

 壁に掛けてあった白石が描いた絵を突き破り、ペイントナイフは折れ曲がった。

 そして白石は再び、床に座り込んだ。


 それを見て香緒里は、顔を両手で覆い泣いていた。


 私は傍にあったイーゼルを座り込んだ白石に投げ付けた。

 白石の額から血が流れ出す。


 私は白石を睨み付け、拳を握った。


「もういいよ……。葉子……」


 香緒里の震える声が聞こえ、私は握った拳を緩めた。


 私は、香緒里に寄り添い、彼女をゆっくりと立たせた。


「立てる……」


 香緒里は顔を手で覆ったまま頷く。

 私は彼女の頭を撫でると、彼女の肩を抱いた。

 そして、震える白石をもう一度睨んだ。

 そして言葉を飲み込んだ。


 私は白石に何も言わずに美術室のドアを開けて、廊下に出た。

 放課後の旧校舎はそんなに使う子も居ない。

 私と香緒里はその廊下を歩く。

 集まった生徒たちは両脇に避け、私たちの歩く道を開けた。






 校門の傍に来夏さんの小さな外車が横付けされた。


「葉子」


 私は香緒里に手を添えて、来夏さんに近付いた。


「すみません……」


「良いよ、葉子の頼みだからな……」


 私は香緒里を来夏さんに預ける事にした。

 今、私が安心して友達を預ける事が出来るのは来夏さんしか居ない。


「私、三者面談があるんで、それ終わったら合流します」


 私は来夏さんに頭を下げた。

 来夏さんは微笑みながら頷く。


「わかった。とりあえず、待ってるよ」


 来夏さんはドアを開けて、香緒里を車に乗せた。

 そしてこめかみに二本の指を当てて自分も車に乗り込んだ。

 そして勢いよく来夏さんの車は走って行った。


 それと入れ違いに母の車が入って来る。


「葉子……」


 窓が開き、母が私を呼んだ。


「待っててくれたの」


 私は母に微笑み、


「ま、そろそろかなって思って」


 そう言った。


「車止めたらすぐ行くから、入口で待ってて」


 母はそう言うと駐車場へと車を走らせた。


 小走りに母は玄関へとやって来た。


「ごめんごめん。ギリギリになっちゃったね」


 私は無言で微笑んだ。


「行きましょう……」


 母は私より先に校舎へと入って行く。


 実は私の手はまだ震えていた。

 母の顔を見て少し落ち着いたが、それでも震えは止まらなかった。


 大学の推薦をしてやるからと白石は香緒里に関係を強要した。

 そして最後まで嫌がる香緒里を無理矢理に。

 私は許せなかった。

 希望を持って将来を考えていた香緒里は一日にしてその夢を捨てる事になった。

 教師にとって生徒なんて三年間しかその場に居ない存在なのかもしれない。

 だけど、香緒里にしてみれば、そんな先生を慕い、好きになったのに、裏切られた。

 それは人生を変えてしまう程の事だと私は思う。

 許せなかった。

 本気で白石を刺そうとも思った。

 だけど、香緒里の前で白石を刺す事は私には出来ず、白石の描いた自慢の絵に穴を穿つ事が精一杯の事だった。


 この後、白石がどうしたって良い。

 学校をやめる事になろうが、警察に突き出されようが、私は良いと思った。

 大切な友達、香緒里を守れたんだから。


 母と一緒に保健室の前を通ると、中から白石が出て来た、額に大きな絆創膏を貼り、白いシャツを真っ赤に染めていた。


「あら、どうなさったんですか」


 母は、心配そうに白石に訊いた。

 白石は慌てて、


「いや、転んだらちょうど額をぶつけてしまいまして……」


 白石は私の顔をみながらそう言った。


「まあ、危ないですわ。気を付けて……」


 白石は母に頭を下げながら逃げる様に去って行った。


「何の先生」


 母は白石の背中を見ながら私に訊く。


「美術の先生よ」


 私は廊下を歩きながら言う。


「きっと誰かに殴られたのね……」


 母はそう言って笑った。






 三者面談は呆気なく終わった。

 やっぱり母は強しだ。


 白紙の進路を見て担任の黒田は溜息を吐いていた。

 しかし、母はその白紙を見ても笑っていた。


「お母さん……。この時期に進路を決めていないのは葉子さんだけなんですが……」


 黒田は私の白紙の紙を指先でトントンと叩きながら言った。


「あまりに放任過ぎるんじゃないですか」


 母は黒田に微笑み、


「娘の将来は娘のモノなので、誰かがとやかく言うモノではありませんわ」


 そう言い放った。


 それには黒田も何も言えず、腕を組んで俯いていた。


 結局、夏休みが終わるまでに決めようと言う事になり、私の将来には執行猶予が付いた。


 私は母と一緒に玄関から出た。


「葉子」


 母は前を歩く私を呼び止めた。

 私は振り返り返事をした。


「なあに」


「あなたの将来は白紙で良い。線が引かれている将来なんてつまんないでしょうし……」


 母は駐車場へと歩く。


「それに、誰かと同じ様に生きて欲しいなんて微塵も思った事ないわ」


 私は母らしい言葉だと思った。

 そして母は振り返り私の前に立つ。


「でも、一つだけ約束して」


 私は真剣な表情の母に首を傾げる。


「自分の選んだ道に後悔しない生き方をしなさい」


 私は微笑んで頷いた。


「ここの所、ずっと悩んでたでしょ……。私もね、あなたくらいの時はいっぱい悩んだわ。それも高校生の仕事の一つかもね」


 母は、軽やかな足取りで歩き出す。


 私が悩んでる事、母はちゃんと知ってた。


「ママ」


 私の声に母は振り返る。


「何で悩んでる事、知ってたの」


 母は手招きして私を呼んだ。

 そして私の耳元で、


「だって、ビールの減り方が半端じゃないんだもの」


 そう言うと車のドアを開けて乗り込んだ。


「明後日、パパが帰って来るみたいだから、何処かでお食事しましょう」


 母はそう言うとドアを閉めた。

 そしてエンジンを掛けると、学校を出て行った。

 私は母の車を見えなくなるまで見送った。






 私は公園に急いだ。

 そこに来夏さんと香緒里が居る様な気がした。

 案の定、芝生の真ん中で横になり空を見上げる来夏さんと香緒里を見付けた。

 私は自転車を止めて、二人の傍に立った。


「あ、葉子……」


 香緒里は私を見て言う。


「パンツ見えてるよ」


「葉子はパンツ見せるのが好きなんだよ」


 来夏さんはそう言って笑った。


「そんな訳無いでしょ……」


 私は二人の傍に座った。


「どうだった三者面談」


 香緒里はうつ伏せになり訊いた。


「あ、うん。何も言われなかった……、って言うか、何も言えない感じだった」


「何それ」


 香緒里はクスクスと笑った。


「白紙で出したんだろ……進路」


 来夏さんは空の写真を撮りながら言う。


「嘘……。白紙で出したの……」


 香緒里は驚いていたが、その後、声を出して笑ってた。


「流石は葉子って感じだね」


「ママがね。娘の将来は娘のモノなのでって言ったのよ。それ言われると流石の黒田も黙っちゃって」


 私たちは三人で笑った。


「何か、お腹空いたね……」


 私は膝を抱えて身体を揺らしながら言った。


「あ、私も昨日から何も食べてないや……」


 香緒里も言う。


 来夏さんはカメラを置いて起き上がりながら、私たちを見た。


「ちゃんと食わないとおっぱい大きくならないぞ」


 そう言って私と香緒里の胸を見た。


「私が言っても説得力ないな……」


 私たちはクスクス笑う。


「何か食べたいモンあるか」


 来夏さんは立ち上がってお尻に付いた芝生を払った。


「連れてってやるよ」


 私は香緒里の手を取って立ち上がる。


「ラーメン食べたい」


「ラーメンいいね」


 香緒里も賛成した。


「何だ、そんなモンで良いのか」


 来夏さんは私たちを見て微笑む。


「来夏さん特製ラーメンが良いな」


 私は来夏さんの腕を取った。


「何それ、私も食べたい」


 香緒里も反対側の来夏さんの腕を取る。


「いやいや……、あんなモン……」


 そう言う来夏さんに、私たちは「食べたい、食べたい」とせがんだ。


「わかったよ……。じゃあ、おいで……」


 と青い芝生の上を歩き出した。

 私と香緒里はその後を着いて行った。






 鍋のまま食べるラーメンが一番おいしい。


 来夏さんはどっかの作家が言った言葉だって言ってたけど、私はその通りだと思った。

 鍋のまま、手で千切った魚肉ソーセージと卵の入ったインスタントラーメン。

 何処までも安っぽいラーメンだけど、幸せな気持ちになるラーメン。


「美味しかった……」


 香緒里は曇る眼鏡を拭きながら言う。

 私はそれを見て微笑む。


「でしょ……。このラーメンは最高だよ」


 来夏さんはクスクス笑い、


「私が稼げなくて苦しい時に食べてた一番のご馳走なんだよ」


 そう言う。


「けどさ……」


 来夏さんは立ち上がり、暮れた街を見た。


「不思議と侘しいとか思った事無かったんだよな……。お金なくても、やりたい事やってれば幸せだったな……」


 私と香緒里は顔を見合わせる。


「書いても書いても、最終候補にさえ残れない小説をずっと書いて……。撮りたくも無いアイドルのスキャンダル写真撮って……。ずっと私は何やってるんだろうって思ってた」


 来夏さんは私たちの方を振り返った。


「一つも私の描いた将来に向かって進んでいない気がしてた。だけど、小説を書く事が好きでさ、本にならなくても、書いてる事、書く事が出来るって事が幸せだったな」


 私は俯き、熱い息を吐いた。

 胸が締め付けられる。


「小説家か……」


 香緒里が呟く。


「私も香緒里みたいに絵が上手かったら漫画家になりたかったかもな……」


 来夏さんはタバコを咥えて火をつける。


「絵心ゼロだからさ、小説家しかないって」


 そう言って笑った。


 煙を吐きながら来夏さんは振り返る。


「絵心無いから写真を撮るのかもしれないな。頭の中で描いたイメージ通りの写真が撮れたら、鳥肌が立つ事もあるよ……。下手だけどな」


 香緒里は周囲を見て、


「来夏さんの撮った写真、見てみたいな」


 と言う。

 来夏さんは微笑むと、


「見てみるか……」


 と言って棚に立てたバインダーを取り出し、香緒里に渡した。

 香緒里はそれを受け取り開いた。

 私はそれを横から覗き込む様に見た。


 人を撮った写真が沢山あった。

 笑っている人ばかりがそこに溢れている。


「皆、笑ってる……」


 私は顔を上げる。

 来夏さんは私に頷いた。


「笑えるってさ、幸せな瞬間だと思うんだよ。些細な事でも、笑えないより笑える方が良いに決まってるし。夢を叶えた瞬間の笑顔って最高だろうな……」


 夢か……。

 私はその夢が何なのかって所から始めないといけない。

 夢に向かって生きる。

 それがどんな結果であれ、後悔しない生き方なんだろうか。


 香緒里は真剣に来夏さんの写真を見ていた。


「葉子……」


 香緒里は寫眞を見つめたまま、


「私、やっぱり絵、描くよ……」


 と言う。


 私は自然と笑みが湧いてきた。


「うん……」


 私は香緒里の肩を抱いた。


「葉子のヌードも描きたいしね」


 私と香緒里は笑った。


「何だそれ……。葉子のヌード……」


 来夏さんはタバコを消して私たちの前に座った。


「わ、私が大学合格したら、葉子がヌード描かせてくれるって……」


 来夏さんの気迫に押されながら香りが言う。


「それなら、私に写真撮らせろよ……」


 私は少し身を引いた。


 もしかしたら来夏さんは本当にレズでは無いだろうか……。

 私は少しそれを疑った。


 私の疑いの目に気付いたのだろうか、来夏さんは私を指差して、


「あ、言っとくがレズでは無いぞ。私は男が好きだ」


 私と香緒里はまた二人で笑った。


「男が好きって言われても……」


「香緒里も好きだろ、男」


 と来夏さんと香緒里は二人で笑っていた。

 私は立ち上がり、窓の外を見た。


 少しずつ空っぽの私が何かで埋まって行くのを感じていた。

 私、笑ってる……。


「ねえ、来夏さん……」


 私は街の灯りを見ながら言う。


 来夏さんと香緒里は私の声に笑うのをやめた。


「お願いがあるんだけど……」


 来夏さんは、私を見上げて微笑んでいた。







「大丈夫なのか……」


 来夏さんは周囲を見ながら私たちの後ろを着いて来る。


「大丈夫だよ。週末は誰も居ないし……」


 香緒里はそんな来夏さんの手を引っ張った。


 私は金網を乗り越えて学校の敷地内に入った。

 その後を香緒里が乗り越え、半分落ちて来る香緒里を受け止める。

 そして来夏さんのカメラを受け取ると、来夏さんが乗り越えて来た。


「いつもこんな事してるのか……」


 来夏さんが小声で言う。

 別に小声になる必要はないんだけど……。


「しないしない。女子高生はそんなに暇じゃないし」


 私は振り返って来夏さんに言った。


 メタセコイヤの樹の横を抜けてやっとプールに辿り着く。


 そう。

 私たちは学校のプールに向かっていた。






「え……」


 来夏さんは眉を寄せて私を見てた。


「だから、私の写真を撮って欲しいの」


 私は何故か、来夏さんに写真を撮って欲しいと思った。


「来夏さんの本気の一枚……。見せてよ」


 私の真剣な表情を見て、来夏さんは俯いて微笑んでた。


「わかった。本気の一枚、撮ってやろうじゃないか……」


 来夏さんは立ち上がり、棚に置いたカメラを手に取った。

 いつも空を撮ってるカメラじゃなく、私にくれた一眼レフと言われるカメラだった。


「何処で撮りたい……」


 私は、少し考えた。

 そして、


「学校。私たちの……。プールが良い」


 私はそう言った。








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