#1
本当の私って何処にあるんだろう……。
プールの底から見る空はいつもキラキラ輝いていて綺麗。
だけどこれって本当の空なのだろうか。
あ、また誰かが飛び込んだ。
私はクルリと体勢を変えて水面に顔を出す。
そして本気で泳ぐ子の邪魔にならない様にプールの脇へと避ける。
「葉子。どうしたの……」
プールから出る私にストップウォッチを持った佐知が声を掛ける。
私は前髪から滴る水を手で拭い、プールサイドに掛けたバスタオルを取った。
「ごめん。今日は帰るわ……。体調不良」
私はそれだけ言って更衣室へと向かった。
「大丈夫なの。選考会、来週だよ。葉子」
そんな佐知の声は野球部の声にかき消されていく。
誰も居ない更衣室に入り、水しか出ないシャワーを浴びながら水着を脱ぐ。
ただでさえ脱ぎ着しにくい水着は、水に濡れると更に脱ぎにくくなり、本当に嫌い。
練習の後のシャワーはとりあえずのモノで、シャンプーもトリートメントも出来ない。
髪はギシギシするし、身体も塩素臭い。
それでも浴びないよりは浴びた方が良い。
シャワーを浴びて、身体を拭くとバスタオルを巻いてロッカーを開ける。
ロッカーの中に放り込んだ下着と制服。
それをさっさと身に着けて髪を拭く。
濃い塩素のせいで自慢の長い髪は赤茶色になってしまい、引退したら一度短く切ろうと思っている。
コーチの磯貝先生は「髪は短く切った方がタイムは伸びる」って言うけど、それは世界レベルの話で、私たちの様な弱小の水泳部ではあまり関係ない筈。
部費で買った強力な業務用のドライヤーが二つあり、練習を最後までやると取り合いになる。
勿論、使えるのは三年生だけで、去年までは濡れ髪のままブラウスの背中を濡らして帰っていた。
髪を乾かせる三年生が羨ましかったが、いざ三年生になってみると、ドライヤーが使える事がそんなに有難い事でも無い事に気付いた。
業務用のドライヤーは本当に強力で、短い時間で濡れた髪が乾く。
さっさと髪を乾かして、私は鞄を持って更衣室を出る。
この塩素臭い更衣室が嫌いだ。
嫌いなら水泳部なんて入らなきゃ良いのにって思うけど、嫌いになったのは今年に入ってからで、一秒でもその匂いから遠ざかりたいって思う。
私は皆が練習を続けるプールを横目に、自転車置き場へと行く。
ジリジリと照り付ける太陽。
まだ夏前の季節なのに、奴は本気で私たちを照らす。
「財前先輩」
と私を呼ぶ声がした。
私は振り返りその声の主を探した。
ジャージ姿の後輩マネージャーが追いかけて来る。
どうせ佐知に追いかけろって言われたのだろう。
後輩の君塚玲奈と滝田美玖。
私からしてみれば二人ともキラキラネームの今時の子。
「何……」
私は無表情なまま二人を見る。
別に怒っている訳じゃないけど、多分、二人には不機嫌に見えると思う。
「あ、いえ……久代先輩に、早退の理由を訊いて来いって言われて……」
やっぱり佐知の差し金だった。
私は青い空を見上げた。
名前を知らない鳥が校庭に植えられた樹から樹へと飛び移って行くのが見えた。
私はその二人の後輩の頭を撫でた。
「ごめんね。嫌な思いさせて……」
私は二人にそう言う。
「あ、いえ……」
玲奈は申し訳なさそうに頭を下げた。
美玖も目を俯いてバツの悪そうな表情で、
「久代先輩が心配してたので……」
と集中しないと聞こえない程小さな声で言う。
「うん……。ごめんね。ここの所、本当に体調悪くて……」
私はもう一度、空を見上げた。
「少し部活休むって佐知に伝えておいて……」
私はもう一度二人の頭を撫でて、自転車置き場へと歩いた。
校舎の脇に入ると日陰になる。
やっぱり日陰は少し涼しい。
もう夏がそこまで来ている。
私の目の前に丸めた紙が落ちた。
私がそれを拾うともう一つ丸めた紙が転がった。
私はそれも拾い、上を見上げた。
幼い顔の丸い眼鏡。
同級生の香緒里だった。
「葉子」
校舎の三階の教室から手を振る。
旧校舎の三階。
ちょうど美術室だ。
香緒里は美術部で中学も一緒だった。
「香緒里……。ゴミを投げるな」
私は大声で言った。
「開けてみて」
香緒里が言うのでその丸めた紙を開く。
すると中から香緒里がいつも食べている棒の付いたキャンディが出て来た。
私はそれを香緒里に見せて、
「ありがとう」
と言った。
香緒里は手を振りながら、
「その代わり、今度ヌードモデルやってね」
と言って窓から引っ込んだ。
私は笑って、そのキャンディを開けて口に入れた。
香緒里は美術部の顧問、白石先生に一目惚れして迷わず美術部に入った。
中学に美術部が無く、放課後一人で絵を描いていた。
気が付くとプールの金網越しに私たちを書いていた事もあった。
元々絵が上手い事もあり、幾つか賞を取って、選考集会で表彰されてた事もあった。
推薦で美大に行くと香緒里は言ってた。
自転車を押して学校を出る。
校則で学校の敷地内は自転車を押して歩く事になっている。
そんな変な校則のせいで、朝は校門から自転車置き場まで大渋滞になる。
校門を出ると私は自転車に乗り、一気に走り出す。
暑い夏でも自転車に乗って全身に受ける風は心地いい。
学校の近くは新興住宅地で、大きなマンションが立ち並ぶ。
その新興住宅地から通学する子たちは大体徒歩で、そこを抜けた所にある古い町並みから来る子たちは自転車。
家が遠い生徒の特権みたいなモノ。
幾つかのマンションを通り過ぎた所に大きな公園がある。
昔は池だった場所を埋め立てて造った公園。
私はその公園に入り、芝生の広場を見る。
いつもその芝生に寝転んで空の写真を撮っている人が居る。
流行のインスタとかフェイスブックにその写真をアップしている人。
「居た……」
私は今日もその人を見付けて、自転車を止めた。
そして、写真を撮る来夏さんにそっと近付く。
芝生に大の字になって、デジカメを空に構える。
私はその来夏さんの傍に立つ。デジカメを構えている来夏さんは私を見て微笑む。
「葉子……。パンツ見えてるよ」
そう言って身体を起こした。
私は来夏さんの横に座り、
「来夏さんって空だけじゃなく、女子高生のパンツの写真も撮るんだ」
と言った。
「まあ、依頼されたら撮るけど……」
来夏さんはそう言って笑った。
去年の冬に此処で来夏さんと知り合った。
寒い日に枯れた芝生に寝転んで、カメラを構え、何枚も写真を撮っていた。
私は、ベンチに座ってその光景をずっと見ていた。
何をしてるんだろうって思って。何度目か忘れたけど、勇気を出して声を掛けてみた。
「空の写真を撮るのが好きなんだ」
その時、撮った写真を私に見せてくれた。
「わかるかな……。一枚として同じ写真は無いんだよね。空だけは同じ場所から同じ様に撮っても、同じ写真は撮れないんだ」
その時は良くわからなかったけど、何となく来夏さんの撮る空の写真が好きになった。
それからこの公園で来夏さんを見かけると、芝生に寝転んで一緒に何時間も空を見る様になった。
来夏さんはフリーのライターをやっていると言ってた。
それが嘘でも本当でも良い。
私は来夏さんと話をするのが楽しみになった。
「受験勉強はどう」
来夏さんは私の横で大の字になったまま訊いた。
「うん……。全然」
私の言葉にクスクスと笑う。
「私もそうだったな……。全然勉強できなかったし」
私は身体を起こして、
「高校って楽しかった……」
と訊いた。
「楽しかったんだろうな……。何か高校生だった三年間ってさ、大人になるために準備期間って感じでさ」
私は小さく何度か頷く。
「大人か……」
来夏さんは空の写真を撮った。
「大人って楽しい……」
そんな事は誰にも訊けない事の様な気がした。
「どうかなぁ……。好きな事は出来るかもね」
来夏さんは胸の上にカメラを置いて、私を見てた。
「葉子は大人になったらしたい事ってある」
今度は私が空を見上げる。
「したい事か……。お酒飲んだり、タバコ吸ったり……お洒落したり」
来夏さんはクスクス笑った。
「そんな事は今でもしようと思えば出来るじゃん。勿論、違法だったりもするけど」
私も一緒に笑った。
来夏さんはまたカメラを空に向ける。
「大人になる準備ってさ、自分探しのための準備なんだよ。何がしたいか……」
シャッターを切る音が聞こえた。
「何がしたいかって事がわからないとさ、何が自分に向いてるか、なんて選択をしなきゃいけなくなる。それもわからないと、自分には何が出来るのかって選択になる」
来夏さんはまたカメラを胸の上に置く。
「そうやって選択の幅を狭めて行き、結局出来る事をやって生きて行くしか無くなってしまう」
私は来夏さんの言葉を聞きながら流れる雲を見ていた。
「それって自分を諦めて生きてるみたいで詰まんないじゃん……」
私は何がしたいのだろうか……。
小学校を卒業する時に文集に書いた「将来なりたい職業」は芸能人だった気がする。
でも、そんな小学生の文集に書いたなりたい職業に就ける子なんてそう何人も居ない。
そのために努力して目標に向かって進んでいる子なんてどれだけいるんだろう。
「来夏さんはライターになりたかったの……」
私は空を見上げる来夏さんの横顔を見る。
「いや、私は小説家になりたかった。って言うか、今もなりたいって思ってる」
小説家か……。
何か凄い……。
「昔から勉強もせずに本ばっかり読んでた。いつか皆に楽しいって思われる小説を書きたいって小学生の時に思ったかな……。卒業文集の「将来なりたい職業」には小説家って書いたよ」
私はクスクスと笑った。
「来夏さんの頃にも、卒業文集の「なりたい職業」っての、あったんだね」
「ああ、定番でしょ……」
私たちは声を出して笑った。
私はガレージに自転車を入れて玄関の鍵を開けた。
「ただいま……」
誰も居ない事はわかっているのに、いつもこれは言う。
明かりのついていない暗いリビングを通り、二階の自分の部屋へ行く。
この家では母と父、私の三人で暮らしている。
三つ上の兄が居るんだけど、東京の大学に行っているので、一人暮らし。
父は出張が多く、家に居る事の方が少ない月もある。
母は数年前にパウンドケーキをインターネットで販売する会社を始めた。
自宅から車で少し行った所に工房を作り、朝早くから夜遅くまでそこでケーキを焼いている。
近所の主婦仲間と一緒にやっている様だけど私はその工房に行った事は無い。
制服のスカートを脱ぎ、濡れた水着とタオル、そして着替えを取ると一階に下りシャワーを浴びる。
父も兄も居ない時だけ。
居る時はちゃんと脱衣所で脱ぐ事にしてる。
熱めのシャワーで全身を泡だらけにして身体を洗い、一気に流すのが好き。
裸のまま髪を乾かして、部屋着を着る。
脱衣所を出ると、静寂しかない家を見渡す。
母が私の夕飯を作り、ラップを掛けて冷蔵庫に入れている。
その夕飯が二人分準備してある日は父が帰って来る日で、今日は私の分しかないので、父は出張で帰って来ない日という事。
私はラップを少し捲り、夕飯のメニューをチェックする。
今日はとんかつらしい。
冷蔵庫で冷えた缶ビールを一本取り、二階の部屋に上がる。
私は部屋の窓を少し開けると、そこから流れ込む風を感じながら缶ビールを開けて一気に半分程飲んだ。
来夏さんの言う大人じゃなくても出来るってのは実は知っている。
そして机の引き出しを開けるとタバコの箱を取り、咥えた。
別に私は不良じゃない。
不良じゃなくてもお酒も飲むしタバコも吸う。
母もそれを知っている様だけど何も言わない。
兄も高校に入ると同時にタバコを吸っていたけど、
「勉強さえしてくれたら何も言わない」
という事だった。
まあ、お酒やタバコが切れて手が震える事もないから、大丈夫。
学校指定の鞄の中に入れているスマホを取り出す。
私に連絡してくる子は少ないので、あまり着信は気にしない方。
今日も着信は無い。
スマホを学校に持って行くのは校則で禁止されているが、申請すれば持って行っても良い。
その代わり電源を切り、放課後までは触らない事。
それじゃ持って行く意味はあまりない様な気もする。
タバコに火をつけて、細い窓の隙間から外に向かって煙を吐く。
今日は風が中に吹き込んでいるので、その煙は全部、部屋の中に戻って来る。
兄は部屋の中が臭くなると言ってベランダに出てタバコを吸っていた。
でも私はタバコの匂いが嫌いじゃない。
だけど制服に匂いが付くのはまずいのかもしれない。
ベッドの上に投げ出したスマホを手に取った。
ネットで見れる動画が学校で話題になるけど、私はそんなモノにも興味が無い。
子猫の動画が可愛いとか、誰々が大食いでピザを食べてたとか。
本当にどうでも良い話。
ベランダに置いた空き缶でタバコを消して中に放り込むと、残ったビールを飲み干す。
ビールの空き缶は後でキッチンに持って行き、洗って捨てる。
それさえやってれば母も何も言わない。
癖になっている溜息を吐いて机に向かう。
赤本とかも買って、受験生っぽい感じの机だけど、実際にはその赤本もペラペラと捲って一度見ただけ。
行きたい大学も決まってないし、行ける保障も無い。
成績は中の中、もしくは中の下。
したい事も全くない。
クラスの友達は保育士だとか介護系の仕事とか、現実的な会話をしている。
そんな会話も私には関係ない話の様に聞こえて仕方ない。
「葉子、私の仕事手伝う……」
母は自分のやっているパウンドケーキの会社を手伝っても良いみたいな話をしてた事も有ったけど、それもなんか違う気がする。
母の会社は結構人気があるみたいで、一番人気のプレーンパウンドケーキは今、注文しても届くのは一年先らしくて……。
今欲しくて注文するのに、一年後にそれを食べたいかどうかなんてわからないんじゃないかな。
子供の頃から水泳だけはやって来た。
だけど、それ以外の事を続けた記憶が無い。
ピアノも習ったし、習字や英会話も。
けどどれもすぐ辞めちゃって、リビングには今は誰も弾かないピアノが申し訳なさそうに置いてある。
その唯一続けて来た水泳も、今は風前の灯火。
嫌になってしまった。
結局、私には何が残るんだろう。
気が付くと空っぽの私が居る。
寝てしまっていた。
気が付くと十時を過ぎていて辺りは真っ暗。
お腹が空いてキッチンへと下りる。
母はまだ帰って来ていなかった。
いつも深夜に帰宅したり、帰って来ない日もある。
私は冷蔵庫から母が準備したとんかつを出し、レンジに入れる。
こんな時間にとんかつを食べられるのも若さの特権。
多分、父ならとんかつに手を付ける事無く、お茶漬けを食べていると思う。
ご飯をよそって温めたとんかつを取り出し、私専用のグラスに冷たい緑茶を注ぐ。
私は緑茶派で、母が買って来たペットボトルの緑茶が常に冷蔵庫に入っている。
「戴きます」
手を合わせて遅い夕飯を食べ始める。
一人の夕飯も慣れた。
ダイニングテーブルの横に置いてある小さなテレビを点けた。
母が料理をしながらテレビを観れる様にと数年前に買ったモノ。
「食事の時はテレビを見ない」
と、以前は父が怒っていたけど、今は父も食事をしながら見ている事がある。
食事の時のテレビはある意味BGMの様なモノで、静かなダイニングで一人食事をしていると気分も落ち込む。
つまらない番組を見ながら一人食事をする。
食事は私にとってエネルギー補給の行為でしかない気がする。
食事を楽しむなんて事をしたのはいつだっただろうか。
さっさと食事を済ませると、使った食器を洗い、部屋へと戻る。
夕方飲んだビールの空き缶を持って行くのを忘れている事に気付き、もう一度キッチンへ。
空き缶を濯ぐと、缶専用のごみ箱に放り込む。
空き缶がぶつかる乾いた音が響く。
ゴミ箱の中のビールの空き缶。
多分、その大半は私が飲んだモノだ。
部屋に戻り、ベッドに横になる。
今日は宿題が出ていた気がするけど、もう今からやる気はない。
明日誰かに写させてもらおう。
ベッドの横でスマホを充電し、天井を眺める。
今日もつまらない一日だった。
何のやる気も起きない一日。
ううん、今日だけじゃない。
もうずっとそう。
私は空っぽ……。
大人になったら何をしたいのか……。
来夏さんに言われて考えようと思った。
けど頭の中でその言葉が共鳴するだけで、何も思い浮かばない。
どう考えたらそんな思考になるのか。
その辺りから教えてもらわないと、私にはその答えの出し方さえもわからないのかもしれない。
大人って何だろう……。
お酒、タバコ……。
生理もあるし、胸だってそれなりに大きくなってる。
後は何が足らないんだろう。
私って子供なの、大人なの。
セックスの経験……。
それは経験無いけど、周りで経験した子の話も聞く。
経験したからって大人には見えないし、それが何って感じ。
二十歳になったら大人なの。
「此処から大人です」って明確な線でも引いてくれてればわかりやすいのに。
こんな話を皆は親とするのだろうか。
兄や姉とするのだろうか。
誰か教えてくれるのだろうか。
卒業したら何か変わるのだろうか。
大学に行くと何か変わるのだろうか。
毎日毎日、疑問だけが増えて行く。
空っぽの私の中は疑問符だらけ。
皆、私と同じ様に空っぽなのだろうか……。
気が付くとカーテンの隙間から温い朝日が差し込んでいて、その光で私は目を覚ました。
制服に着替え鞄を持って部屋を出る。
キッチンにもリビングにも母の姿は無い。
だけど、朝食の用意がされているから、もう仕事に出掛けたんだろう。
朝食はいつもと同じメニューで、目玉焼きとウインナーが二本、それにサラダとフルーツ。
私は冷蔵庫からヨーグルトとオレンジジュースを出してトーストを焼く。
朝食はいつも同じメニューでも文句を言わない。
これは何故だろうか。
私はトーストにマーガリンを塗り、手を合わせる。
「戴きます」
考えてみると、昨日帰宅した時の「ただいま」と夕食の時の「戴きます」。
そして今の「戴きます」。
この三つしか声を発していないのかもしれない。
しかも全てが独り言。
朝食のエネルギー補給。
十分もかからずに朝食を終えて、歯を磨き、顔を洗う。
髪の毛に櫛を入れると、もう家を出る時間になる。
これもほぼ毎日同じ時間配分。
朝から髪の毛をセットしたり、中には化粧をしてくる子もいる。
そんな子たちは朝早起きしてでも化粧やセットをしてくる。
私には無理。
でもこれも、大人になるとしなければいけないのだろうか……。
玄関の鍵を閉めるとガレージに停めた自転車に乗り、家を出る。
学校まで二十分ちょっと。
少し早めに学校に着く様にしている。
昨日、来夏さんと会った公園を見た。
流石に朝から来夏さんの姿は無い。
自転車を止めて空を見上げると、夏の青い空が広がっている。
こんな空の写真が来夏さんのカメラには沢山詰まっている。
校門の前で自転車を降りて、押して校門を通る。
風紀委員の子たちが校門には毎日立つ。
風紀委員なんかになると、毎朝皆より早く登校する事になる。
私は貴重な朝の時間をそんな事に潰されるのは御免だ。
自転車を止める場所は学年で決まっているだけで、その他は自由、私はいつも端の方に置く。
ドミノ倒しの様に自転車が倒れてても出しやすい場所が良い。
前の籠から鞄を取ると玄関へ向かう。
入学した時は此処で上履きに履き替えていたんだけど、廃止になり、今は校舎の中も土足でいい事になった。
その結果、玄関から入らなくても教室には行けるって事になる。
私の場合は教室が玄関から近いので、玄関を通るだけで、渡り廊下や、教室の窓から入る奴もいるみたい。
玄関を入ると佐知が立っていた。
「葉子……」
佐知は私を見付けると声を掛けて来る。
どうやら私を待っていた様子だ。
「おはよ、どうしたの……」
私は佐知の前で立ち止まらすに教室へと歩く。
佐知は私の横を着いて歩きながら、
「葉子、良いの……、選考会から外されても」
最後の大会のメンバーに選ばれるための校内の選考会。
皆、この大会のために頑張って来たと言っても過言ではない。
特に佐知は思いが強い。
佐知も去年まで選手として私と一緒に頑張って来たんだけど、心臓が悪い事がわかり、激しい運動が出来なくなった。
体育の授業も殆どを見学している。
それで佐知は選手を外れマネージャーとして私たちをサポートしてくれている。
中学から一緒に佐知は私への思い入れは強い。
私は立ち止まり、佐知を見た。
佐知の表情は険しく、私を真剣に見つめている。
「別に良いよ……」
佐知は息を大きく飲み込んで、
「もう泳がないの」
そう声を荒げた。
「何か、もうどうでも良くなったのよ……」
私は佐知に微笑むと教室へと歩き出す。
「葉子」
佐知の声が聞こえる。
だけど私は足を止める事も振り返る事もしなかった。
そう。
水泳が嫌いになった訳でも、佐知が嫌な訳でも無い。
ただ情熱が無くなっただけ。




