⑨類似
今回は日常回?です。
今日は小ぶりの雨が降る。九月も中頃に差し掛かろうかという時期で、秋雨の時期に入りつつあるのだろう。
校内に着いた私——秋城 紺は、傘を軽く振るって雨粒を落とし、傘立てに差し込む。湿ったすのこの上に立ち、自分の靴を入れている最中に後ろから「紺ちゃん」と私を呼ぶ声がした。
「おはよ!」
健気な声に振り向くと、そこには船出 道音が立っていた。砕けた表情で、まるで打算など微塵も感じない。彼女の様子に私はどこか居心地の良さを感じ、思わず笑みが零れた。
「おはよ、道音ちゃん。昨日一ノ瀬先輩と出かけて来たよ」
「聞いたよー、ゆきっちすごく心配してたみたいだったし」
「うん、あの人文化祭の相談って名目で誘ってきたのに肝心の文化祭の話全然しないんだもん」
「ゆきっち、結構無茶苦茶なことする時あるからなあ、良いところでも悪いところでもあるんだけどね」道音は何かを懐かしむように苦笑する。
「一ノ瀬先輩って本当に他人想いなんだね……あ、あと前に相談した事を黙っててくれててありがとう」
一ノ瀬 有紀先輩に私の相談内容を黙っていてくれたことを感謝するように礼をすると、道音はきょとんとした顔をした。
「え、勝手に人の話を言いふらさないなんて普通のことじゃないの?」
「そうかな、小学校の頃とかよく秘密にしてた事を他人に言いふらされた記憶しかなくて……それでよくいじられたりしてしんどかったなあ」
「まあ、それは良くあったかも、言われた側は堪ったもんじゃないよね」
「ほんとにだよー、だから道音ちゃんが黙ってくれてたのは本当にありがたかったよ。だから信じてみようって思えるし」
私が真っすぐに道音の目を見てそう言うと、彼女はどこか照れくさそうに目線を明後日の方向へと逸らす。
「えーっと……まあ、そう言ってくれて嬉しい、よ?でもちょっと恥ずかしいや」
「あっ、ごめん」
彼女に指摘されて私は初めて、面と向かって堂々と恥ずかしいことを言っていることに気づき苦笑いをこぼした。
その様子を見て、道音はクスっと笑みをこぼす。
「でもこうして紺ちゃんと面と向かって話せて嬉しいよ、いつも無表情でいるイメージしかなかったから」
「え、そうかな?」
自覚していなかった客観視した自分の姿に驚きの声を発すると、道音は赤べこのように激しく頷いた。
「うんうん、面と向かって話さないと分からないこともあるんだね」
「面と向かって、ね」
私は道音の言葉を反芻する。その言葉は今の私には特に深く刺さった。
「ん、どうしたの?」
「ううん、確かに面と向かって話さないと分からないことばっかだよね、と思って」
☆★☆☆
午前の授業は問題なく終了し、昼休憩の時間を迎えた。
道音は「紺ちゃんも一緒に食べようよ!」と誘ってくれたけど、文化祭実行委員の会議の予定がある以上あまりゆっくりとできる余裕はない。
「ごめん!今日も実行委員の予定があって急いでご飯食べないとダメなんだ……確か明日はなかったと思う!」
私が両手を合わせて謝ると、道音はあっけらかんと笑った。
「気にしなくて大丈夫だよー、じゃあ明日こそ一緒に食べよ!」
「うん!」
そう言って道音と行動を別にした。
こうして自分以外の他の人と予定が出来ることが、これほどまでに楽しいことだとは知らなかった。
『変わった環境の中で前を向くしかないのかな、って思えてね。そしたら、自然と良いことも見えるようになった』と一ノ瀬先輩は言っていた。
昨日その話をされた時は共感できなかったが、心を通わせることのできた友人が出来て初めてその意味を理解できた気がした。
今日は雨天ということもあるが定位置であったはずの校舎裏へ行くのはどうにも憚られた。その為、私は食堂に立ち寄ることにした。比較的隅の席に座り、コンビニで買った菓子パンを急いで食べて、自動販売機で購入したオレンジジュースで口の中に残ったものを流し込むように飲む。
だが、余りにも急ぎすぎて喉奥に菓子パンの欠片が喉奥に引っかかった感覚を覚える。
「ごふっ!?」
その結果、思わずむせ込んだ。思わず前傾姿勢を取り、喉奥に引っかかった欠片を吐き出すように咳嗽を繰り返す。
……さすがに急ぎすぎた気がする。
そう小さく自分自身に反省した後、一息ついて、改めてオレンジジュースを口に含む。今度はゆっくりと時間をかけて流し込むことにした。
そんな時、私の背中を優しく叩く感覚を覚え、私はその方向を振り向く。
「紺ちゃん大丈夫?」
「あ、道音ちゃん……ごふっ」
ペットボトルジュースを片手に持った道音が心配そうな目で私の方を見ていた。ペットボトルを机の上に置き、私の隣に腰掛ける。
「急いでるのは分かるけど、あんまり無理な食べ方しない方が良いよ」
「あはは、恥ずかしいところを見られたね……ありがと」
「たまたま通りがかったけど、いつもお昼ごはんってそれだけなの?」中身のなくなった包装を見て、困ったように問いかける。
「う、うん、あんまりお金ないからさ……」
「まあ、それなら仕方ないか、実行委員もあるからあんまりゆっくり食べれないもんね」
「そうなんだよね」
そう道音と話していると、私達の前にまた誰か立ち止まる人影が見えた。
「あれ、二人とも」
「あ、一ノ瀬先輩」
「ゆきっち!」
道音が突然目の色を輝かせて、私達の元へやってきた一ノ瀬先輩の懐へととびかかる。
彼女は右手に持った弁当箱が道音に当たらないように手を上げつつ、大人しく彼女の抱擁を受け入れた。
「みーちゃんは今日も元気だねー」
彼女は左手で優しく道音の頭を撫でる。
「ふへへ」と蕩けたような笑顔で甘えたような声を上げる。男子からすればお宝ものみたいな光景なんだろうなあ……と遠巻きに眺めていた。
その動作を続けたまま、一ノ瀬先輩は私の方を見やる。
「秋城さんは今日はここにいたんだね」
「今日は雨降ってますし……」
「それもそうだね、私も同じ理由だもん」
「一ノ瀬先輩はいつも弁当なんですか?」
彼女の持つ弁当箱の方に目線を向けながらそう尋ねると、コクリと頷いた。そして、道音を無理矢理押しのけて、弁当箱を私の方へと見せる。道音は「ぶー」と少し不貞腐れた顔をした。
「うん、まだ食べてないんだけど見る?」
「え、あ、はいっ……え、先輩いつもこれだけですか?」
受け取った弁当箱を開いて中身を見ると、かろうじてサラダと名称がつけられるほどの野菜しか入っていなかった。驚愕して先輩の方を見ると、どこか恥ずかしそうに一ノ瀬先輩は頬を掻く。
「や、そのね……最近体重増えたから……ダイエット中でさ」
「ゆきっち結構そう言うの気にするよね」
道音は不思議そうに首をかしげながら、一ノ瀬先輩の方を見る。
「うん、なるべく体型維持したいし。食べたらすぐ太っちゃうから……」
「見た目には出てないよ?」
「私が気にするんだよ……」
げんなりした様子で彼女は呟いた。
だがそれも束の間のことで時計の方に目線をやった彼女は、驚愕の表情を私へと向ける。
「って、こんなことしてる場合じゃないね。ほら、みーちゃん私ご飯食べるからごめん!!」
そう言って、彼女も一度にサラダを一気にかき込んでいく。
「ごふっ!?けほっ、けほっ!!」
そして、私と同様にむせ込んだ。困ったように道音を見ると、彼女も呆れた表情をしている。
「二人とも、案外似た者同士かもね……」
そう言われて否定できないのが、嬉しいやら悲しいやら、複雑な胸中だった。
[続く]