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③安心感

私――秋城 紺(あきしろ こん)はよく校舎裏に配置されたベンチで食事を取る。滅多(めった)に人通りのない校舎裏は、友達がいない私にとっては都合のいい場所だった。

実行委員の会議の為に持ってきていたノートをシート代わりに膝の上にのせる。

そして、コンビニで買った菓子パンの包装を開き、もそもそと口に運ぶ。まだ夏の名残が抜けず外気温が高いせいもあるだろうか。やや生温かい食感がした。

校舎裏は人通りがほとんど無く、まるで私以外の人達が別世界にいるような感覚を感じる。校舎を挟んだ向こう側で、他の学生が賑やかにしている声が反響していた。

菓子パンを食べ切った後、スマートフォンの電源を付ける。ロック画面に表示された時刻は12時25分を示していた。

文化祭実行委員の会議開始時刻は12時30分からである。そろそろ支度(したく)をした方が良いと思った私はベンチから立ち上がりうんと背中を伸ばす。

そんな最中、校舎裏へ立ち寄る少女が居るのが視界の隅に入る。

どこか罪悪感に似た感情を感じ、早くその場を後にしようとする。しかし、彼女は私の姿を認識したらしく声を掛けてきた。

「えーと、秋城さん……だよね?」

「ひゃわっ!あ、はい……」

私に声を掛けてきた彼女の顔を見る。栗色のセミロングの髪をおさげに下ろした、どこか優しい雰囲気をした少女。

「こんにちは。今大丈夫かな?」

「え、わた、私今から実行委員の会議が……」

()()()()()()()()()()()()。一緒に歩きながら話さない?」

彼女――一ノ瀬 有紀(いちのせ ゆき)は柔らかな声音(こわね)で微笑んだ。その太陽のような雰囲気に思わず私は全てを預けたくなるような衝動を感じた。

まるで緊張感のない様子で彼女は私の目を見つめる。しかし、私はその彼女の目を真っすぐに見ることができなかった。

昨日告白していた、友坂 悠(ともさか ゆう)先輩の幼馴染も()()()()()()だったからだ。

目の前の一ノ瀬先輩には一切関係のない話だ。だが、複雑な感情は消えない。

彼女にその胸中が見透かされないように、目線を彼女の足元に()えながら返事をする。

「あ、はい、いいですよ……ただ、一ノ瀬先輩はどうしてここに?」

「たまたま、秋城さんが通りがかるのが見えたからだよ」

「私が……?」

その言葉に驚いた私は思わず彼女の顔を見上げる。問い返した言葉に、一ノ瀬先輩は心配そうな表情で頷いた。

「実行委員としてちゃんと仕事してるなあ、とは思ってるけど、あんまり他の人と話してるの見たことなかったからさ。馴染(なじ)めてるか気になって……お節介だったかな?」

「い、いえ、そんなこと……」

ない、とは完全に言い切れなかった。他人との距離を縮めようとして失敗することを想像すると、どうしても歩み寄ることができなかった。

もし万が一他人との距離を縮めることができたとしても、些細なことで破綻することを私は昨日の一件を通して如実に感じていた。

紡ぐ言葉もなく黙り込んでいると、一ノ瀬先輩は前に向き直った。

「まあ、こうやって一対一で話すのは初めてだもんね。またいつでも話は聞くよ」

「……ありがとうございます」

彼女の顔を改めて見やる。そこには、心配そうな表情こそ交じっていたが、どこかしっかりと前を向いているような雰囲気を感じた。

無理に話を掘り出そうとせず、私に寄り添う姿勢を見せる彼女にどこか安心感に近いものを覚えている自分がいた。


★☆☆☆


私達が会議室に入ると、既に実行委員会の人達が集まっていた。各々に談笑しながら、会議までの時間をゆったりと過ごしている様子だ。

一ノ瀬先輩はそのメンバー全員の前に立ち、軽くスカートを叩いた後姿勢を正し、配置された机の縁を掴んで前を向く。

「はい、全員集まってますね。皆さん、短い昼休憩の時間に集まっていただきありがとうございます」

一ノ瀬先輩は周囲を見渡しながら、凛とした声を上げる。その声音からは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

鶴の一声にも近しい彼女の声は、先ほどまで(まと)まりに欠けていた雰囲気をがらりと纏まりのあるものへと変えた。

「秋城さん、書記お願いします」

彼女に促された私は一ノ瀬先輩の近くへ座る。(あらかじ)め持ってきていたノートとペンを机の上に広げた。準備が完了したのを彼女は確認し、言葉を続けた。

「それでは、今回の議題は模擬店(もぎてん)の内容についてです。前回の会議の際に各自模擬店の案を提出していただきありがとうございます。先生との協議の結果、全ての案は一先(ひとま)ず通りました。……しかし、2年1組のメニュー表に記載されました、チュロスに生クリームを掛けるという案ですが食品衛生上原則として生クリームは食中毒を誘発させる可能性があるという事で模擬店で提供するものとしては控えるようにと言われました。その為、また修正のうえ再提出をお願いします」

彼女がそう概要を述べると、恐らく2年1組の生徒であろう実行委員の男子が不服そうに声を上げ、立ち上がる。

「えー、せっかく模擬店するならオリジナリティ出さないとダメじゃん。そこを一ノ瀬さんの方でどうにかできない?」

彼の言葉に、一ノ瀬先輩は静かに首を横に振る。

「申し訳ありませんが、私も皆さんと同じ一生徒に過ぎず、食品衛生法に逆らうことはできません。また模擬店開催に当たり、注意事項について記されたものをまとめた用紙をお渡ししますのでそちらを参考に再提出をお願いします」

「……はーい……」

ぐうの音も出ない正論を返された男子生徒は納得いかないといった様子だが、渋々大人しく席に座り直す。

その様子を見ていた一部の男子生徒がぼそぼそと話しているのが聞こえる。

「やっぱり一ノ瀬さんいいよなあ……なんていうか、可愛いのにカッコいいというか……」

「いや、分かるけどさ……一ノ瀬さんって…………だろ?」

「そんなの関係ないだろ、俺放課後一ノ瀬さんに告白するんだ」

「は?マジで、お前すげえな」

「私語は(つつし)んでください。今は会議中です。何か疑問点があるならお聞きしますが」

彼女がぼそぼそと話している男子生徒に睨みを利かせると、彼らは焦った様子で首を横に振った。

一部男子生徒が話している内容は聞き取ることができなかったが、確かに彼らの言いたいことは分かる。彼女は私よりもたった一つ上の先輩だとは思えないほどしっかりしており、客観性と主観性の分別が明確だ。

他人の意見を取り入れて、その上で自分がどう考えるか、何が足りていないのかを冷静に判断することができる。高く評価されるのも当然というものだ。


――


予鈴のチャイムが鳴り響いたことを契機に、一ノ瀬先輩は改めて全体見回す。

「さて、今日はここまでですね。お忙しい中集まりいただいてありがとうございました。次回の会議は週明けになりますので、よろしくお願いいたします」

そう言って彼女が礼をする。他の実行委員の面々も「お願いしまーす」とオウム返しのように各自返答し、早々に授業の準備の為教室を後にする。

気が付けば私と一ノ瀬先輩の二人だけが残っている状態だった。

私も次の授業の準備をしようと立ち上がると、「あ、秋城さんはちょっと待って」と声を掛けてきた。

「え、どうしました?」

「ごめん、ちょっとだけ今日の議事録見せてもらっていい?」

「あ、はい。どうぞ」

彼女に素直にノートを手渡すと、「ありがとう」と彼女は柔らかな笑みを浮かべノートを開く。

「相変わらず見やすいね。毎回助かるよ」

「あ、ありがとうございます」

例えお世辞だとしても、そう評価されて悪い気はせず思わず頬が緩む。だが私の様子も気にせず彼女はパラパラとノートをめくりながら難しい顔をしていた。

「一ノ瀬先輩、どうしました?」

そう尋ねると彼女はハッとした様子で私の方を見る。

「あ、ごめんね。舞台発表のプログラムの話とかしてたかなあ……って思ってさ」

「そう言えば、模擬店とか演劇発表の話はしてますけど、その辺りの話はまだですね」

記憶を探りながらそう答えると、一ノ瀬先輩は「だよねぇ」と頷きながらノートを閉じた。

「ありがとね。またどこかでその辺も議題に上げようか。私から先生に文化祭用のマニュアルが残ってないか確認しておくよ」

「お願いします」

そこで彼女は何かを思い立ったと思うと、再び私の方をまじまじと見た。

「あ、あとね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。秋城さん文芸部だったよね?」

ぎくりとその言葉に体が硬直する。なんと()()()()提案だろうか。

「え、えーと……あの、すみません」

「ん?……どうしたの?」

「えっとですね、私実は昨日文芸部を退部しまして……」

「えっ……どうして?」

彼女は困惑した様子で声を掛ける。だが、どうしても()()()()()()()()()()()()()退()()()()、だなんて言えなかった。

「……」

だからどう返答しようかわからず黙り込んでいると、彼女もそれ以上は踏み込んでくることはなかった。

「……うん、秋城さんもいろいろと事情があるもんね。じゃあどうしようかな……秋城さん自身に手伝ってもらうのは大丈夫?」

「あ、はい。それは大丈夫です」

「それなら良かった。もし何か力になれることがあったら言ってね」

そういいながら彼女は微笑みながら私の両手を包み込むように握りこむ。肌の温もりが直接伝わって、どこか安心感を抱く。

彼女が離した手のひらには電話番号が記されたメモ用紙が乗せられていた。

「それ私の電話番号だよ、また何かあった時いつでも連絡くれて大丈夫だから!またね」

そう言って一ノ瀬先輩も次の授業の準備の為、教室を後にした。

先輩が去った後の扉を眺めながら、私は胸の奥深くが熱くなるのを感じていた。

これが男子からされた行動なら多分、私はあっという間に惚れていただろう。


[続く]

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