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[おまけ]隠し事

思い立って久しぶりに打ちました。

 久々に訪れた校舎裏にぽつんと配置されたベンチに私は腰掛けていた。

 以前は誰の目にもかからない為に、逃げ場として活用していた校舎裏。だが、今回は少しだけ事情が違った。


[すごく綺麗な声]

[応援してます]

[これ本当に素人?プロじゃないの]


 思わず、にやけが止まらず私——秋城 紺はスマホの画面に釘付けになっていた。

 文芸部を退部した後、やることもなく手持無沙汰となった私はふと思い立って合唱部へと入部。というのも、歌の練習になると思っていたからだ。

 元々音楽を聴くのは好きで、正直歌唱力にもそれなりに自信はある。

 前に友達とカラオケに行った時、皆から「えっプロじゃないの?」と驚かれたほどだ。自分では自然体で歌っているつもりだったのだが。

 そして、友達の言葉を真に受けて、恥ずかしながらものの見事に調子に乗った私。

 思い立っていわゆる”歌ってみた”の投稿を開始した。

 正直、最初はものすっごく後悔した。自分の声を聴くと死にたくなる。

 しかし、その後悔も束の間。

 自分でも驚くほどに評価を受け、うなぎ登りを体現したかのように一躍有名人となった。

「……えへへ、永遠に見れる……これ」

 何度も更新ボタンを押しては、増え続ける評価に恍惚に浸る。

 これが、ここ最近の私のルーティンだった。

 だが、明らかに人前に出せる行動ではないのは自分がよく分かっていたので、こっそり校舎裏で一人堪能することにしていたのだ。

 しかし。

「……何やってるの」

「あ、有紀ちゃん」

「ついに先輩って付けなくなったね紺ちゃん」

「こっちの方が呼びやすいですもん」

 遂に一ノ瀬 有紀先輩——私は有紀ちゃんって呼んでるけど——に、居場所を突き止められた。栗色の髪をおさげにした彼女は呆れたようにため息を吐く。

「なーにコソコソとしてるの、もうこういうのやめるんじゃなかったのー?」

「や、あはは……これは、ちょーっと事情がありまして……」

 私は、思わずスマホを後ろに隠す。咄嗟の行動だったが、かえってそれが有紀ちゃんの目に留まったようだ。

「……怪しい」

「えっ」

「そのスマホ……見せてっ!」

「わっ、わわっ!?」

 もはや体裁など気にすることもなく有紀ちゃんは思いっきり私に飛びついてきた。器用に私の背後を取り、隠していたスマホを奪い取る。

 リアルの知人に、ネット活動していることを知られるなど、恥さらしもいいところだ。私は有紀ちゃんからスマホを取り返そうと躍起になる。

「ちょっと、パワハラ!パワハラですよっ!?あー、かーえーしーてぇ!!」

 私の懸命の抵抗を、まるで先読みしたかのようにひらりひらりと有紀ちゃんは躱していく。

「へぇーっ、紺ちゃん有名人じゃん!すごいねっ」

「あわわわわ、忘れてっ!ちょっと!!ちょっとー!!」

「え。歌上手いね!?なに、プロなの!?プロなの!?」

「ちーがーうぅぅぅ!!」

 想定外の評価に、少しだけ抵抗の手が緩んでしまう自分を自覚しながらも、ようやく有紀ちゃんからスマホを奪い取った。

 奪い取った、というよりも有紀ちゃんはこれ以上抵抗する気はなかったようだ。まるで純粋な子供のように、目をキラキラとさせて私の方を見ている。

「え、なに。どうしたんですか有紀ちゃん」

「今度、カラオケ行こう!紺ちゃんの歌、間近で聞きたいっ!!」

「えー……なんか、恥ずかしいんですけど……というか、テスト期間……」

 思わずげんなりと言葉を返すと、有紀ちゃんは胸を反らして得意げな表情を浮かべた。

「大丈夫っ、テスト勉強なら私が教えるよっ。天才一ノ瀬様を舐めないでっ」

「知ってます?自分で天才って言う人ほど馬鹿な人はいないんですよ?」

「ずいぶんと先輩に対して酷い物言いだね!?」

 やば、言い過ぎたかな。ちょっとだけ反省……。

 しかし、思ったよりも有紀ちゃんは傷ついたわけではないようだ。けらけらと楽しそうに笑いながら、今度は自分のスマホを取り出し何やら操作していた。

「んー……そろそろクリスマスも近いし……ちょうどいいや、テスト終わってさ、そのお祝いもかねてクリスマスにカラオケ行こうよ!!」

「えっ、良いですけど……そう言えば、有紀ちゃんって歌は得意なんですか?」

「……」

 思わずそう問いかけたが、有紀ちゃんは笑顔のままそっぽを向く。

 

 あ、これ聞いちゃいけないやつだ。


 零れるため息を自覚しながら、私は有紀ちゃんの提案に乗ることにした。

「まあ、いいですよ……?どうせなら、皆も誘いましょうよ。私、道音ちゃん誘うので」

「いいねいいね、私は真水も誘うよ。『女の子の中に入るの気まずい』とか言いそうだけど、なんとか言いくるめてみる」

「さすがに鶴山先輩が不憫ですね……」

 いくら幼馴染と言えども、有紀ちゃんのやりたい放題に振り回される鶴山先輩がどうも気の毒になってくる。

 しかし、有紀ちゃんは再び話のベクトルを私自身へと戻した。

「でもさ、紺ちゃん。そんだけ歌上手いなら歌手とか目指したらいいのに」

「ええっ、そんな……大袈裟ですよ!?」

「いーや、紺ちゃん可愛いし、行ける行ける」

「顔出しだけは絶対嫌です!やるなら、ほら!最近ならVtuberとかあるじゃないですか!バーチャルシンガーとかもありますし!!」

「……何それ?」

 どうやら、有紀ちゃんはネットにそれほど詳しい訳ではないらしい。首を傾げ、きょとんとした表情を浮かべた。

 私はまた、自爆してしまったようだ。


 好奇心旺盛な有紀ちゃんの質問攻めに、私は渋々と付き合わざるを得なくなった。


----


 全ては嘘から始まった。

 嘘から始まった、本当を見つけるまでにかなりの時間を要した。

 私の言葉、私の想い。どれだけ偽っても、繕っても。きっと、内に秘めた本物の想いは隠すことが出来ないことはとっくに分かっていた。

 そして、もう一つ分かっていたこともある。

「あ。紺ちゃん、待ってたよー!」

「ごめん道音ちゃん、ちょっとトイレに行ってた!!」

「おっそーいっ。ほら、おいでおいで」

 私の本当の言葉を、ずっと待ってくれる人が居る。

 見捨てないで、懸命に寄り添ってくれる人が居る。

 だから、私はそんな皆の前でだけは、少しでも本物の感情を出していけたらいいなって思うんだ。


おしまい。

今執筆している小説、“天明のシンパシー”を書いてる最中に思い立ち、書きました。

一ノ瀬さんの現在の設定が少しだけ活かされてます。

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