⑳嘘から出た実
一ノ瀬 有紀先輩が寝坊した。つまり、文化祭開催時の余興を行う際の司会を誰かが遂行しなければならない。
私――秋城 紺は皆にその事実を伝えると、一同に難色を示していた。
「一ノ瀬さん寝坊って珍しいねー」
「俺目立ちたくない」
「ーーさんなら行けるんじゃない?」
「いや、私はちょっと……ねえ誰か出来る人居る?」
「ちょっと、あたしは無理かな」
などと一同にざわつき始めた。それもそうだろう、皆目立って司会を遂行する覚悟は出来ていなかったのだ。ましてや、プログラムの段取りを把握している者は……。
そこでハッとした。私は、文化祭開催時の流れを把握している。プログラムをしっかりと読み込んでいたから段取りも問題は無い。
鶴山 真水先輩が言っていた言葉を思い出す。
『その自分がこうありたいを作って、それに対して他人が良い反応をしてくれたらその嘘はいつか本物になるんだよ』と。
変わりたいと願った私は船出 道音に悩みを吐露することで初めて、新しいコミュニティを築くことが出来た。そこからは私が思っていたよりも皆、私の力になってくれた。
……ならば、私がするべき事は。
「あの!!」
私はザワザワと意見のまとまらない実行委員の面々を見渡すように、声を張り上げた。
舞台表では学生達が徐々に体育館に集まりつつあり、着々と準備は整い始めている。クラスメイトが揃った学年から徐々に座っていく様子が感じられた。
徐々にライトは落とされ、舞台に視線が集まるように調整されていた。まもなく、開催の時間だ。
実行委員の面々が一同にシンと静まりかえり、ほぼ同時に照射されるような視線が向けられる。特に何も悪いことをしたわけではないが沢山の目線に思わず怯みそうになる。
……だが、私はなりたい自分を演じるしかないのだ。
「私、秋城 紺は文化祭開催のプログラムを把握しています。なので、ここは私が司会代理として進行致しますが大丈夫ですか?」
有紀先輩ならきっと、このような言葉を掛ける。毅然とした姿を演じる彼女は、それを教えてくれた。
彼女から与えられた信念を、私は皆に還すんだ。
その言葉に、再び実行委員の面々は「一年生に司会……」「大丈夫かな」「でも俺内容覚えてないし」などと再びざわつき始めた。
受け入れられないのだろうか、と不安が過るがそのうちの女子生徒が私に語りかける。
「……大丈夫なの?」
本気で心配してくれているのが分かる。一年生に司会進行を任せるというのは異例中の異例なのだろう。二年である有紀先輩が進行を進めるということですら本来は異例だったはずなのだ。
だから何だって言うんだ。異例だろうが、私の覚悟が曲げられることはない。
「大丈夫です。皆さんが良ければ、ですが」
毅然とした姿を偽り、私ははっきりと返した。女子生徒は「うーん」と葛藤した様子だったが、観念したように私の肩を叩く。
「分かった。プログラムは覚えているんだね?」
「はい」
「……じゃあ、ごめんだけどお願いします。私もちゃんと話せる自信が無いから」
そう言って、彼女は私を送り出してくれた。
腹をくくり、壇上へと立つ。体育館内はクラスメイトが一同に揃っており、既に真っ暗闇になっていた。私の合図で、壇上にスポットライトが照らされる段取りになっている。
「有紀ちゃん先輩なら、きっと真面目に言うんだろうなあ……」
思わず零れた言葉に、私は思わず笑ってしまった。ここまで彼女のまねごとをする必要は無い。
私は、私の意思で嘘をつくんだ。私がなりたい、自分自身に。
壇上から見渡す景色は、想像を絶するものだった。何十、何百という人達が私の行動に注目するという状況に思わず呑まれそうになる。
少しでも気を抜くと、私という存在など容易にその場に呑まれてしまうだろう。思わず生唾を飲み込む。
手が震える、足が竦む。よくもこの程度の覚悟で表舞台に立とうなどと思ったものだと自分自身を嘲笑いたくなる。
だけど、皆が私に与えてくれたもの……それは嘘から出た実となる。
ゆっくりと、大きく息を吸い込む。手に持ったボタンを押し、照明班に合図を送る。
照らし出された私の姿は、どのように映るのだろうか。分からないが、もう逃げられないという事実だけは明確だった。
「今日は雲一つ無い快晴ですね。さて、今日私達は、青春の思い出に一ページを新しく刻みます」
この前振りはプログラムの台本には無かった台詞だ。有紀先輩から渡されたプログラムは、淡々とした内容が書き連ねられていただけだった。恐らく証明班がプログラム内容と違うことを話していることに気付いたのか、見合わせるような動きをしているのが分かる。
けど私は、私の好きなようにやらせて貰う!
「文化祭、盛り上がってますかあああっ!!」
大声で、体育館内に響き渡るように叫んだ。
すると、男子生徒を筆頭に「おおおーーーー!!!!」と大きな声が反響する。その声に私は思わずニヤリとした。
「さあ、始めましょう!!秋の涼しげな空気すら熱気に変えてしまうほど、盛り上げましょう!!」
嘘偽りの姿から生まれた私の言葉は、やがて本物になった。
☆☆☆★
余興を終え、舞台裏へと戻った私は実行委員に歓迎された。ワッと一同に私の元へと駆け寄る。
「秋城さん、格好良かったよ!」
「すごい、プログラム確かあんな感じじゃ無かったよね!?」
「よく盛り上げてくれた!」
等と皆私の行動を褒め称えてくれて、少し照れくさい気持ちになる。
「えへ、あ、ありがとうございます」
正直悪い気はしなかったし、私はようやく本物になれた気がして、頬が緩む。そんな私の元へと小走りで駆け寄る人物がいた。
「ご、ごめんなさい本当……寝坊しました……」
一ノ瀬 有紀先輩は申し訳なさそうに両手を合わせながら小走りで私の元へと駆け寄る。
距離にして、手を伸ばせば届きそうなところまで近づいたところで彼女は感嘆としたような表情を浮かべていた。
「……にしても、紺ちゃん凄いね、私じゃこう盛り上げることは出来なかったよ」
「有紀ちゃん先輩は真面目ですからね」
「……もうっ」
拗ねたように軽く背中を叩く彼女は、どこか悔しくも嬉しそうな表情を浮かべていた。
文化祭は、トラブルこそ合ったが無事始まろうとしていた。
ーーーー
余興が終わり、体育館から皆ぞろぞろと出て行く。次は模擬店の準備に取りかからなければならない。
私は有紀先輩と途中まで一緒に歩いていたが、彼女はどこかばつの悪そうな顔をしていた。
「昨日寝落ち電話したでしょ、朝起きたら遅刻確定の時間でした……」
「私も寝落ちしたんで大丈夫ですけど」
そう返すと彼女は大きなため息を付いた。げんなりとした様子で項垂れる。
「紺ちゃんはしっかりしてるのにさあー、私は本当にやらかしたよー」
「まあまあ、何とかなったから良いじゃないですか」
「本当に紺ちゃんがいなかったらもっとグダグダだっただろうね、ありがと」
柔らかに彼女は微笑みを向ける。思わず私の頬も緩んだ。
「……どういたしまして!」
ーーーー
有紀先輩は「私も模擬店の出し物あるから」とさっさと自分の教室に戻っていった。彼女の後ろ姿を見送っていると、後ろから「紺ちゃん!」という声と共に何か柔らかく温かい感触がのしかかる。
姿こそ見えないが、誰が来たのかは分かった。
「道音ちゃん、どうしたの?」
「格好良かったよー、すごく盛り上げてたね!」
「えへへ、皆のお陰だよ」
そう照れ隠し気味に答えると、道音はひょいと飛び降り私の顔をのぞき込んだ。
「そうなの?」
「うん、皆がいなきゃ私はここまで頑張ろうとは思えなかったからね」
そっか、と彼女は微笑んだ後私の一足先を進む。そして、いたずらっぽく私の方を振り返る。
「文化祭、楽しもうね?後でゆきっちのとこに行こっか、面白いもの見れると思う!」
「面白いもの?」
彼女の意図が分からず、思わず首をかしげた。
[続く]