⑲文化祭前日
文化祭の準備は慌ただしかったものの滞りなく進み、気がつけば十月二十日を迎えていた。文化祭はいよいよ明日だ。
私――秋城 紺は船出 道音、そして彼女の友達と一緒に食事を取っていた。
「模擬店の設営ようやく終わったねー、後は当日の食材の準備だけ?」
道音は卵焼きを口に運びながら、そう私達に問いかける。私はこくりと頷いた。
「うん、食材はクーラーボックスに保管して、管理するように……だったね」
「ごめん私その辺りの話分からないから、紺ちゃんに頼んでいいかな」
「うん、いいよ?気にしないで、実行委員だからある程度の話聞いてるし」
「さすが年の功」
「同い年だよ!」
「あははっ」
「てか紺ちゃん何読んでるの?」
「あ、これ?」
友達に持っている紙について質問をされ、それを彼女に向けながら答える。
「文化祭発表のプログラムだよ、明日文化祭だし」
「あれ、司会って紺ちゃんだっけ?ゆきっちじゃなかった?」
道音は不思議そうに尋ねるが、私は首を縦に振った。
「うん、合ってるよー、でも一応読んでおいた方が良いかなーって」
「うわ、紺ちゃん真面目ー」
「さっすがー」
「茶化さないでよもーっ」
そう談笑している際、ふとスマートフォンの画面を見ると、一ノ瀬 有紀先輩からメッセージが来ていることに気付いた。
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[yuki]
[いきなりごめん!
今行ける?校舎裏に来て欲しい]12:27
12:28[道音ちゃんも誘った方が良いです?]
[ううん、紺ちゃんだけで良いよ!]12:28
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「ごめん、有紀ちゃん先輩に呼ばれた!」
私はスマートフォンをポケットに入れて慌てて立ち上がると、道音は不思議そうな顔で尋ねた。
「ん、私も行った方がいいの?」
「私だけで大丈夫だって言ってた」
「あれ、紺ちゃん前までその人のこと一ノ瀬先輩?とか呼んでなかったっけ」
「あの人は有紀ちゃん先輩って感じだから!」
「そんな人だっけ」クラスメイトは困ったように苦笑いを浮かべた。
「私にとってはね?」
そう微笑みを返し、私は彼女達に背を向けるように教室を後にした。
☆☆☆★
もはや懐かしくさえ感じる校舎裏に辿り着くと、そこには一ノ瀬 有紀先輩と鶴山 真水先輩が談笑していた。
私の存在に気付くと有紀先輩はにこりと微笑む。
「有紀ちゃん先輩!!」
「おわっ」
思いっきり彼女の胸元に飛び込むと、よろけながらも私の抱擁を受け入れてくれた。
彼女に頬ずりしていると、優しく頭を撫でてくれて安心感を覚える。
「仲良いなあ」
鶴山先輩は微笑ましそうに私達のやりとりを眺めていた。
一ノ瀬先輩の胸元から頭を覗かせ、「そう言えば、どうして呼んだんです?」と尋ねてみる。しかし、彼女は私の方では無く鶴山先輩の方に目線を送る。
話は彼から、ということらしい。私も同じ方向を見ると、彼は大きく頷いた。
「うん、秋城さんを呼んだのはね、友坂との一件だよ」
「友坂先輩の?」
以前から経過を待っていた話だけに思わず心が跳ね上がる感覚を覚える。私の心模様が彼に見透かされたのだろうか、改めてにこりと微笑んだ。
「そう、彼の方も自分の考えをまとめたらしいよ。明日文化祭終わりの後時間取れそう?」
「取ります」
自身の声帯より発せられたはつらつとした声は自分でも驚くほどのものだった。思わず怯んだ彼の表情を見て、私の覚悟ははっきり伝わったのだと感じる。
「思ったよりも覚悟決まってたね」
「……私も正直、自分の声に驚きました」
あはは、と鶴山先輩は乾いた笑いを浮かべた後、途端に真剣な表情を作る。
「明日、放課後に屋上の扉を開けとくよ。そこなら邪魔入らないでしょ、あ、それと」
明らかに懐疑的な表情を有紀先輩に向ける。何を言われるのか分かっているのか、彼女はたじろぐ様子を見せた。
「次は余計な真似しちゃ駄目だよ、せっかく都合を合わせるようにしたんだから」
「わ、わかってるって」
困ったように笑顔を向けつつ彼女はひらひらと手を振る。その彼女の様子を見て、鶴山先輩はよし、と大きく頷く。
「まあ、話はそれだけだよ。にしてもこんなところがあったなんてねえ」
周囲をぐるりと見渡し、感慨深そうに鶴山先輩は呟いた。それに同意するように有紀先輩も頷く。
「正直、紺ちゃんに付いていかなかったら私も知らなかったよ。詳しいんだね」
「あ、はい……なんか、すいません」
他人の目が嫌で逃げるように見つけた場所とは言えず、どこか罪悪感を抱きながらぼそぼそと呟くように言葉を返した。
少し落ち込んだように見えたのか、慌てた様子で有紀先輩が手をばたつかせた。
「う、ううん、そんな悪意あるつもりで言ったんじゃなくてね」
「知ってますよー、でも今は皆も居ますし、大丈夫です」
「そう?それなら良かったけど」
少し不安げな表情こそ残っていたが、改めて彼女は微笑んだ。
ーーーー
明日はいよいよ文化祭当日。準備も万全で後は寝るだけなのだが、どうしても心の奥底に眠る不安は消えなかった。
覚悟は決まっていたと思っていたのだが、やはり心の奥底に私を引っ張る感情が残っているらしい。
このどうしようもない不安をどこかにぶつけたくて、私は有紀先輩にメッセージを送る。
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[yuki]
22:45[有紀ちゃん先輩]
22:45[起きてます?]
[起きてるよー
どうしたの?]22:47
22:50[何だか眠れなくて]
22:51[電話して良いですか?]
[うん!大丈夫笑]22:53
[ちょっと待ってね]22:54
22:54[はーい]
[お待たせ!!行けるよ]23:01
ーーーー
彼女からgoサインのメッセージを確認した私は、通話呼び出しの操作を行う。しばらくの着信の後、ややノイズがかった声で『もしもしー』と声が響く。
少し椅子が動いたような音が向こうから聞こえていた。
「あ、はい、聞こえますー」
『そう言えば電話するのは初めてだねー』
「ですねー」
彼女は私の反応に対し、一息置いたタイミングで静かに問いかけた。
『やっぱり、緊張する?』
「バレちゃいますか、やっぱり」
『まあねー、なんだかんだ向き合うのは緊張するよね』
まるで当事者のように彼女は達観した声音で語る。
「あの、先輩もそういった事を経験したんです?」
『うん、正直ドキドキしたよ、何言われるんだろー、って』
「ですよねぇ……鶴山先輩とですか?」
電話の奥でガタガタと慌ただしい音がしたと思うと、急に静かになった。そのまま少し時間をおくようにして、再びガタガタと荒々しい物音が鳴り響く。
「大丈夫ですか?」
『うん、大丈……あ、お袋ごめん大丈夫、何でも無い!!気にしないで!』
「動揺しすぎでは」
『……ごめん、お待たせ……というか、なんであいつの名前が出るんだよー……』
「有紀先輩って自分が思う以上にあの人中心に話してますよ」
『うぅ……』
「たまに道音ちゃんといつくっつくんだろうなーって話してますもん」
『それはあの意気地なしに言って』
返ってきた声は少し低く、不満げな様子を彷彿とさせていた。声しか聞こえていないというのに、どこか不貞腐れた様子をしている彼女の姿がありありと目に浮かぶ。
「まあ、上手くいくと良いですね」
『卒業までには何とかするよ……』
「あはは、でも安心しました。同じような経験した人がいて」
『そう?納得してくれたなら良いんだけどさ……まあ私も眠れなかったし丁度良いけど』
「先輩もですか?」
『明日の文化祭の司会、緊張するよー……』
「あー……」
などと談笑している間に、どうやら私達は寝落ちてしまっていたらしい。
気がつけば、朝の七時を迎えていたにもかかわらず通話画面が開いたままになっていた。充電は幸いにも繋いだままであったため、充電切れという事態だけは防ぐことが出来た。
通話を終了し、私は制服を羽織り朝の身支度を行う。
学校に到着した私は、文化祭の最終準備、模擬店の食材の管理方法等の管理を行った後、文化祭開催の準備のため、体育館の壇上前のカーテン裏に隠れる。
しかし、壇上裏ではどこかザワザワしている様子が感じ取れた。
同じ実行委員の人達が落ち着き無くお互いに顔を見合わせている。
……そう言えば、有紀先輩と今日はまだ出会っていない。気になった私は、近くに居た実行委員の先輩に声を掛けることにした。
「あの、一ノ瀬先輩は来てませんか?」
「一ノ瀬さん、まだ来てないみたいなんだよ……秋城さん仲良かったよね、何か知らない?」
「えっ」
思わずスマートフォンを取りだし、有紀先輩とのチャットを確認する。すると、彼女から新規のメッセージが届いていることに気付いた。
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[yuki]
[やばいやばいやばい]8:15
[寝坊した]8:15
[ごめん司会代行誰かに頼んで!!!!!!]8:16
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「え?嘘でしょ?」
唐突のトラブルに、私は思わず眉をひそめてしまった。
[続く]