⑭見栄っ張り
目の前の男子生徒ーー鶴山 真水はどうやら一ノ瀬 有紀先輩の幼馴染なようだ。私――秋城 紺が彼女の事を知っていると話すと、困ったような苦笑いを浮かべた。
「あー、君が有紀が言ってた秋城さんなんだね、なんだか色々とお世話になったみたいで……」
「……お世話?」
鶴山先輩のどこか皮肉っぽい言葉に私は首をかしげる。一体何を世話になったというのだろう。
私の言葉の反芻に対しては彼は何も反応を示さなかった。その代わり、椅子に腰かけて先ほど置いたばかりの紙束を自分の元へと手繰り寄せる。
「んー、色々と僕からも聞きたいことあるけど……先にこっち終わらせていいかな?」
「あ、はい。良いですよ」
そう許可すると、「ありがとう」と彼は返事し、文化祭のパンフレット用紙を組み直す作業に入った。ただ見てるだけなのも暇だったので、私は彼に声を掛け手伝うことにした。
案外、その作業はすぐに終わった。やはり二人で手分けして行うとかなり円滑に作業が進む。
「いや、助かったよ。ありがとう」
「いえいえ、二人でやった方が早いと思うので……」
「まあ、それもそっか……でね、本題に入るね」
「あ、はい」
彼が真剣な表情をつくるものだから、私も思わず身構えるように頬が強張る。
どこか迷う様子を見せたが、つばを飲み込んだ後言葉を続ける。
「有紀と、一体何があったの?有紀に聞いても『私またやらかしちゃった』って言ってばかりでさ……何があったのか教えてくれないの、なのにうじうじしちゃってさ……」
「え、そんなにうじうじしてるんですか?」
私には正直、メンタル的に不安定な面があるとは言え基本的には凛とした彼女のイメージしかないのだが。
そう聞き返すと、鶴山先輩は困ったような表情をしながら携帯を取り出した。そして、スリープモードを解除しいくつか操作をして私に画面を見せる。
「ここ一週間、有紀から来たメッセージがこれなんだけど、ずっとこんな感じで僕も困ってるんだ……前に出来ることは手伝う、とは言ったんだけどね」
彼が見せた画面をのぞき込むと、そこには一ノ瀬先輩と彼とのメッセージのやり取りが記されていた。
――――
[yuki]
--9月16日--
[ダメだ
眠れない、最近ずっとこんなの]23:45
23:50[大丈夫?]
[まみずー]
[電話しよ]23:51
23:56[ごめん眠いから無理]
[ええー]23:57
[やだやだ]23:57
[かまって]23:58
[まーみーずー]23:59
--スタンプを送信しました--
--9月17日--
[寝ちゃった?]0:00
[ざんねん]0:00
--不在着信--
--不在着信--
[おやすみ]0:10
7:15[おはよう]
7:16[ごめん寝落ちた]
[おはよ]7:18
[ねえー]7:18
[私どうしたらいいと思う―]7:19
7:31[もう一回、秋城さんに話しかけてみればいいじゃん]
[怖い]7:32
[余計なことして嫌われたかもしれないから怖い]7:33
7:40[あのね]
7:42[ずっとそればっか言ってるけど何か行動した?]
[してない]7:43
[してません]7:43
[弱くてごめんなさい]7:44
7:58[一向に解決しないじゃん]
8:01[さすがに僕もしんどいよ]
[ごめん]8:03
[でもどうしよう]8:04
……
――――
「うわあ」
率直な感想が思わず漏れてしまった。どれだけスクロールしても、似たような一ノ瀬先輩の構ってほしいと明確に意図した文面が繰り返されていたからだ。
私の表情がよっぽど酷いものだったのだろう。鶴山先輩は「ぶふっ」と小さく噴き出した。
「いや、まあ女性目線でもそうなるよね。僕だってこんなに有紀からメッセージ来るの初めてで困ってたんだ」
「確かにこれは困りますね……」
「そ、だから今日は有紀から逃げるように久々にこっちに来たの」
「ああ、それで……」
私は納得するようにもう一度チャットの画面を確認する。すると、ちょうどそのタイミングで一ノ瀬先輩からのメッセージが届いていた。
――――
[yuki]
[真水ー]16:35
[今どこ?]16:35
――――
「先輩、一ノ瀬先輩からメッセージ来ましたよ」
「やば既読付けちゃった」
鶴山先輩は焦った様子で私からスマートフォンを受け取りメッセージを返しているのを見て、本当に苦労しているんだなあ、と少しだけ彼に同情せざるを得なかった。
「えっと、鶴山先輩って一ノ瀬先輩の彼氏でしたっけ?」
「え、ないないないない」
私の率直な質問に彼は全力で首を横に振った。もはや必死ささえ感じる。
「いくら幼馴染だからって心開きすぎじゃないです?」
「まあ、有紀は見栄っ張りだからね……」
「見栄っ張り?」
私がそう聞き返すと彼はこくりと頷いた。
「昔からなんだけどね、外面をやたらと気にするの。周りからしっかり者に見られたいみたいでね……」
「あー、言われてみれば……」
「だからなのかもしれないけど、やたらと心配性でさ……しかも目的の為なら割と手段選ばないところもあるからね」
「……私が文芸部の先輩と話しに行った時、一ノ瀬先輩、彼に掴みかかってましたよ」
「えっ」思わず漏らした言葉に彼の表情が固まる。
そして眉を顰め、古ぼけた天井を仰ぐように「まじかぁー」と呟きながら見上げる。
「……まじです」
「だよね、ドン引きしたんだよね秋城さん」
「『しばらく話したくない』ってメッセージ送っちゃいました……ごめんなさい」
私のとった行動が巡り巡って、彼が大変な目に遭っているという話に繋がっていたことを自覚した私は深々と謝罪する。
いや、いいんだけどさ、と彼は前置きしてから言葉を続けた。
「まあこんな感じで有紀ってボロ出た時にそこ突かれたら弱いんだよね。小学校の頃も勉強してない天才ぶってた時に勉強ノート見つけたらすごく怒られたし」
「だからこそ心を開いてる鶴山先輩に頼りっきりになっちゃうんですね」
「そうみたい……はぁ」
明らかに疲れた様子でため息を吐く彼に憐れみすら感じる。
しかし、こうして話していると徐々に曖昧だった一ノ瀬先輩の人物像が明確になる。彼女自身も、見栄という偽りの中で過ごしてきた人なのだと分かり、私と同類なのだと気づいた。
「また、私一ノ瀬先輩と話してみますよ」
「本当?あ、やっぱ『また』じゃなくてもいいかも」
「……どういうことです?」
私が聞き返したタイミングで、倉庫の鉄扉が軋む音を立てながら開いていく。その音に振り返ると、一ノ瀬先輩が立っていた。
「あ、有紀、やっと来たね」
「……真水、お前……」
「あはは、こうでもしないと解決しないでしょ?」
一ノ瀬先輩は恨めしそうに鶴山先輩を睨んでいた。どうやら先ほどメッセージを返した時にここへ来るように催促したのだろう。だが、私がいることまでは知らせていなかったらしい。
「ほら、見栄っ張りなのもバレてるからもう包み隠さず話しちゃいな」
どこか楽しそうな鶴山先輩を他所に、彼女は再び彼を睨んだ後、小さくため息を吐いた。
「あー……秋城さんにまさか隠してた部分がバレちゃうなんてね……」
「メッセージも見ましたよ」
「え、あ、ああああ……やめてぇ……」
意地悪ぶって私がそう言うと、一ノ瀬先輩は顔を真っ赤にしたと思った瞬間、呻くように頭を抱えた。その姿には、立派な立ち振る舞いをする彼女の面影はなかったが、初めて私は一ノ瀬 有紀という人物が見えた気がした。
[続く]