デートの誘い
何とか昼食を食いっぱぐれる事もなく作業をこなし、午後からもこき使われ、もう夕方である。俺は夕食をハム太と一緒に食べている。
「なあ、ハム太、ネコ屋って知っているかい」
「ああ、知っているよ。ネコ屋の社長がよく来ている。うちのお得意様の一つだ」
ハム太は営業部の小間使いなのだ。多分バンにこき使われているのだろう。僕の上司はシズさんで良かった。こき使われるのは同じでも、潤いがあるからな。
「その社長ってどんな人?」
「いつも上等な馬車でやってくる、猫族なのに背筋の伸びたロマンスグレーの男だよ。頭取か営業部長に会っている。どんどん会社を大きくしているので融資の相談だろう」
猫族と背筋は関係ないと思う。
「融資だけじゃないと思うよ。手広く商売を拡張しているから、仕入れ先やマッチングの相談もしているのじゃないかな」
「おまえ、詳しいな」
「今日、そのネコ屋が総務に納品に来ていて、その時シズさんに聞いた受け売だよ。それで、ここに来るのはその社長だけかい。他に営業マンとか来ないのか」
「ああ営業マンは来ない。社長の娘の副社長がたまに来る。まあ娘とは言えいい年をしたおばさんだ。あそこは同族経営なんだ。従業員も全て猫族だ」
「それな、前に話していたカナコとミサコもネコ屋の関係者らしい。これと同じ物を持っていた」
俺は胸のポッケッとからペンを取り出しハム太に見せてやる。
「今日ネコ屋が試作品だと言って持って来たんだ」
「それいいな、俺にもくれよ」
「だめだ。営業部にも2本配っているからバンにでも聞いてみるといいよ。そろそろ俺学校に行く時間だから、話の続きは帰ってきてからな」
俺は鼻歌を歌いながら学校まで歩く。教室に入るとまだ数人しか来ていない。カナコ達もまだ来ていないようだ。俺は授業までの時間予習をすることにした。時は金なりだ。カバンから教科書とノートを出しているとカナコ達がやって来た。
ミサコを見ただけで突然、俺の心臓の脈が早まった。俺はミサコの事好きになってしまったのかも。胸が苦しい。これが恋に落ちると言う事か。
シズさんの足を見ては興奮し、隣に座ったミサコを見ても興奮する。これは恋ではなく、ただの劣情である。素敵な女性と一定距離内に一定以上の時間一緒にいるという条件を満たした場合に発生する心情である。リン太は13才のガキである。最近の男の子は早熟なのである。
ミサコは俺には目もくれずに自分の席に着いた。
だよねー。一瞬にしてやる気も元気も無くなっていく。しかたなく教科書とノートを開き、今日の授業で習いそうな所に目を通しておく。まだ文字は少ししか読めない。でも事前に目を通しておくだけで授業での理解が良いのだ。俺が無意識に取り出したペンをカナコが見て声を出す。
「あっ、それ私のと同じだ」
その声にミサコも俺の手の中のペンに気付く。その瞬間ミサコは自分の筆箱の中を確認する。
俺は少し傷つく。いくら君の事好きでも盗んだりしない。
ミサコはそんな俺の表情を見て俯く。カナコはそんなミサコと俺にお構いなしだ。
「ねえ、それどうしたの。それ内の店の商品だよね。まだ販売されていないと思うのだけど」
「ああこれな。今日うちの店に納品に来ていたネコ屋さんが試しに使ってくれと置いて行ったんだ。カナコとミサコも持っているよな。二人ともネコ屋の人なのかい」
「そうだよ。わたしとミサコはネコ屋の従業員だよ。いつも御贔屓にどうも」
カナコは嬉しそうである。
「それはこちらこそだよ。ネコ屋さんはうちの店の大得意様だからな。上は社長と頭取で良い関係みたいだし、下は下で従業員同士仲良くやらないか」
「それはいいけど。何するの」
「こんど給料が入ったらデートしようぜ。こちらからはもう1人僕の友達連れてくるから4人で遊ぼう。友達はネズミ族のハム太といっていいやつだよ」
「私はいいよ。ミサコどうする」
「私は絶対いや。ゴブリンとデートなんて何されるか解らない」
「変な事は何もしないし、4人で昼間からどんな事をすると言うのさ」
「なら何するのよ」
「色んな店行って食べたり飲んだり買い物したりするのはどうだい」
「それいいかも、ミサコも行こうよ。食べ歩き楽しそうだよ」
カナコはずいぶん乗り気だ。ミサコも考えてみると言った。俺はヤッターと心の中でガッツポーズを決めた。猫族に対してネズミ族ハム太を生贄にした作戦が良かったのかな。
この日の授業はやる気が満ち溢れ、全て頭に入った。愛のパワーの成しえる技である。授業が終わり帰る時にもカナコたちとお互いバイバイと言い合えた。
職場兼寮である大部屋に帰ってきた俺は直ぐにハム太に声をかける。
「今度、カナコたちとデートすることに成りそうなんだ。ハム太も一緒に行こうぜ」
「なんで俺が、猫族なんかとデートするだよ。何されるか分からん」
「お前もそんな事を言うのかよ。ミサコに同じような事を言われたばかりだ。それに最近のネコはいいものを食べているのでネズミを食べないらしいよ」
そう最近のネコはネズミを食べない。捕まえて甚振り殺すのだけど。「衣食足りて礼節を知る」ネコには当てはまらない言葉である。
「俺はネズミ族ではあってもネズミではない。変な事を言うな」
「ごめん、ごめん。なら心配ないじゃないか。行こうぜ」
「分かった、考えておく」
ハム太とミサコは同じような性格なのかもしれないと思った。
その後俺は休みの日を利用してデートコースの下見をする事にした。勿論ハム太も一緒だ。なぜなら俺は一文無しだからだ。「後輩の面倒は先輩がみる」社会人として常識である。先輩のハム太に対してため口で話しているが、先輩は先輩なのである。常識人であろうとするハム太はあまり可愛いくない後輩の面倒を嫌々みる程度の気持ちはあるようだ。面倒は見るが先輩風を吹かさない良いやつなのである。
休みの日、俺とハム太はメイン通りと並行して走る商店街の通りを歩いている。この町の繁華街が目的地だ。
この町の構造は大体頭に入っている。俺たちが住んでいる貉BANKの食堂の壁には町の地図が張られており、この地図の下辺にはゴーラとの文字がある。この町の名前である。その他に地名、取引先や重要な顧客の名前が記されており、それらの住所を覚えさせるのがこの地図の目的である。俺たちは昨日、この地図を見ながらデートコースを検討したのだ。
「俺デートした事がないんだ。ハム太はあるのか」
「俺は、100回はある。全てシミレーションだが100回となればベテランと言えるだろう」
「俺もミサコ達をデートに誘った時から100回くらいは想像した。だが不安だ」
「シミレーションと妄想は違うだろ。ボクサーのシャドウボクシングを見たことあるだろう。あれができる者が素人に見えるか。俺のシミレーションも同じだ」
俺のが妄想で、ハム太のがシミレーションとは少しばかり納得がいかない。それにボクサーも相手スパーリングを観察したり、研究をしてシャドウボクシングができるのではないかと思う。会った事もない彼女たちとのシミレーションこそ妄想ではないかと思う。
しかし、こんなことを指摘しても何の得にもならない。むしろ自信を持って臨んでもらう方がいいかもしれない。最初のデートは好印象を持ってもらうためチームプレイが重要だ。ミサコのゴブリン嫌悪症をどうにかしたい。俺の事をチンピラゴブリンから少し肌の色の違う一緒にいて楽しい少年に分類チェンジして貰うことが今回の目標である。
そのためにはハム太は必須である。なぜなら、ゴブリンとネコ族のデートでは無く、ネズミ族を入れる事により他種族間のデートと印象付けるができる。それにネズミを嫌いなネコはいないと思う。
そうこうしている間に目的地であるレストランに着いた。シズさんから教えてもらった店「ウズカ」だ。ハム太もこの店は初めてだ。この店の売りは、海産物を材料としたパスタ料理である。この町から少し南に行くとラーベという港町がある。そこから届く海産物を使っているのだろう。特にプリプリのエビフライがお勧めだとか。
店の前でしばしぼーっと突っ立っていた俺たちは、中から出てい来るカップルの視線に気が付き慌てて道を開ける。入口に立っていては邪魔になるので店の中に入る。ドアを開けるとカランコロンと鐘の音とともに「いらっしゃいませ」と奥から声がかけられる。
同時にトコトコと奥から人間の可愛らしい女の子が出てくる。
「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか」
俺は慌てて答える。
「ちっ違います。予約はしていません。二人ですが宜しいですか」
「もちろん、大丈夫です。こちらへどうぞ」
俺たち二人は、四人掛けの席に案内されてそこに座る。メニューを渡され、俺たちは黙ってメニューを見ていると、注文が決まれば声を掛けてくださいと言われた。
「ハム太のシミレーションではこの場合どうするの?」
「俺のシミレーションは具体性のない妄想だったようだ。リン太の妄想は具体的に何かあるのか?」
前言撤回早すぎないか。それに俺のはまだ妄想と言うのか。
「ねーよ。だが収穫はあった。この店予約ができるらしい。それに結構人気店だ。今日はたまたま席に案内されたが、予約以外では今空いている席はここだけだったようだ。本番は予約が必要だな。」
「そうだな。で、何食う?値段はリーズナブルだが、種類が多く、メニューからはどんな料理か解らない」
「もちろん俺にも解らない。店員さんに聞いてみよう。どうせ解らないのだから。この店の看板料理とそれ以外のお勧め料理を注文して食べあいっこしようぜ」
「そうだな。ついでにその他のメニューについても少し教えてもらおう」
俺たちはエビフライとシーフードパスタ食べた。美味しかった。量も少なめでこの後食べ歩きするには最適だと思った。さすがシズさんのお勧め店だ。
その後俺たちは食べ歩きできそうな露店の串焼き屋、クレープ店、アイスクリーム店などを確認し、最後神殿に行きおみくじを引いて帰った。ハム太には散財してもらった。感謝している。御蔭でお腹はパンパンである。
寮兼職場である貉BANKに戻った俺達は今日の下見を踏まえて当日の行動について検討した。
ハム太は疲れた表情で言った。
「俺は初めて知った。デートとは綿密に計画された接待なのだな。女の子とデートがしたいなどと軽く思っていたが、これほどとは」
「戦とは、戦いが始まる前に勝つものなのだ。昔の偉いゴブリンが言ったとか言わなかったとか」
「ゴブリンは絶対言わないと思う」
これで準備はあらかた終わった。早く給料日来ないかな。