これは運命なのでは
俺は学校から帰ると直ぐに、同室のハム太に今日学校であったことを話した。特にカナコとミサコという可愛い猫族の女の子と知り合えたのを、自慢したかったのだ。
「へぇ。リン太はそのミサコの事が好きなのかい。」
「いや、好きになっていない。知り合ったばかりだぞ、可愛いなと思っているだけだ。仲良くはなりたいけど。」
「でもリン太は彼女に敵兵認定されているのだろ。無理だろ。」
「だよな。この状況を変える方法はないかな。例えば敵兵なら捕虜になるとか。」
「一般的には、価値のない、または悍ましい敵兵は、捕虜にする前に殺されるだろう。話を聞いている限りでは、彼女は君を捕虜にはしないと思う。」
「やはり、俺自身に価値を付けるしかないのか。取り敢えず勉強を頑張って俺ができる人間だと見せつけてやるのだ。」
彼女はゴブリンを嫌っているのだからいくら頑張ってできる男をアピールしても無駄のように思うハム太であるが、リン太の折角のやる気を削ぐようなことは言わない事とする。
俺は益々やる気が出てきた。ミサコが僕を尊敬の眼差しで見つめる情景を思い描いていると、自然に目じりが下がり鼻の下が伸びていく。今日学校で習ったことを復習し、明日の授業を予習しておこう。
ハム太は、リン太の様子を面白いものを見るように暫く眺めていたが、自分も頑張ろうと思い、枕の下から本を取り出して読み始めた。決してエロい本ではないと思う。
夢見る恋多き男の子たちは、自らの妄想一つで頑張れるのである。
朝が来た。昨夜遅くまで勉強を頑張った二人は起床の鐘で目覚めた。
とても眠い。妄想から出たやる気は既になく、朝の清掃作業をだらだらと行う。
「早く朝飯食べたいな。お腹ペコペコだ。」
昨晩、使いすぎた脳はエネルギーを要求しているのである。ゴブリン村で使うことのなかった脳味噌が可愛い女の子を見ることにより活性化され、高性能エンジンのように超高速回転をするまでに至ったのだ。当然、高性能エンジンは高純度の燃料でないと稼働しない。薪では動かないのである。
しかし、所詮ゴブリンの脳である。大したことはないのである。薪でも十分稼働するのである。やる気が高速で空回りしているだけである。
俺は食べたことはないが、聞いたことのある料理名をつぶやく。
「霜降りのステーキが食いたい。」
ゴブリンの脳には必要のない食べ物である。言ってみただけです。
今日の朝食のメニューはご飯と大根の味噌汁であった。俺は涙が出るほど美味しく頂いた。食に対する欲望も人一倍あるが、何を食べても満たされるのが腹ペコゴブリンなリン太である。
隣で食べているハム太も、その隣のオーク達もみんな一心不乱に食べている。そう大部屋の野郎どもは朝からがっちり食べるのである。俺も負けずに食べた。
がっちりと朝飯を食べた俺は、身支度を素早くし、3階の事務室に向かった。既にシズさんは席に着き書類に目を通していた。組んだ足が相変わらず色っぽい。
「シズさん、おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
「おはよ。元気だな。今日は、事務用品などの納品があるから、それらの検品と各部への仕分けと配達がメインの仕事だな。私が発注書の写しと納品書を確認しながら、指示していくからリン太は品物の状態と数を報告、できるよな。」
「できると思います。」
「よし、では納品があるまでに、各部への仕分け準備を始めよう、倉庫に行って各部の名前が書いてあるトレイを全部持ってこい。それをこの机に並べろ。」
「はい。」
直ぐに俺は、同じフロアにある倉庫に入ってそれらしきトレイを探す。文字はまだあまり読めないが、それらしきトレイが重ねて置いてあったので手に持てるだけ持ってシズさんの所に行った。
「これで間違いないですか。」
「ああ、合っている。残りも頼んだぞ。」
俺が残りのトレイを取って戻り、机に並べ終わる頃、通用口の警備員であるリザードマンが、業者が通用口に納品に来ていると知らせに来た。
「分かった、直ぐに行くから待たせといて。」
シズさんと俺は作業台の上を簡単に片付けた後、通用口で待っていた業者さんを事務所まで案内した。納品検品の作業は、先にシズさんが説明した通り、シズさんが発注書の品名と数を読み上げ、俺が確認する。特に不具合なこともなくスムーズに検品作業が終わった頃、業者さんが袋からペンを5本取り出した。
「これは試作品です。試しにお使いください。できれば感想を頂きたいです。」
俺はこの試供品を見て思い出した。教室でミサコ達が使っていたのと同じ物だ。ミサコ達はこの業者さんの関係者なのかな。
業者さんが帰った後、物欲しそうな顔で試供品のペンを見つめている俺に気が付いたシズさんは、5本のペンを俺に渡した。
「一本はお前が使いな。残りは営業部と融資鑑定部に持って行って使ってもらいな。」
「ありがとうございます。ところで先ほどの業者さんは何方さんですか。」
「彼はネコ屋の者だ。ネコ屋は元々文具屋だったが、雑貨にも手を出して色々と商っている。文具については生産もしているのでこのように試作品を持ってくるのだよ。」
僕は運命を感じた。運命の出会いなのだ。きっとミサコはネコ屋のお嬢様に違いない。そして俺たちは恋に落ちるのだ。
同じペンを持ったぐらいで、ここまで妄想できるのは一つの才能かもしれない。お嬢様が職業訓練所のような学校に通うなどあり得ない事だと、少し考えれば解ることである。
しかし、リン太は更に妄想を加速させようとする。その時。
「リン太、ボケッとするな。この物を各部に配布しなければ昼ご飯はないからな。」
一瞬で俺は現実の世界に帰ってきた。また俺のお腹は既にペコペコであった。