夜間学校
俺はこの日生まれて初めて学校という所へ行った。職員室の古びたドアを開き中に入る。
「本日から入校させてもらいます貉BANKのリン太です。よろしくお願いします」
室内を見渡すと、中年の男性職員ばかりが目に入る。また殺伐とした室内は、学校と言うよりも職業訓練所の様だ。
近くで事務をしていた中年のオークが、俺の相手をしてくれた。多分先生だと思う。
「あぁ 聞いている。金貸し屋の小僧だろ。教室に案内してやる。ついて来い。」
事務的な手続きは、店の方でやってくれていたようだ。
俺は中年オーク暫定先生のあとについて行き、2階にある教室に入った。20人程の生徒たちがいた。
ここも金貸し屋の大部屋と同じで、様々な種族がいた。違っていたのは男女共学だという点。
彼らは一瞬、俺を見たが直ぐに視線を先生に移す。
先生は、俺を教壇に立たせる。
「今日から一緒に勉強するリン太だ。ほれ自己紹介」
俺は慌てて一礼する。
「貉BANKから来ましたリン太です。よろしくお願いします。」
特に他の生徒たちからの反応はない。
「リン太の席は窓際の3番目だ。教科書は机の中に用意してある。早く席に着け。」
「はい。」
俺は急いで指定された席に移動する。隣の席は女の子だ。それもとても可愛い。
やったね。僕は彼女をちらっと見ただけで席に着く。彼女はそっぽを向いてこちらに向いてくれないからだ。俺は少し残念に思いながらも先生の講義に集中することにした。
1時間の講義が終了し15分間の休憩に入った。すると直ぐにオークの生徒3人が俺の所に近寄って来た。豚面のやんちゃな兄ちゃんと言ったところだ。
「ようリン太、おまえ金貸し屋なんだろう。少し貸してくれよ。」
早速マウントを取りに来たな。ゴブリン村以来だな。
「いいぜ、担保があるのならな。」
「なんだよ。担保て。」
「貸した金が戻らない場合。金の代わりに払ってもらう物さ。見たところお前ら大したものは持っていなそうだから体でいいぜ。」
「お前そっちの趣味なのか。」
「ちげーよ。腎臓とか肝臓だよ。明日店に来てくれ。事務長の喜ぶ顔が目に浮かぶ。それと内の店の取り立ては専門家に任せているから逃げらないからな。」
彼らの顔から血の気が引いて行くのが面白いようにわかる。そしてオーク達は慌てて叫ぶ。
「何言ってんだ。冗談に決まってるじゃないか。」
俺は目を細めて言ってやる。
「お前らこそ何真に受けてんだよ。冗談だよ冗談。」
「だよな。だよな。もう休み時間も終わりだ。トイレ行かなきゃ、じゃまたな。」
俺は片手を上げて見送ってやる。
このマウント争いは、俺の勝ちだな。などと機嫌よく思って、何気なく隣を見ると、今の様子を見ていた彼女は、毛虫でも見るような嫌悪感丸出しの顔をしていた。
最初から好かれてはいないようだったが、更に評価を一段下げたのは確実だ。
つい先ほどまで上機嫌だった俺はあっという間に落胆した。
多分、彼女は僕をただのゴブリンからチンピラ、ゴブリンにカテゴリーを変更したのだろう。今、彼女に告白すれば二等兵以下は間違いない。これからのイメージアップは困難に違いない。
がっくりとしていると、後ろの席から忍び笑いが聞こえてきた。後ろを振り返ると、そこには、涙目になって笑いを堪えているネコ獣人がいた。とりあえずこの子も可愛い系の女の子である。
「ごめん、ごめん。リン太君、君面白いね。私カナコ、そしてそっちがミサコ。ミサコそんなに怖い顔しない。」
「私、チンピラとゴブリンは嫌いなの。」
俺は、自分自身の評価が正しかった事を知った。かと言って彼女が初めて口を利いたこのチャンスを逃すのは勿体無い。
「僕もチンピラは嫌いだ。同じだね。」
価値観を共有することは大事である。
「私、ゴブリンも嫌いだと言ったのですけど。」
「もちろん僕もゴブリン嫌いだよ。あいつら一般的に汚いし、馬鹿だし、臭いからな。でも可愛いとところもあるよ。」
俺は精一杯の笑顔を作って見せる。彼女は一瞬身震いし、机と椅子を、俺から距離を取るように少し移動する。
蛇蝎のごとくと言う言葉がある。蛇が笑っても気持ち悪いだけだ。俺は二等兵から敵兵に降格されたことを感じ取った。助けを求めるように俺はカナコに視線を送ったが、彼女は始終ニコニコしているだけだった。
2時限目の授業が始まり、俺は講義に集中することにした。これ以上彼女にアプローチをかけても、関係が改善できるとは思えない。押してダメなら引いてみる。この言葉は色々な場合に適用できるのだ。ドアの開け閉めだけではない。少しカッコよく言えば戦略的撤退なのだ。
講義を受けて分かったことは、人語と魔族語の違いは単語の発音であり、その他はあまり変わらないと言う事である。もちろん共通の発音をする単語も多数存在している。人語は魔族語の方言的なものだと思った。
これなら生活に必要な言葉はすぐに覚えることができそうだ。早く字も書けるようにならなくてはいけない。俺の周りにいる可愛いい女の子たちの存在が俺のモチベーションを嘗てないほど向上させている。
ミサコ待っていろよ。俺は必ず君を振り向かせるぜ。メラメラとやる気を全身に漲らせた。
ミサコはまた少し机と椅子を俺から遠ざけた。