小悪魔は人気者
昨日久しぶりに妹に会ったが、予想した通りだった。本当に勘弁してほしいが仕方ない。
昼になると約束した通り、ヒロミは荷物を抱えて俺を訪ねてきた。
すぐにバンの所に連れて行き紹介する。ヒロミはしおらしく挨拶している。これから面接があるだろうが心配はいらないだろう。
総務部の事務室に帰って書類を整理しているところにバンがやって来た。ヒロミの面接を終えたようだ。
「リン太、お前の妹は優秀だな。イヅツ屋商会で働いていたそうだな。いい人材を連れてきてくれて感謝する。可愛いし、すぐにでも使えそうなので営業の窓口で働いてもらいたいのだが、ストーカーから逃げていると聞いた。なら窓口では目立ちすぎるかな」
「はい。暫くは表に出ない所で使って下さればと思います。ストーカーについては、私が何とかしようと思っています」
「ストーカーは、ダイコク屋の関係者なんだろ。あそこは少し胡散臭い会社だからこことは取引していない。こちらとトラブルになっても問題ない。ヒロミはもうここの従業員だから俺たちも力になる、何でも言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
俺がこの店に来たときは嫌な顔していたのに、ヒロミだとニコニコ顔だ。男としてその気持ちは分かるが明から様に過ぎると思う。
仕事が終わり、食堂に向かうと、その前には大部屋の女の子たちとヒロミ、それからハム太がいた。何やらヒロミにこの食堂のルールを教えているようだ。ヒロミの事だから心配はしていなかったが、やはり周りに溶け込んでいるようだ。
ヒロミは近づいてくる俺を見つけ手を振っている。
「兄さん、こっち♡」
みんなが一斉に俺の方へ振り返る。俺は仕方なく片手を上げ答える。
いつもなら、食事を前にした俺たちは敵同士である。しかし、いつも感じる俺に対する警戒心、敵意が感じられない。暖かい視線さえ感じる。
この人たらしめ。ヒロミには男女の区別なく愛される特殊能力がある。特にその力は初対面の人に強く働く傾向があるように思う。
そういう事で、今の俺は人のおかずを掠め取るゴブリンではなく、可愛らしいヒロミの兄という位置づけである。これも数日もすれば効果は薄まるのだけどね。
この日の夕食争奪戦はヒロミに対しての説明が優先され、あまり過激なものにはならずに俺たちは落ち着いてテーブルに着いた。
ヒロミを中心に会話は盛り上がっていたが、俺は学校があるからと言い早々に席を外した。
学校の教室に着くとミサコとカナコが既に席についていた。
「やあ、おはよう」「おはよ」
「おはよリン太、昨日学校休んだから心配したよ。ミサコに振られたショックで寝込んだのかと思った」
カナコは意地悪そうな顔をして言ってきた。
「心配かけて悪かったな。なんならカナコが慰めてくれてもいいんだぜ」
「言うじゃない。そんな事したらミサコに殺される」
「え、本当」
迂闊にも俺はミサコに振り向いてしまった。
カナコはケラケラと笑い出す。ミサコも笑っている。
「まあ、俺は元気だ。昨日は突然、妹が訪ねて来たんだ。それで学校に来れなかったんだよ」
「リン太に妹がいたの! 何才? どんな子?」
二人とも何故か食いついて来た。
「13才、今度紹介するよ」
「じゃ、この日曜日どう。4人でウズカに行こう」
カナコはいつも即決だな。でも4人と言うことはハム太を連れてくるなと言う意味だよな。
「・・・いいよ」
もうハム太にはチャンスが無い様だ。急いては事を仕損じるの手本だな。肝に銘じよう。
また日曜日、ミサコと飯が食える。この前の日曜日は幸せすぎて、次の日死んでしまうかと心配したがの妹が来ることになって幸不幸が相殺されたようだ。なんなら不幸は不誠実なハム太に受け持ってもらいたい。打たれ強いので大丈夫だと思う。
寮に帰ってきたらハム太が待ち構えていた。当然ハム太には今度の日曜日の事は言わないでおこうと思う。
「リン太の妹、めっちゃ可愛いじゃないか。彼氏とか、まさか許嫁なんていないよな」
「あいつは止めとけ。あいつに下心持って近づいた奴に幸せになった者はいない。友達を無くしたり、社会的地位を無くしたり、財産を無くしたり、炭になったり」
「最後の炭になったりは、リン太がやったのか」
「どうだろうな」
「否定しろよ。まさか友達は焼かないだろ」
「どうだろうな」
「・・・俺は下心なんて持たない」
「うん。知っているよ」
少し気まずい雰囲気になったので、明るい話題に切り替えることにした。
「今度の土曜、焼き肉食いに行かないか。この前のオーク達に集ろうぜ」
「そうだな。俺のカナコにちょっかい掛けた野郎どもに償いの機会を与えてやらなければな」
さすが立ち直りと切り替えが早い。それに振られたのに「俺のカナコ」ときたものだ。やはり彼は大物かもしれない。確実にいくつかのネジは緩んでいるが。