休日の朝食と作戦会議
今日は待ちに待った日曜日、デートの日がやってきた。
今は0時0分新しい人生の幕開けである。
実は昨日からドキドキして眠れなくなり、この日の始まりをカウントダウンしてしまったのだ。ぼーとしていても毎年くる新年正月より俺の人生では重要なイベントであるので、このカウントダウンは決して変ではないと言い訳しておこう。
隣のベッドを見るとハム太が幸せそうな顔で寝ている。さすが元恋の伝道師、余裕だな。今は万年恋の一等兵だけど。俺も早く寝よ。寝不足で血走った眼をしていてはミサコから変な誤解を受ける。
朝、8時に目が覚めた。日曜日の社内食堂は休みなので、早起きしても腹が減るだけである。ハム太も今、目が覚めたようだ。
「おはよう。ハム太、朝飯何にする」
「おはよう。何でもいいや。適当に頼む」
「了解。またハム太の食材、使わせてもらうからな」
俺は、ハム太個人用の棚から食材の入った鞄と、俺の棚からは、ゴブリン村からのほぼ全財産的な鉄鍋とナイフを持って厨房に入った。
社員食堂はお休みだが、食堂の厨房は自由に使って良い事になっている。
鞄の中身を見ると、パン、燻製された肉の塊、タマゴ、豆、夏野菜等々が入っている。やはり、ひまわりの種もあるんだ。
作業テーブルに食材を出して何の料理を作ろうかと考える。
考えるまでもないか。俺が作るのは大体炒め物、チャンブルである。
コンロに火を入れ、鍋をかけ、油をしき、刻んだ食材を適当な順に鍋に放り込む。塩で味をととのえ、最後にタマゴを割って鍋に入れ、かき混ぜて終わり。
厨房に入ってから10分で出来上がり。
後ろを振り返ると、ハム太が立っていた。
「たまには手伝おうと思って来たのだけど、全く必要なかったようだ。それにしても早いな。コンロの火はどうやって起こしたのだ」
「あれは消し炭を使ったから早いのさ」
「いやいや、種火はどっから持って来たのだよ」
「ああ、あれは俺の指からピッと出しただけだよ」
ハム太の目は点になり、口はあんぐりと開いた。
「リン太は魔法が使えるのか、それも無詠唱」
「何を驚いている。俺はゴブリンだぞ。ゴブリン=魔族=魔法が使える。当たり前だろ。魔法の使えないゴブリンなんて聞いたことがないぞ」
「そうなのか。俺のゴブリン認識は間違っていたのか」
「ハム太が思っているゴブリンは、多分食い詰めの栄養失調のゴブリン達だろう。栄養失調だから力もなく魔力も弱い。あいつらは子沢山の上、極貧だから凶暴になる。だから弱いのに人間を襲い知名度だけはは高くなる。それが一般に認識されているゴブリンだろう。それより飯食おうぜ」
「そうだな。飯より大事なものはないからな」
朝食をとりながら話すのは、もちろん今日のデートの事だ。
「俺、昨日から興奮して全然眠れなかった」
「嘘こけ、ハム太は嬉しそうな顔をしてすやすや寝ていたぞ」
「そうか?あれは夢だったのか。今日のデートの事をシュミレーションしていたら、いつの間にか寝てしまったらしい」
「ハム太、俺のミサコに夢の中で変な事していないだろうな」
「しねーよ。友達の女に何かしようなんて思わない。でもミサコだっけ、いつからリン太の女になったんだよ」
「俺の中ではミサコは既に俺の女なんだ。今日のデートで相思相愛になる予定だから75%ぐらいは合っている」
「そんな理屈が通るなら、この店のユウコ、アイコ、リョウコ、ケイコ、マチコ、カズミ、ヒロコ、マユミ、みんな俺の女だ」
「よくそんなにポンポン女の子の名前が出てくるな。もしかして、ハム太をふった女の子たちの名前だったりして」
「ちげーよ。告ったのはリサだけだ。リン太は俺をなんだと思っている」
大方、シュミレーションという名の妄想をした結果、ふられた女の子たちの名前だろう。
「でもあれだろ。告る作戦を立案したが、その作戦に勝算が見込めなかったため、廃案にした。そんなところだろう」
「まあ、当たらずと言えども遠からず。リン太は鋭い」
図星と言う事だな。
「と言う事は、リサに対しては勝算が有ったことになるが、結果は敗戦」
「リン太、人の傷口に塩をぬるような事はやめような」
「ごめん、ごめん。俺には告った経験もなければ、もちろん女の子から告られた経験もない。ハム太の大事な経験を他山の石としたいなんて虫が良過ぎたな」
「すまん。成功した経験なら、おお自慢で話すところだが、今日、これからのデートを前にしてしみったれた話はやらないほうがいいだろ」
「そうだね、今回のデートは事前準備もしたから、本番は気楽に楽しむ方針で行こうか」
「そうだ、何事も案ずるより産むが易し、当たって砕け散ろだ」
「砕け散りたくはないが、そろそろ出かける準備しよう」
朝食をすませ、一張羅に着替えた俺たちは、待ち合わせ場所に向けて出発した。