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食うか食われるか

 目が覚めた。つい先ほどまで見ていた夢を思い出す。お腹の皮と背中の皮がくっつく夢を見た。餓死する夢ではない。これから思い存分に食べる。目の前の御馳走に食らいつく夢だ。

 寸前に目が覚めた。あと30分寝て居たかった。せめてあと10分、5分でもいい。

 是非もなし。夢なんて所詮そんなものさ。俺は仕方なくベッドから起き上がりすきっ腹を抱えて清掃に行く。


 店の前の道路を箒で掃いていると、猫が二匹仲良く寄り添いながら歩いているのが見えた。大きな顔の茶トラと小柄な黒ネコである。昨夜の猫たちだな。「羨ましいことで」と思いながら眺めていると、少し離れた所にもう一匹の猫が塀の上で欠伸をしている。少し痩せたサビネコである。「僕はそんな雌猫に興味ないよ」と言いたげな態度である。

 多分彼は昨夜その黒ネコをめぐって争い、茶トラに負けたのだろう。負け犬の遠吠えならぬ負けネコの欠伸である。

 近い未来の自分を見たような気持ちになった。黒ネコが前を横切ると良くない事があるとか聞いたことがある。夢見も良くなかった。

 俺は嫌な気持ちを振り払うため、握っている箒に力を込めゴミを掃いて行く。腹が減って弱気になっているのだろう、早く朝ご飯を食べに行こう。


 受け持ち地区の清掃を終わらし食堂に着くと、すでに清掃を終わらせた者たちがガツガツと飯を口の中に放り込んでいる。

「げっ。出遅れたか」

 俺はあわててプレートに大盛りのご飯とおかずを乗せてテーブルに着く。そして彼らと並びガツガツと飯を食らう。いつもと同じだ。負けていられない。「食える奴が勝つ」ゴブリンの本能が叫んでいる。こいつらゴブリンでないのだから、もっと行儀よく食べれないものかといつも思う。俺はゴブリンだから良いのだ。

「ふが、ふが、リン太、ふが」

 頬袋にご飯を詰め込んだハム太が話しかけてくる。何を言っているのか解らない。いくらハムスター系のネズミ族とはいえ大丈夫か。

「何を言っているのかよく解らないな。おはよう。リン太、飯美味いなと言っているのかい」

 ハム太は口の中の物を無理やり飲み込むと。

「俺の卵焼き取っただろうリン太、返せと言ったんだ」

 気付きやがったか。

「それは人聞きの悪い。お前の皿に最後まで卵焼きが残っていたので嫌いなのかなと思って、友人として手伝うつもりだったが悪い事をした。代りに俺の大好物のピーマンをやろう」

「嘘こけ、本当に油断ならねえ野郎だ。ピーマンは貰っとく」

 俺はピーマンが大好物ではないが嫌いでもない。一般的に敬遠される食べ物だからハム太も苦手かなと思っていたが、そうでもないらしい。てっきり断ると思っていたが俺は選択を誤ったらしい。少し口惜しい。

 気持ちが顔に出ていたのか、ハム太は俺の顔を見てニヤリと笑いピーマンを口の中に放り込んだ。

 この戦いは実質的には卵焼きをゲットした俺の勝利だが、心理的に負けたような気がする。

 何はともあれお腹が膨れた二人に険悪なムードはない。戦いは昼食まで休戦である。


 午前中は特に何事も起こらず、日常が過ぎて行った。俺はシズさんにこき使われ、ハム太はバンにこき使われ、午前の業務終了の鐘が鳴る。遠い国の祇園精舎の鐘と違い世情無常の響きはなく、休戦終了、昼食バトル開始の合図である。

 俺はシズさんに「食事に行ってきます」と告げ、事務室のドアから静かに廊下に出る。ドアを静かにしめると食堂に向けてダッシュである。

 食堂の入り口に辿り着いたが、まだ準備中である。

 しかし、入口は亡者の群れで溢れている。餓鬼道に落ちた者たちだ。大体知った顔だ。大部屋の面子と独身の正社員達である。

 ここはもも上も下も関係ない。餓鬼道地獄と言うのがあるのならば、正にこのような所だろう。


 以前は潤沢に料理が準備されていたが、店の方針で食品ロス削減規則が定められ、今の状態になったらしい。早い話食いっぱぐれる者が出ると言う事である。

 ここの食堂は、朝食、昼食、夕食の一食の材料費単価が決められている。一般の家庭であれば夕食ディナーが一番高価でランチが二番となるが、この店の食堂はランチの単価が一番高い。その上店から補助金が出ており単価の半分の値段で提供されている。大部屋の者はもちろん無料であるが、一般の職員もこの食堂を利用するため競争が激化するのである。

 ではどのように順番を決めるか。早い者順ではない。実力行使、整理券、抽選、派閥争い、どれも違う。正解は押競まんじゅうである。押して、押して、押しまくり入口に辿り着くのである。非力な女性や小柄な者は非常に不利である。だが、それがどうした。弱い者は生きていけない。この世界の常識である。


 その過酷な競争に耐えるよう食堂の入り口も頑丈に改築されている。また入口を狭くしていて一人ずつしか通れない。

 俺は躊躇なく、その人間団子になっている所に突入した。入口に対して縦に押しても人間団子は動かない。後から来た者は入口の右側から押していく。すると人間団子はじわじわと回り始める。この回転の力には雄のオークも抵抗しきれない。

 この食品ロス削減規則が定められた当初は雄のオークたちが首位を独占していたが、驕れるもの久しからず、今では食堂の準備ができて入口が開放されるその時に、運よく回転人間団子により入口にいたものが食堂に入ることができる。食堂に入ってしまえば素直に行列を作らなければならないのがルールである。

 そういう訳で、非力な女性も小柄な俺のような者でも、この人間団子の中で圧死しなければ、また運が非常に悪くない限り飯に有り付けるのである。また運悪く最後尾近くの列に並んだとしてもおかずだけには有り付ける。ご飯は丼に好きなだけ注ぐことができるため、足らなくなることがあるのだ。

 残ったおかずは食事時間終了15分前にお代わりできるようになっている。しかし、残っているのは大体一つか二つ有るか無いかである。

 小食な人たちはご飯を諦めて押競まんじゅうに参加しない者もいる。俺には信じられない行為である。


 今回俺は列の半ばぐらいに並ぶことができた。一安心だ。初戦は上々である。

 配膳口まで進み、おかずを受け取る。ご飯はもちろん特盛を注文する。食堂のおばさんは小柄な俺を見てニコニコしながら丼にご飯を盛り上げてくれる。いつもの事なので頼まずとも大盛りだ。


 空いたテーブルを探しているとハム太を見つけた。すでに頬袋満タンでむしゃむしゃやっている。朝食時に卵焼きを掠めとったから俺を警戒しているだろう。他を探していると大部屋の女の子たちが食べているのが見えた。丁度一つ席が空いているようだ。俺はそこまで行き「ここ、良いですか」と言いながら席に着く。断られることは考えていない。

 女の子たちは料理の乗ったトレイを俺から少し遠ざけるように移動させる。何やら警戒されている。だれかが俺の事をある事ない事言いふらしているようだ。心当たりがあるからある事ある事なのかもしれない。

 前を向くとそこにはハム太の将軍様であるリサと目があった。今更目を逸らしても更に気まずくなるだけなので聞いてみることにした。

「もしかして、ハム太から俺の箸癖の悪い事聞いていたりする」

「いいえ、あなたの箸癖の悪さは周知の事実よ。女だからと舐めないでほしいわ」

 そうだった。彼女らが俺より先に席について食事をしているという事はあの押競まんじゅう人間団子を勝ち抜いていると言う事だ。この場所を戦場と認識していると判断して間違いない。

 ここまで警戒されるとどうしようもない。今日は大人しく自分のおかずだけで我慢しよう。

「やだなー。僕そんなつもりは毛頭ないよ。ハム太からリサの事聞いていたから話ができたらいいなと思っているだけだよ」

「すぐに一人称を俺から僕に変更してくるあたり、怪しすぎる」

「あはは、厳しいな。認めるよ。僕の箸癖の悪さは本当の事だから。でも君たちの料理を狙ってここに座った訳ではないよ。本当にリサの事に興味があったからだよ」

「わたしの何処に興味があるの」

 俺の箸癖から話題を逸らすことができたようだ。

「もぐもぐ、ハム太が君のこと素敵な女性だと言っているし、遠目にも綺麗な子だなと僕も思ったから話してみたかった」

 言い訳だけど、本当の事だからいいよね。リサはネズミ族の少し釣り目の少女である。知的で意志の強そうな黒い瞳と、それとは裏腹に可愛らしいピンク色の唇がリサの魅力を引き立てている。さすがハム太お目が高い。

「口の中に物が入ったまま褒められてもあまり嬉しくないよね。食べるか褒めるかどちらかにしなさいよ」

「ごめん、ごめん。ならここは食べる方で」

「・・・」

 クスクスと控えめの笑い声が周りの女の子たちから聞こえてくる。あっけにとられていたリサも笑い出したので食事はお互い軽口をたたきながら楽しく終わることができた。

 危なかった。羊の群れにオオカミの俺が入ったつもりだったが、羊の群れの中には手練れの番犬がいたようだ。それもかなり綺麗な。でも、ちょろいな。

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