6:試験とかなんの拷問ですか?
無事クラスについた私とリアラは席にと思ったがここでもまた私は立ち止まる。席がわからない。
「マリアーネル様?」
「なんでもないわ」
なんでもなくない。どう考えてもなんでもなくない。高らかに私の席はどこかしらとでも言ってみる?言えるわけない。
不思議そうに私を見ていたリアラは手を一度クラス内を見渡すと一番奥の席に座り私を隣へと呼んだ。
その瞬間クラス中がざわめきに満ち、リアラを睨む者、蔑む者とでまたしても小声での悪口大会が始まる。呆れた。あんた達一体何歳なのよ。15歳にもなって面と向かって文句も言えないなんて随分じゃない?
「隣いい?」
敢えて私からリアラに問えばまたしても驚いたような顔をしてからすぐに花が咲いたように笑い、どうぞ、と勧めてくれた。どうやら自由席のようだ。
私は周りの声など無視してリアラの隣の席へと座り、横目に彼女を盗み見る。
先程の笑顔はとても可愛らしかったけど、この子なんなんだろう。私に対しての態度といい、なんか…変なのよね。最初にも思ったけど、私に良くしているようでそうじゃない。
まるで何かを企んでいるかのような、そんなあざとさが見え隠れしているように感じる。何はともあれあまり近付きすぎてはいけない気がした。
「静かに。皆席についているな」
ざわざわとしていた室内が一斉に静まり返る。
厳格な声質からしてそこそこには年配なのかと思えば案外そうでもなく、30歳ぐらいだろうか、その位のまるで彫刻並みに整った顔立ちの男性が教壇に立っていた。
30歳位と想定したけど…この世界の年齢は見た目は当てにならないのよね。私といいカーリカといい。
「今日は試験を行う。昨日の復習も含まれているが出来なければ再試験だ」
ふーん。試験ねえ。懐かしい響き…って、えええええ!嘘でしょ!?なに試験って!いきなりハードル高すぎない!?どんな試験をするのかも知らないんですが?!終わった。ごめんなさいルカ。あなたの試験の結果はきっとどん底よ…。元より成績がいいのかなんて知らないけど。
恐らく出来ないだろうと私は諦めモードになる。昨日まではちゃんと聞いていたのだろうけど学校に着いてからもルカとしてのことは何一つ分からない。そんな状態で試験なんて出来るわけがない。いっそ仮病でも使おうか。
「では呼んだら一人ずつ前に出て来るように。まずはー…」
一人目が呼ばれ不安そうな面持ちで一人の女子生徒が教壇の前に立つ。そして皆の方を向くと両の手のひらを差し出して何かを唱え始めた。
まさか魔法?この世界には魔法があるの?
驚きながらも興味津々とばかりに見ているとその女子生徒の周りが淡く光ると共に手のひらの上に小さな炎が灯った。
すごいすごいすごーい!思わず脳内で盛大に拍手をしてしまう。魔法があるなんてなにこの世界。すごすぎじゃない!?初めて見る魔法に私は子供のように大はしゃぎをした。
「では次、リアラ・カースン。前へ」
「…はい」
隣に座っていたリアラが自信なさそうに席を立つ。
教壇の前に立ち皆へと向き直ると彼女はゆっくりと深呼吸をし、両の手を組み詠唱を始めた。しかし詠唱を終えても何かが起こる気配はなく、静かな沈黙が場を支配する。
「もういい。リアラ・カースンは放課後残るように」
先生のその言葉に周りはまた馬鹿にするようにリアラの悪口を言い始めた。
馬鹿馬鹿しい。どうせあんた達は家で家庭教師でもつけて貰っていたんじゃないの?あの子が平民って呼ばれて馬鹿にされているってことはここで初めて魔法を学ぶのかもしれないのに。それを馬鹿にして笑うなんて本当に幼稚だ。塾に行ってある程度問題を熟知している人と、塾に行かずに初めてその問題に向かう人とじゃ出来が違うなんてよくある話じゃない。まあ、生粋の天才は初めてでも簡単にこなすらしいけど、そんなのは一握りだ。
でもなんだろう。彼女は魔法が使える気がしている。それも全く別の…
「ルカ・マリアーネル、前へ」
と、私の番か。って、最後じゃない?!嘘…トリなんて最悪。出来なかったら大恥じゃない。私が過去に習っていたのかなんて知らないし、そもそも魔法が使える世界でなんて生きたこともない。出来る自信なんて皆無だ。前に出たくない。でもやらない訳にはいかない。
それに皆魔法は違っていた。得意な属性がきっとあるのだろう。でも私は何が得意かなんて知らない。
どうする。どうしたらこのピンチを乗り切れる。リアラへの言葉は正直私にも返ってくるのだと思った。
「ルカ・マリアーネル!」
「あ、はい」
2度目を呼ばれて慌てて立ち上がる。
はー…どうしたものか。未だに解決策は浮かばない。他の人達の聞いていてなんとなくどの詠唱がどの魔法なのかは分かったけれど、それを覚えているかと言われれば覚えてもいるけれど。出来るかと言われれば…さあ?って感じ。
なんて考えながら歩いていたらあっという間に教壇の前に着いた。後ろの席からなのに随分と近いとさえ思ってしまった。
「では始め」
合図と共に私はせめて形だけでもと思い片手を胸元へ、そしてもう片方を掌を上向きにし前へと差し出す。形だけでも魔法を使えますよアピールだ。
ルカがどれだけ魔法を使えるのかわからない。火だと万が一の火事が怖いため、氷を成形するイメージで掌へと神経を研ぎ澄ませる。
出来る訳ないと思いつつ、案外想像力でなんとかなったりするんじゃないかと思ったのだ。その考えはどうやら正解だったようで、指先に冷気が集まるのを感じた。
パキパキと氷が固まっていくときの音がする。
「待て!おい!ルカ・マリアーネル!ストップだ!やめろと言っている!」
慌てたような先生の声と手を掴まれ後ろへと引っ張られる感覚にはっとした私は目の前で起きている事態に息を呑んだ。教室全体が凍っていたのだ。
「初級魔法をと言ったのに何故君はこんな大きな魔法を使った…。それも無詠唱で」
「あー…コントロールを誤りました」
「は?」
「私の予想では氷の塊を一つ作る程度のつもりだったんです。それも小さいのを。そしたらコントロールを間違えたようです。すみません」
素直に謝る私を見て額を抑える先生。はー…とため息を深く吐いていた。
「君も放課後残るように…」
「わかりました」
にこりと笑って席へと戻る。本当は誤ったのはコントロールでも想像でもない。周りの生徒への感情だ。氷の成形を想像している間にもリアラへの悪口が後を立たずイライラしてしまったのだ。
でもまあいい。どうやら魔法はちゃんと使えるというのがわかった。帰ったら魔法の本でも読んでみればこの先もどうにかなるでしょ。…多分。
5/20修正