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00000「わたしと君」

『生まれ変わってもずっと一緒よ!』

『ああ、また僕たちは恋人同士になるんだ!そして今度こそ幸せになろう!』

『ええ!きっとよ!きっと!』


 美男美女が手を取り合う、感動的な恋愛シーン。街頭ビジョンに映し出される映画の予告に、道行く人々は立ち止まって見惚れている。恋する障害物たちに通行を邪魔された(あおい)は、苛立ちをぶつけるように、劇的な恋愛を繰り広げる主人公たちを睨み上げた。


 何がそんなに二人を燃え上がらせ、観客を沸かせているのか知らないが……恐らくは恋人が生き別れの兄妹だったとか、不治の病で余命幾ばくも無いとか、そういう小奇麗な悲劇なのだろう。葵にはそれの何が良いのか、さっぱり分からない。


「良いなあー!あたしもあんな恋愛してみたい!旬様に愛されたい!」

 隣で、ミーハーな友人がキャーキャー黄色い声を上げる。ああ成程、と葵は思った。彼女たちは悲劇に惹かれているのではなく、役者に恋をしているだけなのかもしれない。主役を演じる美男子は、芸能ニュースに疎い自分でも知っていた。最近ドラマやCMに引っ張りだこの歌って踊れる俳優、落目旬だ。落目で旬って……どっちかにしろと言いたくなる。


「あああ~っ!旬様の恋人に生まれ変わりたいっ!寧ろ今生で結婚したいっ!なんかあたし、前世で旬様の恋人だった気がしてきた……」

 ヒートアップする友人に、周りの“旬様ファン”がギロリと鋭い目を向けた。葵は何か騒ぎが起きて巻き込まれては大変だと、友人を止めるべくその腹にチョップを見舞う。「アウチ!」と大して痛がってもいない声が上がった。


「何すんの!葵は、ああいうの憧れたりしない訳?」

「ああいうの?」

「ほら、今生を超えた恋愛……!みたいな」

 拳を振るって熱弁する友人に、葵は肩を竦めた。


「無いわ。“前世から”とか、”来世でも”とか。激重。無理」

 冷めきった声で言う葵が、今度は周りから睨まれる番だった。友人は慌てて彼女の手を引き「ほら行くよ」とその場から逃げようとするが、丁度目の前の信号が赤になり、行き場を失う。「もう!」と友人は小声で悪態をついた。


「本当に葵は、ロマンのカケラもないんだから」

「うーん……生まれ変わりってロマンチックかなあ?結局今の幸せの妨げにしかならないような気がするんだよね。君だって、サッカー部の佐藤先輩に、前世で永遠を誓った恋人が現れたりしたら嫌でしょ?」

 佐藤先輩に、落目旬とは別の種類の熱を上げている友人は、葵の話を想像してみたらしく、この世の終わりのような暗い顔をした。


「そんなの絶対に嫌だ~!」

「でしょ?……それに“来世でも”なんて、前世で幸せになれなかった人の言うことじゃない?そんな過去の辛い恋愛を引き摺りたくないよ」

「うむ……葵の言葉はいつも説得力があるなあ。なんか実体験みたいだね」

「な訳ないでしょ」

「そうだよね。初恋もまだのピュアちゃんだもんね」

 葵は揶揄う友人をこらしめようとしたが、二度目のチョップは華麗に躱された。友人は人を小馬鹿にするようにケラケラ笑っている。


 ピポン、ピポン、と愉快な音色が感動映画の邪魔をするように響き、前の信号が青に変わって、人々は動き始めた。それでもまだ何人かは落目旬を見ていて、友人もいつの間にかまた釘付けになっている。画面の中の落目旬が泣き叫んでいる。


 佐藤先輩などすっかり忘れ、心ここにあらずといった友人に呆れながら「はい、はい、置いてくよー」と葵は横断歩道に踏み出した。


 ふと、目の前から歩いてくる少女が目に入る。映画にも俳優にも全く興味が無いというように、その少女はただ前だけを見つめていた。昼間の街が似合わない青白い肌、黒い髪。しかしそれは、カラフルな街の中で何よりも鮮明に浮き出ている。


 雑踏の中、二人の少女はすれ違った。

 葵は本当に何気なく、後ろを振り返る。腰まである長い黒髪が、少女の動きに合わせて揺れているのが見えた。……見覚えはない。知り合いのような気もしない。葵はどこか腑に落ちない様子で、再び前を向いて歩き始めた。


 次の瞬間、もう一人の少女も、何気なく後ろを振り返る。……何か視線を感じたような気がしたが、気の所為だったようだ。彼女もまた、前を向いて歩いていく。


 二人はもう、二度と振り返ることは無かった。




 今ここで、一つの運命が終わりを告げる。

 約束という名の呪いが、愛という名の執着が、誰かと誰かの物語たちが、まるで初めから何も無かったかのように消えていく。


 不毛な因果の絶ち切れた今を、新たな始まりと呼ぶのなら、

 遠いどこか、いつかの二人のあの悲劇は



 ――長い長い、ゼロの物語。

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