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落ちぶれた姫の嫁ぎ先 極上億万長者は訳ありでした  作者: 帆々


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19/35

19.暗い夜


柊理は死ぬのか。


喉の奥からえ嗚咽の塊が込み上げてきた。それを無理に飲み込み、部屋を急がせた。


すでにお冴の延べた布団に、静かに彼が寝かされる。彼は帰宅して間もなく、上着を脱いだなりの姿だ。シャツにベスト、ネクタイまでしていた。いかにも寝苦しい。


「お着替えはわたしが…」


ネクタイを緩めるわたしへ、野島が言った。男を着替えさせるには、わたし一人では無理と思ったのだろう。


「そうか」


手を離した時、ごくゆっくりだが、柊理が起き上がった。


それを見て、わたしは彼の脚に額を押し当てた。胸の張っていた何かが崩れそうになった。


死なない。


柊理は死なない。


「心配させたな。…姫と二人にしてくれないか」


かすれた声で彼が告げた。野島がすかさず言う。


「お医者様をすぐにお呼びします」


「いや、いい」


「それでは、あまりにも」


お冴も涙声で言う。


「いいんだ。すぐにどうなるものでもない。頼む、好きにさせてくれ」


「柊理、悪かった。僕が怒らせて刺激したせいで、こんなことに…」


礼司の詫びを遮り、柊理は彼をにらんだ。


「帰ってくれ。お前の顔は見たくない」


と、か細い声でそれだけはきつく言い放った。二人に何があったのか。ともかく柊理の神経に障りそうで、礼司を部屋から出した。


「容体は知らせてほしい」


そう言う彼にうなずいて、野島に見送らせた。お冴には柊理の部屋が冷えるから、火鉢の火を用意させるよう命じた。


戻れば、彼は脚を投げ出して後ろ手をつき、ぐったりとした様子だ。


「どうした? 側にいるぞ」


お冴が支度した新しい浴衣もある。着替えを手伝おうと、シャツに手をかけた。ボタンを外す。そこで気づいた。第二ボタンを外してすぐにあの紋様が目についた。もどかしい思いで胸を露わにすると、以前見た螺旋の紋様が胸から腹部にまで伸びている。


彼が医者を呼ぶなと命じた理由がわかる。不調の原因は麒麟が痩せたための紋様のせいだ。


前にわたしが目にした時、大丈夫だと彼は言った。気にするなと、詮索を封じた。それが知らぬ間に、こんなにも柊理を蝕んでいる。


愕然とした。


ズボンを脱がせ、浴衣を羽織らせた。帯はわたしが急いで締めた。そこにお冴と共に女中が火鉢の火を運んできた。水差しとたらいもある。


主人の急病におろおろする女中に、


「うろたえるでないぞ。お冴に従え。いつも通りでよい」


と告げ、下がらせた。


たらいの水にふきんを浸し顔をふいてやった。血色は非常に悪い。紙のように白く感じる。


呼吸が浅い気がした。熱はない。逆に冷えているようだ。


「苦しくはないか?」


「胸に何か溜まっている感じがある。それに身体を乗っ取られて、自由が効きにくい」


「無理せずともよい」


「姫、俺に何かあったら…」


「黙れ。何かなどあるか」


遺言など聞きたくもない。柊理の手を取って握った。大きな不安が胸に渦巻いていた。何かを口にすれば、涙があふれて止まらないだろうと思った。それを衰弱した彼に見せるのは、どうしても嫌だった。


そして、泣くことは柊理の死を容認してしまうようで、怖かった。


互いに黙ったまま、時が過ぎた。まさか、このまま。もしやこれで。そんな恐怖に心が震え続けた。


瞳を閉じた彼の静かな寝息が聞こえ、肩や背に乗った重しがそっと緩んだ。しばらくつき合い、そっと手を外す。


静かに部屋を出た。


台所では使用人が溜まっていた。わたしが現れ、彼らの目がこちらを見る。


「旦那様のお加減はいかがでしょうか? 本当にお医者様は呼ばないでよろしいのでしょうか?」


代表して口を開いた野島に向かい、わたしははっきりとした声で告げた。


「そう柊理が言っておる。本人の望むようにさせたい。今後、わたしが側に付き添おうと思う。隣りに布団を延べてほしい」


「それで、わたしどもはどうすれば…」


これは台所の女だ。普段朗らかなおしゃべりが、勤め先の変化に不安がっている。


「普段通りに。何が変わったわけでもない。同じようにな。時間になれば休んでよい」


お冴の指示で女中が動いた。


部屋に戻ると柊理はこんこんと眠っていた。そういえば、わたしは彼の寝顔を知らないと思った。帯を解き襦袢だけになり、結った髪をほどいた。


女中が間を開けて敷いたわたしの布団を、柊理の方へ引っ張ってきた。ぴたりとつなげる。


布団に入り、彼に寄り添った。手に触れる。指はとてもひんやりとしていた。それが不吉で自分の手で包んだ。


柊理の指が少し温まる気がした。そして、微かに動く。


ああ、と思う。


誰よりも怖いのはわたしだ。


今、とても怖い。


柊理を失いそうで、怖い。




お読み下さりまことにありがとうございます。

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