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episode 4

   Side:九



 俺と美波は恵那に連れられて、山道を歩いている。


 この先に恵那のとっておきの場所があるらしいのだが、いったい何が待っているのか全く検討もつかない。


「なぁ恵那ぁぁ。まだ着かないのかよぉ」


「あと少しだから、九君ファイトー!」


「ちょっとここちゃん。抱っことか言い出さないでよ?」


 危なく口にするところだったのを我慢することに成功したかに見えたが、つい無言になってしまい……。


「図星だったんかい!」


 すかさず美波のつっこみを受けた。


「はははっ。さぁ、二人共着いたよ。ここが私のとっておきだよ」


 大きな朱塗りの鳥居──


 陽も傾き始め薄っすらと暗くなってきていた。


「うわっ! 怖いっていうか……不気味だな」


 恵那のとっておきに酷い言い方をしてしまったが、この状況でこの場所に立てば、誰もが同じ感想を漏らしていたに違いない。


「わぁ! 恵那ちゃん、これって」


「ひぃぃぃ! 美波いきなり脅かすなよな。恵那が怖がるだろ」


「怖がってるのは、ここちゃんでしょ」


 そんな美波が指を差し、俺の視線を誘導した。


「これ狛犬? というよりは……」


「狼だよ。ここはこの土地の神様、狼神様おおかみさまをお祀りしてるの」


「だから、犬じゃなく狼の狛犬なんだね」


 恵那と美波のやり取りを聞いても、へぇぇとはならなかった。そんなことより怖かったからだ。


「そろそろ、おかみさんに挨拶して帰ろうぜ」


「おかみさんじゃなくて、狼神様だよ。ここちゃん。着物着た人なんかいないでしょ」


「美波っ! 怖い話すんなよ! 卑怯だぞ!」


「どれだけ怖がってるのよ。おかみさんて自分で言ったんでしょ」


 俺が怖がっていると……いや、美波を注意していると、近くの茂みがガサガサと音を立てて揺れ出した。


「み、みな、みな……み、なにガサガサしてんのさ。お、俺を驚ろかそうなんて、無駄だぞ。お、俺は驚かないんだからな!」


「そう言いながら、手ブルブルしてるよ」


「怖いんじゃないわ。寒いだけだ!」


「えっ?」


 美波と恵那が顔を見合わせ大笑いしていると、ガサガサが大きくなり、何かが飛び出して来た。


「きゃあぁぁぁ!」


 俺は自分でも驚く程のソプラノを出し、歩いてきた道をひたすら走って引き返した。


「……りす、なんだけど。ぷぷっ。ちょっとここちゃん待ちなさいよ。薄暗い山道に女の子置いてくなぁぁ!」


「お前らは、俺より逞しいから大丈夫だぁ!!」


「全くもう。恵那ちゃん、私達も帰ろうか。恵那ちゃん? どうかした?」


「えっ? ううん。そうだね、帰ろう。九君のことも心配だしね」



   Side:?



 あいつを驚かす為に、わざわざ姿を隠しながら移動し、回り込んできた。


 あいつのだらしない恥ずかしい顔を拝むチャンスだ。しっかりビビってくれよ。



「どうだぁぁ! 都会の軟弱男め! びっくりして声も出な……い、いない。誰もいねぇじゃねぇか! どこ行きやがった。あの野郎。勢いよく茂みから出て来て、誰もいなかったら恥ずかしいだろ! ちくしょう。俺に恥かかせやがって。うおぉぉぉ!」



   Side:九


「うおっ! なんだ今の。山の方から叫び声みたいなの聞こえたぞ。ま、いっか。おばちゃん、ただいまぁ〜」


 玄関を開け、第一声が、まるで自分の家に帰ってきたような気楽さ。


「九君、おかえり。寒かったでしょ。部屋もこたつ温めてあるわよ」


 笑顔で出迎えて、温かい飲み物の準備に向かう恵那の母。


「九君、あったかい飲み物何が良いかしら?」


「ミルクたっぷりのカフェオレが良い」


「はいはい、牛乳多めね」


「こたつあったけ〜」


 足だけはもったいねぇな。モゾモゾと身体まで入って独り占め状態。そして身体が温まりモゾモゾ這い出してこたつの上にあるものに気付いた。


「おばちゃん、みかん食べても良い?」


 ちょうどお盆にカフェオレを乗せて部屋に入ってきた恵那の母は、カフェオレを置きながら……。


「好きなだけ食べて良いよ」


「おばちゃん、どれが甘い? 俺が選ぶといつも酸っぱいんだよ」


「そうだねぇ、これかこれだね」


 カフェオレの横にふたつのみかんが並べられた。


「どっちから食べようかなぁ」


 みかんを睨むように見つめて真剣に悩む俺。


「あはは、たかがみかんに、そんなに迷わなくても良いのに」


「ただいまぁ」


「ちょっとここちゃん! あっ、おばさんただいまです。私達を残して、抜群の運動神経発揮しないでよ。叫び声は聞こえるし、怖かったんだからね」


「美波」


「何よ」


「……どっちから食べよう。みかん」


「どっちでもいいわよ!」



   Side:美波



 久しぶりに会う同級生。話は尽きることなく後から後から溢れてくる。


「美波ちゃん、九君のこと好きでしょ? でも、九君は小学生並みの感情しか持ち合わせてなさそうだから苦労してるんでしょ」


 こたつで居眠りしているここちゃんをチラッと見て。


「恵那ちゃん、昔から鋭かったよね。そういうの」


「そうかなぁ」


 色々な話で盛り上がっていると……。


「ほら、盛り上がるのは良いけどそろそろ寝る準備したら? 九君寝ちゃってるじゃない。起こしてお布団に行くように言ってあげなきゃ」


「美波ちゃん、続きはお布団の中でしよう」


「うん。お布団女子会だね」


 その前に、ここちゃんを起こさなきゃ。


「ここちゃん、お布団で寝ないと風邪ひくよ」


「……みかん?」


「夢の中でもみかんなの? どんだけみかん食べるの? 早く起きて! ほら、おばさんがお布団敷いてくれたよ」


「はい。美波、恵那、おやすみかん」


「みかんから離れなさいっての。おやすみ、ここちゃん」


 こうして、私達の桜華村での一日は終わり、そしてこの後、まさかあんなことになろうとは誰もが思っていなかった──


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