episode 2
Side:九
桜華村──
俺と美波が降りた駅は、小さな駅舎があるだけの無人駅だった。
1日に数本しか来ない列車のダイヤを確認した俺は、パシャリとスマホで撮影した。
「田舎だと思ったでしょ?」
その声に振り向くと、立っていたのは幼なじみの恵那だった。
「久しぶりだな」
あまり、昔と変わらない声に出迎えられた。
「恵那ちゃん!」
「美波ちゃん! 来てくれてありがとう。急に手紙送ってごめんね」
「嬉しかったよ。また会えてもっと嬉しい」
「さぁ、私の家に案内するから行こう」
美波は恵那と会えたのがよっぽど嬉しいらしく、荷物を俺の足に置いたことも忘れ先を歩いて行ってしまった。
「待ってくれよぉぉ!」
Side:美波
桜の木が多いこの村は、春になるとピンクに染まるらしい。
今は秋の暮れ。紅葉の時期も過ぎ、山々は冬支度を整えているように見える。
「自然が沢山あって素敵なところだね」
「ありがとう。自然しか無いけどね。それに……」
恵那ちゃんは視線を切ると、口を結んだ。
「恵那ちゃん? どうかした?」
「あっ、ごめんごめん。何でもないよ。ほら、あそこが私のお家」
恵那ちゃんが指差した先には、大きな二階建ての家があった。
「うわぁぁ、でっかい家だなぁ。恵那ってお嬢様だったんだな」
両手に荷物を抱えた荷物持ち……じゃなかった、ここちゃんが目を丸くしながら感嘆した。
Side:九
「うおっ」
両手に持っていた荷物のバランスが崩れてよろけた時に、物陰から誰かがこちらを覗いているのが見えた。
「こんちは。そんなところで怖い顔してないで出てきなよ。恵那に話があるんじゃないのか?」
俺は物陰からこちらを見ていた男に声を掛けた。
「う、うるせぇ。見てなんかないわ! とっとと帰れ、この都会野郎!」
「何だよ。ひでぇな」
男はそのまま物陰から姿を現すことなく裏道へと抜けて行った。
「九君どうかした?」
先を歩いていた恵那が美波と一緒に戻って来た。
「気をつけろよ恵那。この村は物騒だ」
「ちょっとここちゃん。何言ってんのよ。ごめんね恵那ちゃん」
「ふふっ。いいの」
恵那は微笑みながら、男が消えた道をただ見続けた。
「その後も俺は荷物を持ち、指と腕がもげなからも何とか恵那の家まで辿り着いた」
「ここちゃん。心の声全部出てる。それに指も腕ももげてないでしょ」
「一回はもげたわ。美波が見てないとき。なっ? 恵那」
「九君は変わらないね。私が知ってる九君のままだ」
恵那のその言葉に、俺も美波も昔を思い出し、争うのをやめた。
玄関前、動物の牙のような物が吊り下げられている。
よく見ると、他の家の玄関にも同じような物が吊るされていた。
「なぁ恵那。これって牙だよな?」
「それは【狼神様】の牙だよ。まぁ正確には、牙に似せて作った木彫りの飾りなんだけどね」
「狼……それって日本にいなくないか?」
「この村に伝わる古い言い伝えなの」
「言い伝えねぇ」
玄関前に飾られた牙を眺めていると突然扉が開いた。
「うわぁ! ごめんなさい。食べないで……」
俺は驚きのあまり尻もちをついて目を見開いた。
「あらいらっしゃい。九君。美波ちゃん。久しぶりねぇ。すっかり大きくなって、私の方がびっくりしたわ」
「こんにちは。お世話になります」
出迎えてくれた恵那のお母さんに挨拶をしながら、美波は俺の手を引っ張った。
「さぁ、何にも無いところだけど中に入って。寒かったでしょう。今お茶をいれるわね」
「おじゃまし……ま?」
家の中に入ろうとした俺の腕を掴む恵那。
「ん? 何だよ。恵那、どうかしたのか?」
「……あっ、ううん。何でもない。さぁ入って」
取り繕ったような困った笑顔を見せながら、恵那は俺の横を通り過ぎた──




