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記憶喪失

「記憶が戻ったなんてよかったわ」

「ああ。もう戻らないと思っていたからな」


 白壁の病院の一室。ベッドで座る俺の傍らで両親二人の会話が聞こえる。記憶にあるより僅かに老いた顔。安らんだ表情が二人の顔に浮かんでいる。


 始発の電車に乗りなんとか家に戻ると、両親は酷くびっくりしながら迎えてくれた。

 両親に連れられ病院で検査のために1日入院になって今に至る。


 訳が分からないことの連続だったが、ようやくある程度今の状況が整理出来てきた。


 どうやら俺はあの事故の後、命は無事だったものの記憶喪失になっていたらしい。いつ戻るかはお医者さんにも分からず、記憶は戻らないまま3年が過ぎた。


 そしてとうとう記憶が戻ったが、逆に今度は3年間の記憶を失ったのが今の状況。ということらしい。


「まったく。要が急に帰ってきた時は本当にびっくりしたわよ」

「そんなにびっくりする? そりゃあ、一人暮らししてた息子が朝早く帰ってきたら驚くだろうけど」

「あのね、ここ2年くらいほとんど会ってなかったのよ。記憶がない状態で過去の自分を知ってる人と会うのは辛いみたいだから、こっちも遠慮していたの」

「そう、だったんだ」


 自分が知らない3年間という存在は酷く変な感じがする。俺にとってはあの事故はつい昨日のことで、まるで浦島太郎だ。未来に急に来た気がしてならない。


 なんとか状況は理解したものの、まだまだ受け入れるには時間がかかりそうだ。


「とりあえず今日は1日検査するみたいだから、ゆっくりしてるのよ。明日、お祝いにどこか美味しいところでも食べに行きましょ」

「うん、そうだね」


 やけに嬉しそうなお母さん。これまでがどんな状況だったのか詳しくは分からないので、そんなに喜ぶと大袈裟に思えてくる。


「要。本当に良かった。今日はゆっくり休みなさい」


 父親も珍しく優しげな声で頷いている。まだまだ夢見たいだ。

 お母さんは「お母さん達はお医者様に話聞いてくるから、また後でね」と言い残して病室を出て行った。


「はぁ」


 僅かに疲れた身体をベッドに預ける。ひんやりとしたシーツの感触が頭の裏に現れた。


 天井の網目をぼんやり眺めていると、記憶が戻ってからな怒涛の展開がまた脳裏に蘇ってきた。


 いきなり隣に裸体の知らない女の子。部屋を出ても知らない場所。ようやく家に辿り着けば、驚いてる両親。そのまま病院に連れられて。状況を次々と説明されても実感は湧かないし……。


 静かな病室で、ようやく気分が落ち着いた。


(そうだ。駿と明奈に連絡しなきゃ)


 急に会った時に記憶が戻っていたらびっくりするはず。

 周りが変わり過ぎている今、猛烈にあいつらに会いたくなった。


 なんとなくあいつらはまったく変わっていない気がする。俺の知ってる二人と話して癒されたい。


 スマホはポケットに入っていたのでメッセージアプリから二人のアイコンを探す。普段から話していたならすぐに見つかるだろう。


「……あれ?」


 いくら探しても見つからない。指をスライドさせて下へ下へ送っても、俺の知ってる二人の名前がない。友達一覧から検索をかけてみるが、『該当者なし』の文字。


「なんで……」


 二人と離れていたのか? 大学が一緒なのに? あいつらが俺を見捨てた? 


 いや、それはない。あいつらなら俺が記憶喪失になろうが、絶対絡み続けるに違いない。それは確信できる。一体なにがあったのだろうか?


「要。お母さん、一回お家に戻るけど、なにか持ってきて欲しいものある?」

 

 ちょうどお母さんが戻ってきた。こてんと頭を傾げてみせる。


「あのさ、駿と明奈に連絡しようと思ったんだけど、なんか連絡先が無くなってて」

「あ、そうだったわ! 二人にも連絡しないとね。要の記憶が戻ったら連絡して欲しいって言われてたんだったわ。お家に帰ったら電話しなくちゃ」

「……俺と二人の間に何かあったの?」


 何かがあったのは間違いない。お母さんは少しだけ眉毛を下げる。


「……詳しくは分からないから、それは二人から聞きなさい」

「分かった」

「きっと色々あったんだと思うわ」

「まあ、三年もあれば変わることもあるよね」


 これだけ知らないことが周りに広がっているんだ。駿や明奈と何かが起きていたとしてもおかしくはない。


 ただ、それでも話せばまた元に戻れるだろう。呑気にそんなことを考えていたその時だった。


 お母さんの口からとんでもないことが出た。


「そうね。二人、付き合っているみたいだし。お似合いよね」

「……え?」

「じゃあ、お母さん帰るから。もし、何か持ってきて欲しいものがあったら連絡してちょうだい」

「え、あ、うん」


 呆然とお母さんが病室を出ていくのを見届ける。あまりに唐突で、予想外の言葉。


 真っ白な頭のまま、お母さんが出て行った病室の出口を見つめ続けた。


 

 


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