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第10話 おう。黙っていれば、可愛いのに。

 今は使われていない第3音楽室はほかの音楽室に比べて、少し小さめで場所も3階の一番端にある事から、元々使用頻度は高くなかったらしい。

 授業の他は生徒が楽器の自主練習の場として使われていたそうだ。

 放課後に生徒たちがそれぞれの楽器の練習に勤しんでいる中、その隙間を縫うかのように聞こえる笑い声。そして何かをこすり合わせたような音が耳元で突如響く。極めつけは、音楽室の大きな黒板の上に5つ飾られている音楽家たちの肖像画の中央の絵の目が動く。これらの事が最近頻繁に起こるようになり、生徒たちが怖がって近づかなくなったらしい。表向きの理由は定かでないが、学院に通うのは貴族の子女で、何かあってはと現在授業でも使用しなくなったのだと、用務員さんは言っていた。 

 確かに大勢で教室にいれば怖くないかもしれないが、数人で使用していて、奇妙な事が起きたら怖いかもしれない。音楽室が一つしかないならともかく、他にあるのであれば、無理に使用しなくてもいい。それよりも万が一何か不測の事態がおきて、生徒が怪我でもしたほうが、学院側にしたら怖いだろう。

 今日もこの音楽室の鍵を借りる時に、不承不承だった事を思えば、納得である。生徒会の名を出さなければ、借りられなかったかもしれない。

 クローディアだって、好きでこの音楽室に来たのではない。文句は生徒会長に言って欲しい。

 本当、切実に。

 そう思ったものの、まさか本当に文句を言われるとは思わなかった。

「あー!! 性懲りもなくまた来たわね! 人間!」

 ぷーんという軽い羽音をさせながら、2人に近づいて来たのは、テーブルフォークを縦に2つ並べたくらいの妖精だった。浅黒い肌に瞳は緋色。薄い灰色の髪は短く跳ねている。

 イメージとして黒っぽい。違うかもしれないが、黒い妖精と名付けよう。うむ。わかりやすい。

「あのねぇ! まったく役立たずなんだから、ここには来ないでちょうだい! 気分が悪くなるだけだから!」

 小さな指をクローディアに突きつけると、くるりと背を向け、音楽室の天井を飛び回る。

「あーもー!! どうしてくれるのよ!! どうしてくれるの! すべて人間のせいなんだから!!」

 どうやら音楽室の怪のうわさは本当だったらしい。

 何かをこすり合わせたような音というのは、おそらくこの妖精の羽音ではないか。

 今は文句しか言っていないが、人間が怖がる姿を見て、笑い声をあげている妖精の姿がありありと思い浮かぶ。

 音楽室の怪に、この妖精が絡んでいるのは間違いなさそうである。

「もうもう! これだけ言っても、ぜーんぜん私の声が聞こえてないんだから! 鈍感すぎるわよね! あ、だから、こんなに空気が悪い中でも楽しくしてられるのね! きゃはは!」

 いえ、ばっちり聞こえてます。姿も視えてますよ。

 でも今は様子を見る為、聞こえないふり、視えないふりである。

「エルネスト様、誰もいない音楽室って、少し不気味ですね」

 クローディアがわざとらしく話を振る。

「うん。そうだね。うわさ通り、声とか聞こえるのかな」

 うむ。長年私の相方を務めてるだけあり、意図を汲むのが早い。

「残念ながら、わたくしには、なぁーんにも聞こえないですわ」

「僕もだ」

「はあ?! まったく!! 私の声が聞こえないようじゃ、あんたたちはお呼びじゃないのよ!!さっさと帰って! イライラするから!!」

 黒い妖精は空中で地団太を踏んでいる。なんとも器用な事だ。

「クローディア、絵の方も確認しよう。ほら黒板の上に飾られている肖像画の目が動くって」

「そうですわね。ここまで来たらそれも見てみましょう」

 もちろん、最初から視る気満々である。

 それにしてもここの音楽室内も空気が濁っている。コールタール並みに空気がねっとりしている。この黒い妖精は平気そうだ。あ、この黒い妖精が元凶なのかもしれない。

 とにかくも、絵の確認が先である。

 この音楽室は角部屋で、入口から入ってすぐ右隣に教壇や黒板がある。

 今は机は教室の後方に下げられており、教室内がらんとしている。

 クローディアとエルネストは黒板の上の肖像画が良く視えるよう、何もない教室の中央に立ち、黒板の上方に目を向ける。

「視えるの? 視えないんでしょ!? この役立たず!!」

 黒い妖精がうるさくわめいているが、放っておく。

 長方形の黒板の上、五枚ある肖像画のうちの中央。

 その絵は音楽の父とも呼ばれる偉大な作曲家の肖像画であった。

 あ、と思わず漏れそうになった口を慌てて閉じる。

 確かに目が動いている。ある一定の速度で右に左に。まるで呼吸をしているように。

 隣に立つ、エルネストに目をむけると、小さく頷いた。

 エルネストにも視えたようだ。

 事象はわかったが、なぜそのような動きをするのかわからない。

 この飛び回っている黒い妖精が操っているのか。

 ひとまずは確認ができた。

「目、動いてないですわね」

「うん、目が動くなんてやっぱり嘘だったんだね」

「もう!! ばか!! なんで視えないのよう!!」

 この黒い妖精の反応。視えて欲しかったと聞こえるのは考えすぎか。

「ばかばか! どんかーん!!」

 なんか泣きそうになってるし。まだ文句は言ってるけど。

 この様子だと、この黒い妖精があの肖像画に何かしてる訳ではないのか?

 でも、関係はしているっぽい。

 はあ。わからない。

 クローディアはもう一度肖像画を視る。

 目は相変わらずゆっくりと動いている。驚くけれど、肖像画からは脅威や恐怖は感じない。

 亡霊が取りついているようにも感じない。背中がぞわぞわした感じが全くしない。

 いったい何が原因で動いているのか。

 音楽室の怪、もしかしたら単純なようで、複雑なのかもしれない。

 検証結果としては、七不思議の1つは本物だった。

 本当に肖像画の目は動いた。

 その原因は不明。

 けれどわかった事もあった、音楽室に響く笑い声や不可思議な音の正体は、妖精の仕業だった事。これは、1つの収穫であろう。

 肖像画を視た後、クローディアとエルネストは第3音楽室に何か手がかりがないかと調べてみたが、成果はなかった。2人が調べている間、黒い妖精は一人罵詈雑言を並べ立てていたが、そこから肖像画の目が動く手がかりも全く掴めなかった。

 わかったのは、黒い妖精は人間が大嫌いだという事。

 人間への悪口は尽きる事なく、口も疲れ知らずによく動くなと、感心したくらいだ。

 口を閉じていれば、可愛いのに、残念である。

 それでも時間が許す限り聞いていたのだが、収穫はなさそうなので、クローディアとエルネストは第3音楽室を引き上げることにしたのだった。

 収穫はあったものの、手掛かりは少なく、前途多難な予感がありありとした。

 おう。まさか学院七不思議の選択間違ったか。

お読みいただき、ありがとうございます(*^-^*)

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