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春と秋。

掲載日:2022/02/22


きっと、忘れられない季節になる。



1999年12月31日23時59分

ノストラダムスの大予言で、この世界はなくなると信じていた少女がいた。

テレビの中で賑わしくカウントダウンをする人々を見ながら、その少女は毎年恒例のジャンプをする。



休み明けの教室で

「うち、2000年になった瞬間、日本におらんかったんよ」



これを友達に言いたいがために、ジャンプをして年を越す。

この世界がなくなるかもしれないのに、律儀な小学生だ。





しかし、世界はなにも変わらなかった。―――





時は流れ、高校1年生の春。

少女は、高校生になったら軽音楽部に入ってバンドを組むことを夢見ていた。

しかし、少女が入学した高校には軽音楽部がなかった。

ないなら作ればいいと、友人と部活結成に向けて奮闘した。

しかし、放課後することといえば、自転車を田舎道に止めてあぜ道でおしゃべりをすること。

これではメンバーも増えるはずがない。



今思えば、何から始めればいいのか、この時の少女たちはわかっていなかったのだ。

もしかしたら、そこまで本気じゃなかったのかもしれない。

そして、バンドメンバーになるはずのその友人は、いつの間にか高校を退学していた。



暇を持て余した少女は、スーパーでレジのアルバイトをはじめた。

田舎にある地元唯一のスーパーマーケットだ。

知り合いがたくさん来る。


その都度話しかけられるけれど、思春期特有の照れがあり、なんだか気まずい。

その中でも一番気まずかったのは、その当時付き合っていた彼氏の母親が来た時だ。

彼の親は、その少女と息子が付き合っていたことを知っていたのだろうか。

少女はぼんやりとそんなことを考えながら、商品の値段を読み取る。

彼の親と一度も話をすることはなく……。


ピッピと今日も単純作業。

といっても、意外と覚えることは多い。


トイレに行く時は

「10番入ります」


万引きっぽい人を見つけた時は

「5番です」


なんだか隠語を使う自分が、刑事ドラマの主人公みたいで面白かった。


中でも好きな業務が、3つあった。


1つ目は店内放送だ。

レジが混雑した時に

「チェッカーお願いします」

と言うだけなのだが、この一言が単純作業の眠気を吹き飛ばす起爆剤だった。


2つ目は、バーコードがない商品のレジ打ちだ。

まだ全てにバーコードが設定されている時代ではなかったため、手打ちする品物があった。


特に好きだったのは、バラ売りの野菜や果物だ。

名称を覚え、瞬時にボタンを見つけ、手打ちする。

これが意外とゲームみたいで楽しかった。


たまに表示価格と違うと客に怒られる。

設定しているのは店長なのに。

と心の中で思いながら、

「すみません」

と頭を下げて返金処理をする。


3つ目は、まさかのトイレ掃除だ。

客と触れ合わず、一人の時間になれるので念入りに掃除した。


シフトに入っている時は、必ず担当した。

みんなからしたら、都合がよかっただろう。



この頃、少女には疑問があった。

同じ仕事をしているのに、なぜこんなにも時給が違うのだろうか、と。


高校生の少女は、"時給750円"。

その当時の最低賃金だ。


大学生の派遣経由アルバイターは、"時給900円以上"もらっているらしい。

喋ってばかりで全然仕事をしない大学生よりも、私やパートのおばちゃんの方が客を捌くスピードが速いのに……。

実際に、派遣会社へ払っている時給は1,000円以上らしい。



これが日本の末端の縮図か。

理不尽な世の中だ、やってらんねぇな。

と思った初めての出来事である。




なんだか最低賃金で働いている自分が惨めで、馬鹿らしくなった。

その日、アルバイトを辞めた。




少女の人生はいつも中途半端だ。



調べることを怠り、人に言われるがまま進み、なにか違うと思うとすぐ辞める(逃げる)。

楽な道を進んでいるように見えて、遠回りをしているようだった。


少女の日常は、その繰り返しだ。


例えるならば、

カレーを食べるとわかっているのにも関わらず、白いトレーナーを着る。

そして、案の定服にこぼし、シミを作り、シミ取りに時間がかかる。

最初っから服を着替えた方がよかったのにって話。



その少女は、

きっとめんどくさがり屋で、自分が責任をとることや、傷つくことを恐れていたのだろう。




これは、そんな少女の物語。




気づけば、

高校3年生の春になった。


いつもとなんら変わらぬ朝。

席は離れているけれど、なぜか目を惹かれる少年がいた。

ただ単に、顔が好みだったのかもしれない。


クラス替えで、秋という少年と出会った。


人の好みというのは、わからないものだ。

秋はこれまで好きだと思っていたタイプと、全く違う人種だった。


この時、

「好きなタイプほど当てにならないものはないな」

と心底思った。


この世で一番当てにならないものに一喜一憂している女の子たちをみると、

捻くれていなくて純粋で可愛らしいな、と未だに羨ましく思う。


少女は、

少し声が高く、みんなの中心にいるような明るい元気なタイプを好きになることが多かった。

しかしその少年は、声は低く、自分の席に座ってぼーっと外を眺めているような、どこか儚げな印象だった。



そうそう、

付き合っていた彼がいたと思うのだが、彼とは既にさよならをした。


理由?


それはね、

「俺のこと好き?」

と聞かれ、わからなかったから。


だから、

「別れよう」

と伝えた。


彼とは会って話すこともなく、メールで終わった。

なんともあっけない。


これが映画のワンシーンだったら、なんてつまらないのだろう。

エンドロールを観ずに席を立ってしまうかもしれない。

なんて言いながらも、最後まで観ちゃうんだけどね。



話を戻そう。

秋のことは気にはなっていたものの、

特に2人の接点はなく時だけが流れた。



そんな2人が初めて話をしたのは、それから半年後。

大学受験や就職など、将来を決める時期だ。



キンモクセイの香りが夏の終わりを告げる。



あっという間に肌寒い季節がやってくるものだから、

短命で尊いこの季節を、少女はより最愛してしまうのだ。



ちょうど夏服から衣替えをした。

お気に入りのベージュのカーディガンを羽織り

少女は珍しく放課後、図書室へ向かう。


袖から少しだけ指先を覗かせ

映画雑誌をパラパラしながら、室内をアテもなくさまよう。


その時、目の前が真っ暗になった。

なんだ、急に夜になったのか。


ちょうど月夜を描いた映画のあらすじを読んでいたからか

「なんだ、ついに私は物語の中に入り込んでしまったのか」


なんて、映画のようなロマンティックな展開を期待し

のんきに独り言をつぶやいていた。



しかし、違った。

夜ではなく、ただの人影だった。


物語ではなく、ここは現実世界だ。


なぜなら、

目の前にいたのは、秋だったから。



「ねぇ、目をつぶって手をだして」

秋は、唐突にそう言った。



目をつぶるなんて、まぬけな顔を見せられない、恥ずかしすぎると思った少女は、目をつぶることができず、思考停止した。


いや、妄想が脳内をぐるぐると駆け巡った。


目をつぶったら、相手のことを好きと思われるんじゃないか

一種の心理テストなのだろうか?

なにかをもらおうとするガメツイ女だと思われるんじゃないか

そもそもなんで目をつぶらないといけないの?

サプライズ?

え、私のことが好きなの?


走馬灯のように私の頭の中は感情が駆け巡り、仕舞いには大渋滞となった。

きっと混乱していたのだろう、意味不明で自意識過剰のオンパレードだった。


なぜ、こんなにも動揺したか少し説明させてほしい。


当時、相手の顎を自分の拳にのせてもらい

その相手が目をそらすかそらさないかで

どう思われているかがわかる心理テストが流行っていた。


秋の言動も、なにかの心理テストなのではないかと勘繰ってしまったのだ。



しかし、秋のあのひょんな一言がきっかけとなり

放課後、一緒に過ごすようになるのであった。


2人がおしゃべりするのは、いつも決まって校舎西側の最上階にある階段の踊り場だった。


なぜこの場所なのか。

それは、人が来ないから。

ゆっくり話せるからである。


2人は、教室で全く話をしない。

きっとお互い、恥ずかしかったのだ。

いや、少女だけが恥ずかしかったのかもしれない。


そんな状態だ、

少女たちが2人で話しているというだけで、

きっと周りから冷やかされるだろう。

そう思い、少女がこの場所を選んだ。


10代って距離感がむずかしいのだ。


冷やかす人もきっと悪気はないのだ。

きっと冷やかしている相手のことが好きで、照れ隠しで言っちゃってるんだ。

小学生男子が好きな女子をいじめちゃうみたいにね。


と言っても、たまに近づいてくるパタパタという足音に、ドギマギすることもしばしばあった。

それがまた、楽しいのだ。

楽しかったのだ。

楽しんでいたのだ。


踊り場で、たくさんの話をした。

たくさん秋のことを知った。


秋には、明確な夢があった。

将来を見据えて、この高校に入学していた。

卒業後の進路も決まっていた。

自分で決めていた。


少女とはまるで正反対だった。

かっこよかった。


少女は秋の話をきいてばかりで、自分のことはあまり話さなかった。

話せなかった。


秋もきいてはこなかった。



今でもあの時に言われた、

「目をつぶって」

は何だったのか、わからないままだ。


君は、手をだしてとも言っていたね。

何かをくれようとしていたのだろうか。



真相は闇の中。



その当時、

少女は使い捨てカメラで写真を撮っていた。


使い捨てカメラというのは、ジージーとダイヤルを巻いて、小さい窓枠から片目を覗いてパシャリとシャッターを切るあれだ。少し前に、「エモい写真が撮れる」とティーンエイジャーに流行ったアレだ。


もちろん秋とも撮った。

お気に入りの踊り場で、写真を撮った。


スマートフォンやデジタルカメラだと、その場で撮った写真をすぐ見れるし消すこともできる。

データが保存できるまで撮り直すことも可能だ。


秋と撮った

きっとエモかったであろうツーショット。


オレンジに染まる秋は、一段と輝いていた。


2人がどんな顔をしていたのか、

少女たちが知ることはなかった。



黄昏時

校舎の片隅

使い捨てカメラ

不安定に揺れ動く心

2人は、どんな顔をしていたのだろうか。



何年経っても、

その顔を知ることはなかった。



ーーー

なぜなら、カメラをナクシタから。



いや、カバンに入れていたのに、いつの間にかなくなっていたのだ。

もしかしたら、誰かに盗まれたのかもしれない。

当時、校内では盗難が流行っていたから。



真相は闇の中。



もしもクラスメイトが盗難したのであれば、現像してみてほしい。

そして、どんな顔をしていたか同窓会でこっそり教えてあげてほしい。

きっと、恋をしている顔だから。




きっと、2人は恋をしていた。―――




と言っても、あれから同窓会は一度も開催されていない。

そもそも同窓会実行委員となった少女と秋は、高校卒業後、全く連絡をとっていない。

極めつけは、少女はスマートフォンが壊れたため、秋の連絡先もわからなくなっていた。



あの頃は、

今みたいにチャットアプリが主流になる前だった。

メールや電話でやりとりする時代だった。

手紙なんてこともあったね。

少し不便で不器用な様が、少女にとってはなんだか心地がよかった。



あ、そうそう。

ここまで2人を見守ってきた私は誰かって?

そろそろあなたも気になりましたか。

ご紹介が遅れました。



「私は、春

 10年後の少女です。」






君と出会った季節が今年もやってくる。






私は今、地元を離れて東京で暮らしている。


野菜詰め放題のように、

袋にギューギューじゃがいもを詰め込むように、

今日も、人が電車にギューギューと詰め込まれる。



私は、じゃがいもなのかもしれない。



なんて、たいして見たくもない動画を

スマホでぼーっと眺めながら毎日出勤する。



私は、あの頃となにも変わっていない。



刺激のない日常に

なんだかつまらなさを感じながらも

毎夜毎夜、しつこく誘惑してくる彼に問う。



「君は私を楽しませる自信があるかい?」

と。



私は、ついに彼を頼ることにした。



傷つくことを恐れていた少女も、

幾分オトナになった。

そろそろ、重い腰を上げる。



と言っても、やることはスマホ片手に画面を眺めてマッチングすること。



好きなタイプをネットで見つける時代がきた。

あ、私にとって好きなタイプは当てにならないんだった。



傷つくための準備はもう万端だ。

それよりも、新しい季節に出会う好奇心が勝るのだ。



今年も、季節が巡る。

もうすぐ私のすきな、秋が訪れる。



あの日のような

稲妻が走るような恋とは、随分ご無沙汰である。

そろそろ新しい季節に出会うために、走り出す。



仕事に追われる日々に、つまらない自分に、

「さよなら」

を告げるために。



―――



「はじめまして。」

ここからまた、はじまる。







人生の中で誰しも

忘れられない人

っていると思うんです。


この作品でいうと、

春にとっての秋みたいな存在ですね。


2人はきっと好き同士だったけれど

付き合うことはなかった。



夢も自信もない春とは正反対だった秋。



だからこそ、春にとって憧れの存在として

かっこいいままの記憶なのかもしれません。



過去を振り返ると、

相手はあの時、こんな気持ちだったのかな

自分はこう思ったな

なんて思い出すことがあります。


答えがなく、曖昧でどこか不安定な10代

でも、どこかキラキラしている10代

そんな青春の1ページを表現したくて、

この作品を書きました。


書いている中で、

自分の学生時代を思い出しました。


その中で気づいたのは、

私は傷つくことが怖くて、自分の気持ちを伝えることができない少女だった、ということ。


あの時

こうしていたら、

ああしていれば、

とタラレバを言うことは簡単です。


そうではなくて、

後悔の中にも

頑張ったことや楽しかったことって

きっとあると思うんです。


どんなに小さくてもいいから、

その"きっと"を見つけられる心を持っていたいと思い、

主人公の心情を表現してみました。



そんな私の

「きっと」が、

「ギュッ」と詰まっています。



平凡な日常の中で

小さくてもいいから

しあわせを

見つけられる人になりたい。



あなたにとっての

"きっと"

が、きっと見つかることを願って。



さかきばら りつ


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