9話 “銀髪演説女”改めルーシャ・イディール
俺が案内したのは学園の一角に位置する高台だ。
学園を一望できる風光明媚な場所で、学園のワープポータルを使えば数分で来れる。
何より俺が気に入ってるのは、ここはなぜかオールタイムで人がほぼ居ないという点だ。
ぼっちはこういう場所に来ると、自然と気分が明るくなる。
「んー、きれいな場所。でもちょっと静かすぎて寂しいかな」
というのが、う~んと伸びをしながら言ったルーシャの感想。どうやら、俺とは相容れないタイプの人種らしい。
ちなみにどこがとは言わないが割とでかい。
「……アイン、3年だ」
「あ、3年生だったんだ。ルーシャです、うら若き1年生! よろしくお願いします」
「敬語はいらん。俺もあまり人には使わない」
「え、でもさっきミラ先生には……」
「……」
あれは、出会ったばかりの頃だ。
俺はミラ先生にも敬語を使っていなかった。すると、敬語を使わないなら借金の利子を引き上げると脅された。
何故敬語にこだわるのかと聞けば、『世の中なぁ、嫌なことを嫌と言っていれば良いのは子供のうちだけだ。訓練と思って敬語を使いたまえ』などと偉そうなことを言っていたっけ。
……ああ、思い出すとムカついてきたな。言わんとすることはわかる。
だが、自分の研究に没頭し学園行事にもろくに参加しない姿勢から学園内で冷や飯を食わされているあの人から世の中を説かれるのは至極理不尽である。
「うわなんかすごい顔……やなこと聞いちゃった?」
「いや。ともかく敬語は結構だ」
「うん、わかった! そっちのほうがわたしも楽だし!」
自己紹介も済んだところで、本題に入ろう。
「それより依頼の話だ。俺はミラ先生からお前の目標を実現させるよう依頼を受けている。まだ受注すると決めたわけではないがな。目標ってのは、さっき校門の前で言ってたあれだと思って良いのか」
「うん。この学園の<クラン制度>の撤廃が目標だよ」
「率直に言う。無理だ、今すぐ目標を変えろ」
「もうちょっと歩み寄ろう?」
「そうだな……学園特区のグルメ全制覇とかでどうだ」
「めっちゃ楽しそうなのになった!? ていうかわたし、そんな大食いキャラに見える……?」
「じゃあ、元気で楽しく4年間を過ごして卒業とかでいいだろう」
「超投げやり!? ……目標でもなんでもないよね」
「……注文が多い!」
「ミラ先生、お願いする相手変えれないかな……?」
リアクションはしてくれるが、譲る気は全くなさそうだ。どうやら、決意は硬いらしい。
これはきちんと話をするしかない、か。
「……仕方ない、あれを見てみろ」
「あれは?」
俺は眼下に見えるとある施設を指差した。
「クランに所属している生徒が使える訓練場だ。通称第二。主に下位クランの連中はあそこで訓練を積む。冬は地面に霜が降り、夏は日差しの照り返しでうだるように暑い。おまけに校舎からの距離は4キトル。往復するだけでもそれなりの時間を失う」
「うわー……きっついねぇ」
「で、真下にある建物も訓練場」
「これが第一ってこと?」
「ああ。屋内の最新設備満載な訓練施設だ。魔導空調完備。魔導計算機の演算を使って様々なシチュエーションを再現した訓練が可能。訓練が終われば備え付けの温泉で汗も流せる。メイドが常に100人は待機していて、いつでもマッサージがうけられる……らしい」
「最後の方は尾ひれつきすぎーな感じだけど凄いねぇ。てか、らしいってなに」
「実際見たわけじゃないからな。ここに入れるのは、上位クランに所属しているやつだけだ。俺じゃ近づいただけで学園職員に通報される」
「格差社会、極まれリって感じ」
少し引いたという感じのルーシャ。だが、彼女はすぐに表情を改める。
そして、真剣な表情で切り出した。
「……でも、そういうのは学園に入る前からたくさん聞いてた。だからこそ――」
「――だからこそ、自分が変えてやろうと思って学園に入ってくる。学園に入って変えてやろうと意気込む、だろ?」
ルーシャの言葉を遮り俺が続ける。
何がいいたいの? とその目は俺に問う。
「わからねえかな。お前と同じように『こんな状況は良くない』と思うやつ。そんなやつはこれまでいくらでもいたんだ」
「……!」
「だが、現実はどうだ? 何一つ変わっちゃいない。変えれなかったんだ。力のないやつにはそもそも何も変えられない。じゃあ力があるやつは? そういうのは上に行き、甘い汁を吸わされ取り込まれる。最後にどちらでもなかった一部の奇特なやつは、あらゆる手段を使って学園から排除された」
クラン制度は、数多の思惑と欲と諦めが積み重なりつづけて出来た化け物のようなものだ。もはやクラン制度は学園の中におさまるものではない。
「今の学園の状況は、そのままユーディニア王国の縮図と言ってもいい。それを一人で変えようなんてのは無謀が過ぎる」
俺の言葉にルーシャは俯いた。
「だ――ら私はこ――に来――――だ」
「何だって?」
何かを呟いていたと思うが、上手く聞き取れなかった。
「……なんでもない。君が言いたいことは分かった。それでも私は諦めるつもりはない。諦めなければ、必ず道はひらけるはずだから」
「綺麗事だな。今の結果だけ見れば、お前は学園で孤立し、味方もいない。話し相手はハグレモノの俺くらいと来ている。このまま行けば早晩、学園を出るしか道はなくなるんだぞ」
ルーシャは思案顔で、口元に指をあてる。そして、表情がぱぁっと明るくなる。
これは何か勘違いしてる顔だ。間違いない。
「……君、もしかして優しい人だったりする?」
「はぁ? 無謀な世間知らずに現実を伝えて悦に浸っているだけだ」
「そっか、じゃあ最低な人だ――でも、残念だったね。私は諦めない」
「……どうしてそこまで固執する?」
さっぱりわからない。
ルーシャは1年生だ。学園に思い入れが出来るほどの時間は過ごしていない。わざわざ学園中を敵に回してまでクラン制度を変えようとする理由がないだろう。
彼女は考え込むようにゆっくりと目を閉じた。
理由を探しているのか。それとも、理由を言葉にする術を探しているのか。
高台は風が強い。空では綿毛のような小さな無数の雲が春風に誘われて西から東へと流されてゆく。
雲の切れ間から差し込んだ陽光が辺りを照らした。
目の端で何かがキラリと蒼く光る。それは、ルーシャの胸元に置かれた蒼く輝く宝石のペンダントだ。
彼女は片手でそれにそっと手をあてて、口を開いた。
「今、わたしの前には理不尽がある。この場所を変えることが私にとっての一歩になるって信じてるから」
覚悟に満ちた表情。
そこで初めて気づくことができた。ルーシャにとって、クラン制度の変革は彼女の思う理想の一部でしかないのだと。
俺が自分の筋を守りたいように。
彼女にも譲れない『何か』があるのだ。そのために彼女は進もうとしている――そうであるならば、俺に彼女を止めることは出来ない。
「……キツイ道だぞ」
「分かってる。だからこそだよ。だってわたし――」
彼女はそこで言葉を区切り、力強い口調で続けた。
「――立ち止まって生きるよりも、歩いた先で死にたいの」
その言葉に俺は、かえって儚さを感じた。
懐かしく、苦しい感覚。
俺の意識が、2年前のあの場所へと引きずり込まれる。
俺を励まそうと必死に言葉を紡いでくれて、そして、そのまま旅立ってしまったあいつの姿。
今の彼女は、あいつそっくりだ。
――あんな思いはもう、したくない。
「カッコつけた所で死んだらそこで終わりだ。どこで死のうとも、その事実は変わらない」
「終わるのは自分だけ、でしょ? まわりの人の道はその先も続く」
彼女の言いたいことはわかる。だが、それは託される側の理屈だ。託される側のことを何も考えていない。
自分勝手だ。
ただ、今はその言葉を飲み込む。それは、ルーシャに伝えるべき言葉ではない。
もはや誰に伝える必要もなくなった恨み言に過ぎないのだから。
「……平行線だな」
「そうだね――お手伝いは期待できないと思ったほうが良いのかな」
元々、俺が彼女の話を聞くことにしたのは協力するかどうかを決めるためではなかった。話をした上で、彼女が自分を曲げるかどうかを測るために俺はこの場所にいる。
「楽しい学園生活を送るって目標に変えるなら、今すぐにでも」
「あはは、君にとっては苦手分野な依頼じゃない?」
「お前がそう思ったならそうなんだろうな」
言葉は尽くした。もう知っているだけじゃない、理解した。
ルーシャは並々ならぬ覚悟で望んでいる。きっと、進む道を変えることはない。
だとすれば、もはや俺がここに居る意味は無いだろう。
「――そろそろ行く。程々にしておけよ」
「ありがとう。少しだけ気持ちの整理が出来た気がする――そうだ、最後に一つだけ教えて?」
「ん?」
「君はこの場所を変えようと思ったこと、なかったの?」
「……さあな」
でも、何故だろうか。
自分の中の『何か』が、もう少しだけこの場所に居たいと言っている。そんな気がした。




