7話 (窓際)教師と(孤立)生徒の秘密のお茶会
ミラ先生から差し出されたものは、緑色の液体だった。
「……見たことない色のお茶ですね、変えてもらっていいですか」
「緑茶という東洋の茶だそうだ、旨いぞ?」
先生の回答に淀みはない。どうやら、実験で出来た何かの毒味というわけではないようだ。
「へぇ……あ、旨い。そういやお茶菓子はまだです?」
「図々しいな君。まぁそう急くこともあるまい……時にアイン少年、最近の景気はどうかね」
「……任務の基本報酬引き下げの件、先生が知らないわけないでしょう」
学園任務は、達成時に必ず受け取ることが出来る基本報酬が設定されている。今年の4月から、低難易度の任務のみ基本報酬の引き下げが行われたのだ。
「やはり影響は大きいか」
「当たり前です。いきなり10%減は暴挙ですよ。どうにかならないんですか?」
「ならんなぁ。学園の収入の柱である依頼の仲介手数料。それらの大半はBグレード以上の学生が受け持つ高難易度任務によるもので占められている。当然、学園としては彼らを多く抱える上位クラン勢の意見を重く受け止める必要がある。今回の基本報酬の比率見直しも一部の上位クランの意見を契機として学園幹部らが決めたものだ。そう簡単にひっくり返ることはあるまいよ」
理屈はわかる。だが、高難易度任務の受注を上位クランの中で回している今の状況でそれを行うのは、一方的な搾取と同じだ。
「……自分たちが利益を得られればそれでいいと」
「ふむ。確か君の持論は『世界を変えるくらいなら自分が変わったほうがずっと楽』、ではなかったかね? 君の実力は少なく見積もってもBグレードの基準には優に達しているだろう」
「何が言いたいんですか?」
「君が異例ともいえる速度でCグレードに達してから、もう半年になる。そろそろ上を目指すべきじゃないかね」
つまり、俺がBグレードになり高難易度任務を受ければいいじゃないか。そういうことか。
んなことは言われるまでもない。出来ることならとっくにそうしている。
ただ、俺にはそう出来ない理由がある。
「所属クラン制限、忘れたんですか?」
「『Bグレード以上の昇格試験は、上位クランに所属した経験がなければ受験できない』、か。繋がりのある者同士で学園の中で地位を築き、卒業後もつながりの中で利益を独占できる、と。クク、全くお偉方は上手いことを考えるものだなぁ」
「……それこそ先生ならお仲間に加われるんじゃないですか」
「見ての通り、お偉方からは受けが悪い性質でね。そもそも雲の上で政治ごっこに興じるより、こうして君のような問題児と話している方が私としては性に合う」
ミラ先生は柔らかな表情で笑う。
類まれな才能と技術を持っている先生には、日々、様々な分野の有力者から面会希望が絶えないという。
しかし、この人はそういうのをすべて断り学園に引きこもって、自分の興味の赴くままに研究やら俺のような浮いた生徒の相手をして過ごしている。
変人ではあるが、俺はこの人のそういう生き方は好ましいと思う。
「……結局、何が言いたいんです?」
「ふむ、結論に行くとしよう。私は他の教師連中には散々な言われようだが、生徒たちには顔が利かないこともない。どうだね、これを機にどこかのクランへ所属してみないか。私が推薦してやろう」
「……今更の話です。冗談でしょう?」
「君のことはよく知っているつもりだ。私が冗談でこのようなことを言うと思うのか?」
「……」
先生の表情にからかうような色はない。幼気な外見とは不釣り合いな、深い知性を湛えた瞳が真っ直ぐにこちらを射抜く。
先生の誘いは合理的だ。誘いに乗れば俺はBグレードに昇格することが出来るだろうし、所属するクランの力にも少しはなれると思う。
ウィンウィンな関係を築くのは決して不可能ではない。俺がハグレモノとして学園で浮いていることを含めたとしても、だ。
それを分かっているから、先生はこの話を持ちかけてきている。
逡巡する俺に対し、先生は諭すように続ける。
「……確かに君は、2年前の事件の当事者の一人だ。ネクロマンサーというあまり世間受けが良くないクラスの持ち主であり、愛想や協調性と言ったものは全く持ち合わせていない。孤独になるには十分な材料を備えていると言える」
したり顔で先生は言う。
ひどい言われようだが、まあ概ね事実だろう。自分でもそう思う。
「――だがな、世の中にはたくさんの人がいるんだ。君は2年間、十分に努力をし実績を作った。そんな今の君を必要とする人はかならず居る。そろそろ、門戸を広げてもいい頃合いではないかね」
俺の今までを否定するでもなく、ただそっと背中を押すような優しい誘い。
理性も感情も、頷くには十分なものだ。それでも――
「受け入れてもらえるかどうかじゃない……俺がこの2年、貫いてきたやり方です。それを今更変えるつもりはありません」
――<ハグレモノ>なりの意地がある。
陰口を叩かれようが、条件の悪い任務ばかりを振られようが、俺は一人を貫いてきた。
今更はいそうですかと二つ返事で誰かと組むなんていうのは、俺の中の筋が通らない。
俺の言葉に、先生は諦めたように息を吐く。
空気が緩む。
「……若いな、君は」
「まぁ先生より――」
「あん?」
「――みちして帰りたいきぶんだなぁー今日は!」
「知らん。マイナス1点だ少年」
「チッ」
クク、と笑って先生は居住まいを正した。
「……さてと、君の考えも聞けたところで本題といこうじゃないか」
「え、今のが本題じゃないんですか?」
「今のは前座だ。言っただろう? 良い茶菓子を手に入れたと」
そして先生は単刀直入に切り出した。
それは、俺を大いに驚かせるものであった。




