12話 時にはこんな息抜きも
オルデン魔法学園都市<Ⅶ番街区>。
この都市の地区はⅠからⅩ番までの地区に分かれている。
多少の程度の差はあるが、基本的にⅠ番街には裕福な層が住みⅩ番街には貧困層が住んでいる。
大通りから一本裏に入った路地にその店はあった。
ギムレット。
昼は安くて旨いことで知られる定食屋。夜はこの地区にはおよそ似つかわしくない洒落たバーへと化ける二面性を持った場所だ。
店構えは良い。味も良い。
問題は店主だ。癖が強くぶっちゃけ苦手なのだが、店の雰囲気と味に惹かれ。
そして別の用事もあることから俺はこの店を懇意にしていた。
ただ、夜に来るのは初めてだ。
「いらっしゃーい、ってアインちゃん! 珍しいわね夜にうちへ来るなんて」
「うっす」
店主のマルガ(中年男性)。
怖めの素顔をドギツイ化粧で覆っている。口調は女性らしさ全開で、濃ゆいことこの上ないお姐さまだ。
昼は混んでいるのだが、夜は場所柄もあるのか訪れる人はそう多くないらしい。
この日も、俺の他には客が数人離れた席に座っているだけだ。
これなら、ゆっくり飲めそうだな。
マルガの後ろに並ぶ数々の酒を品定めしていると、目の前の机にグラスが置かれた。中には紫色の液体が注がれている。
「ワインはまだ頼んでないが」
「ぶどうジュースよ」
「……それも頼んでないが」
「いい、アインちゃん? お酒は忘れるために飲むものじゃないの。楽しめる気分の時に飲みなさい。若い人なんかは特に、ね」
『おいおい、耳が痛いこと言ってくれるなよ!』『うっせえⅠ品おごりにしてやるから黙ってろクソガキども!』『すんません姐さん……』
「……ね?」
「いや『ね?』って言われても……分かったよ、今日はそれにしとく」
記憶を失うほど飲むつもりはなかったが、何かに悩んでることは看破されてしまったようだ。バーのマスターをやっているだけのことはある。
「ふふ、素直ないい子ちゃんは大好きよ。代わりに、あたしがアインちゃんのお悩み、つきっきりで聞いてあ・げ・る」
「クーリングオフで」
「残念、受け付けてないわ」
「……昨日食べた魚の骨が奥歯に詰まって取れないんだ」
「歯を磨け」
「う、うっす」
突然のドスの利いた声。やべえ、姐さんの貫禄すげえ。
「……全く、不器用ねえ。もうちょっと誤魔化し方、他にないのかしら?」
これは、言うまでは解放されなさそうだ。
仕方ない、素直に喋ろう。
「最近、2つ誘いをもらった。どちらも俺が昔やりたいと思っていたことに繋がるものだ」
「ふうん? 良かったじゃない。アインちゃんがやりたかったことって?」
「それは今はいい。なんにも分かってなかった頃の夢だ」
マルガはで? と促すように頷いた。
「片方の誘いは断った。あまりに無謀で乗るメリットが皆無だからだ。ただでさえ悪い学園での立場が更に悪くなる。もう片方は保留にしている。受ければグレードも上がって、将来が約束されたも同然な誘いだ」
「それはまた、極端に差のある誘いねえ。でも、あなたはどうするか悩んでいる、と」
返答の代わりに、ぶどうジュースを口に含む。芳醇な味わいが口いっぱいに広がる。店で出すものは全て、妥協なく選んでいるのがわかる。
「それなら答えは決まっているわね」
「……え?」
「それだけ好条件のお誘いで答えを迷っているんだもの、貴方の腹のうちはもうとっくに決まってる。ただ、認めないように目を背けているだけ。違う?」
「……それが分からないから飲みに来たんだ」
「うふふ、じゃあ今日のお代はツケにしてあげる。次にアインちゃんがうちに来たとき、ワタシの予想が当たってたらその分はタダで良いわ」
「普通、外れてたらじゃないのか? そういうのは。予想に自信があるんだろ?」
「アインちゃんがここに来てくれたのが嬉しいから、これで良いの」
「……そりゃどうも。じゃあ注文だ! ぶどうジュースもう一杯と夕食に特製カレーの大盛りと付け合せのチキンを頼む」
「あんた容赦ないわね。分かったわよ、少し待ってなさい」
マルガはふふっと笑って準備を始めた。
この人と出会ってからまだ2年しか経っていないが、キツイときには度々こうして助けてもらっていたように思う。
これからは時々、夜にも来るとするかね。今度は楽しく酒が飲める気分の時に。