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10話 美少女と英雄

 あれから数日が経った。

 俺の日常は何も変わっていない。

 ミラ先生には結果だけを伝えた。「そうか」と一言だけが返ってきてそれ以上は深く聞いてこなかった。

 

 ルーシャはやはり一人で活動している。

 廊下の窓から見下ろすと、外ではいつものようにルーシャが演説している。

 奇特な存在は最初は忌避という形で注目を浴びていたが、今では見慣れた光景となりつつあり、生徒たちのは無関心へと変わってきていた。

 

 ふと、明るい喧騒が聞こえた。

 そちらの方向に目をやれば、ルーシャのいる辺りとは反対にすごい人だかりが出来ている。


 生徒たちが向ける視線に含まれる感情は、称賛や羨望だ。

 それを一心に浴びているのは、一人の青年。


 陽光を浴びて鮮やかな金色の髪が光り輝く。

 群衆に柔和な笑みを浮かべて手を振り返す様は、神の子供が救いの手を差し伸べているかのようだ。もし教会の絵描きが見たなら、すぐさま宗教画を描き起こすだろう。

 

 彼は学園で最も有名な生徒といっても過言ではない。

 学園に3つしかない最上位クラン。そのうちの1角をなす精鋭ぞろいのエリートクラン【ハルモニア】。

 彼は3年生でありながらそのサブマスターを務める男だ。


 名前は、アルウェン。

 そういえば、難易度S グレードの学園任務に出てるなんて噂が流れていたっけ。

 無傷での帰還とは、流石は学園始まって以来の天才と言われるだけのことはある。

 

 その傍らには、これまた美形の少女が控えている。

 他の生徒たちよりアルウェンの近くに居る辺り、ただの野次馬というわけじゃないだろう。制服は1年生ものだ。となると、【ハルモニア】の新人と見るのが妥当か。


 彼女がアルウェンに向ける視線は、他の生徒たちと同じ――羨望だ。

 あんな美少女をたぶらかすとは……うん、憎らしいな。鞄に石詰めといてやりたい。


 ……それにしても、アルウェンはあれだけの視線を浴びながら全く動じていない。注目を浴びるのが当然とも言った雰囲気だ。

もはや名実ともに今の学園の中心といっても過言ではないだろう。

 

 それに比べて。


 再び視線をルーシャに戻す。気の毒なくらいに閑散としたその周辺は、さっきまでの光景を見てしまうと、なんというかこう、物悲しい。


「はぁ……言わんこっちゃない」


 誰に向けるでもなくこぼれた言葉。


「君が人の心配とは珍しいね」


 それに、至近距離から返答があった。


「……!? お前は」


 その声の主は、先程まで生徒たちの輪の中にいた男だ。


「っ!? ――アルウェン!? お、お前、どうやっていつなんでこっちに来た」

「はは、驚いてくれたようで何より。全速力で走って、たった今、懐かしい視線を感じたから来てみたんだ」

「いくらお前でも一瞬見られたくらいで気配に気づくとは思えないが?」

「バレたか。ネタバラシをすると、プリシラが気づいてくれたんだ」


 アルウェンの目線の先には、先程の美少女1年生が控えている。話題に挙げられたことに気づくと、「どうもー」と言って前に出てきた。


「珍しい感じの視線だったので報告してみました♪ 【ハルモニア】に新しく入ったプリシラです☆」


 ハートやら星やらが飛び交ってそうな気安い口調でプリシラがそう言うと、ぐいっと物理的にも距離を一気に詰めてきて、こちらを見上げてきた。

 名乗れ、ということらしい。


「……アインだ」

「アイン先輩☆ よろしくです♪ 早速ですけど、アイン先輩とアルウェン先輩はどういう関係なんです?」

「いきなりだな」

「後輩として、失礼があってはいけませんから! 交友関係の把握は基本です♪」

「……」


 催促するように、控えめな笑顔を浮かべて俺を見てくる。

 どういう関係と言われると、なんて言えばいいのか難しいな。

 俺が言い淀んでいると、


「あ、もしかして言いにくい感じのやつでした……? ごめんなさい、わたし、空気読めてなかったですね……」


 すっと視線をさげ、反省顔だ。


「いや、そんなに気にすることはなくてだな」

「本当、ですか? 気を遣ってくれたりしてないです?」


 上目遣いでわずかに瞳を潤ませた小動物のような表情。コロコロと表情を変え、そのどれもが出来すぎなくらいに可愛らしい。

 ん、出来すぎ? ……なるほど、そういうことか。


「ああ。だから、もう少し楽にしてくれていい。肩肘張るのは苦手だ」

「ん? ……あ~、先輩はそういうタイプですか!」

「俺は今、何にカテゴライズされたんだ……?」

「あれですよね、女性全般が苦手系な人」

「違うわ! なんつうか、お前みたいな作りながら話してるやつが苦手なんだよ!」

「あはは、そういうことですかー! でも良かったです――」


 そこで言葉を切って、プリシラは猫のようにしなやかな動きでそっと俺の近くに身を寄せる。

 そして、とっておきの表情で囁いた。


「――可愛い系は嫌いじゃないんですよね?」


 あえて計算づくだということを全面に出した完璧な可愛さに、顔の温度が上がっていく気がする。ダメだ、初対面の後輩に俺はなにペースを握られてるんだ。こういう時は野郎と話すに限る。


 近くでニコニコと俺たちの会話を見守っている金髪野郎に水を向けることにしよう。


「なんか、すげー後輩連れてきたな」

「え~、いきなり褒められちゃってます?」

「お前に言ってない。まあ、あざといを褒め言葉と受け取れるならそうなんだろうな」

「むぅ、先輩いじわるですね。あざとかわいいって言ってください♡」

「それで良いのか……」


 流れるように発動されるぷくーっと頬をふくらませる仕草。

 ったく、一周回ってちょっと可愛いんだけど。免疫無いんでそういうの困ります。

 表情には出すまいと努めていたが、かえって表情がこわばってしまったようで。


「あ、照れてます? いまちょっとかわいいって思いました?」

「うぜえ……」

「はは、仲良くなってくれたみたいで良かったよ」


 ようやく会話に入ってきてくれたか。


「はい、仲良しさんです♪」

「勝手に既成事実化するな」

「さてと、どういう関係という質問だったよね? アインと僕はそうだな……いわゆる幼馴染だよ」


 俺からすれば、幼馴染なんて綺麗な言葉で片付く関係じゃない。もっとドロドロとしたなにかだ。言い表すなら、


「腐れ縁、な」

「はは、腐れ縁だそうだよ」

「ふうん、そうなんですね。そういう関係の人がいるってうらやましいです」


 プリシラはそう言って、和やかに会話を終えようとする。ただ、空気に敏感そうなこいつがそれだけで満足しているとは思えない。せっかくだから、もう少し掘り下げてみるか。


「プリシラ、名乗る前から俺のことは知ってたんだろう」

「んー、そう思います?」

「別に構わないが、素直に言ってくれても。学園の嫌われ者とこいつが知り合いだったことに驚いた、ってな」

「あはは、先輩すごいですね♪」

「ん?」

「ここまで真っ直ぐに悪意をぶつけてくる人は久しぶりです!」


 プリシラがすっと距離をつめる。


「わたしたち、本当に仲良くなれるんじゃないですか?」


 ふわりと香る甘い匂い。今までのきゃるるんとした雰囲気から離れた冷たくどこか蠱惑的な声色と得物を狙うような表情。

 ドキリと心臓が動いた気がしたが、努めて平静に返す。


「……御免被る」


 するとプリシラの冷えた温度がまた上昇して行き、


「ざーんねんです♪」


 きゃるるんとした笑顔に戻った。

 もうね、温度差で風邪ひきそうだよこっちは。


「では、アルウェン先輩、わたしは先に戻ってマスターへ報告しておきますね」

「僕も一緒に行くよ」

「いえいえ、それには及びません。アイン先輩に用事、あるんですよね?」

「……君にはかなわないな」

「健気に気をつかえちゃう系の後輩ですから☆ではでは、アイン先輩もまた♪」


 完璧な角度の裏ピースとウインクを残し、プリシラは颯爽と去っていった。


「……俺、あいつ苦手だわ」

「そうかい? いい子じゃないか」

「それはどこからどこまでを指しての感想なんだ」

「はは……実は僕もまだつかみかねているんだ」


 そうでしょうよ。コッテリしてるもの、あの子。


 アルウェンは窓枠に腕を置いた。隣には一人分のスペースが余っている。

 お前はそういうポーズが様になるかもしれないが、俺がやると自殺しそうな人にしか見えないんだがな。


「来ないのかい?」

「……行くよ」


 仕方なく、俺はアルウェンの隣に並んだ。

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