1話 ネクロマンサーに対する評価~学園職員の場合 / 貧乏村に住む依頼人の場合~
ユーディニア王国“学園特区”――オルデン魔法学園。
<影無の塔>の一室に、学園の職員である一組の男女がいた。
「おい、今年の新入生たちの結果はどうだった?」
男は足を机の上に載せ、新聞を読みながら女に問う。
女は男の尊大な態度は意に介さず、淡々と返す。
「結果、といいますと?」
「<クラス授与式>の結果だ」
<クラス授与式>は、オルデン魔法学園の高等部に入学した生徒たちが最初に行う儀式であった。
儀式では、学園に残された<失われた遺産>を用いて学生たちに<クラス>が与えられる。
自身の才能に応じて決まる<クラス>。<クラス>に応じた経験を重ねていくことで、特別な能力である<スキル>を得る事が出来る。
つまり、授与式でどのクラスを得たかにより、生徒たちは自身の進むべき分野が見えてくるのだ。
「それでしたら、報告書を机上に置いておきましたが」
「結果が出たらすぐに俺に伝えるよう言ったはずだが?」
「ですから、部長の机上に置いておきましたが」
「……そりゃどうも」
冷たい女の空気に、男は大人しく引き下がった。
「ああそうだ、コーヒー貰えるか」
「今日はセルフサービスです」
「まあ、そういう日もあるよな……もしかして、この間、休みの日に仕事で呼び出したの怒ってる?」
「怒ってません。死ねばいいのにとは思いましたが」
「……コーヒー、自分で入れてきます。あと、明日はお休みでいいよ?」
「許します」
なんとか部下の許しを得たことに満足し、部長と呼ばれた男は報告書の中身を読み始める。
「さてと、授与式の結果はどうかな……ん? <神話級>が3人に<伝説級>も多い……今年はちょっと異常だな。こんな年は久しぶりじゃねえか……?」
男が感嘆の声を上げる。
<クラス>にはレアリティが存在する。レアなクラスであればあるほど、得られるスキルも特別なものになりやすくなる。レア度が高い順に、神話級・伝説級・遺物級・希少級・白石級となる。
最も貴重な神話級は、新入生の中に数年に一人いるかどうかであることを踏まえれば、この人数は異常事態だ。
「確かに異常値ですが、2年前もそうでした。お忘れですか?」
「……あの曲者揃いの世代か。豊作だと俺の仕事が増えるんだよなぁ」
彼らはいわゆる学園の治安維持を担う職員であった。
男の仕事は多岐にわたるが、その一つは学園に害をなす存在の監視であった。
「ったく、どうして神話級や伝説級のクラス所持者はろくなやつがいないんだか……」
男のボヤキに初めて、女は初めてクスッと小さく笑った。
「ほぼ確実に学園の要注意リストに組み込まれますからね。困った人たちです」
「いや、おまえも伝説級の所持者だからね――まぁ、2年前のあいつに比べりゃ俺もお前もマシなほうか」
「あいつ……要注意リストの最上位にいる、クラス【ネクロマンサー】の所持者でしょうか」
2年前。
その少年はオルデン魔法学園中等部で起きたとある事件の被害者の一人であった。
それと同時に、一節には事件を起こした張本人の一人とも言われている。
調査により一旦は白となったが、今でもその疑念が完全に消えたわけではない。
「ああ。例の事件以来、学園では随分な扱われ方らしいな?」
「ええ。事件の噂が広がり生徒たちは皆、彼を敬遠しているそうです。結果、学園で唯一の<クラン>に所属させてもらえなかった生徒――<ハグレモノ>などと呼ばれて生活を送っているようです」
「ハグレモノねぇ。多感な時期をそんなふうに過ごす気分はどうなんだろうな」
「憎まれ役というのは、どのような場所でも必要とされるのでしょう――我々のように」
「本人はたまったもんじゃないがな。まっ、俺としては奴がこのまま大人しく学園から卒業してくれりゃどうでも良いんだが」
自嘲するようにふっと笑い、男は窓の外に視線を移した。
「……部長」
「あ?」
「言霊って知っていますか」
「あー……余計なこと、言ったかねえ」
開け放たれた窓から、一陣の風が吹き込んだ。
■
オルデン魔法学園都市郊外、カタン村。
学園都市の活気とはかけ離れ、傍目から見ても貧しさが伝わってくる寂れた村で俺――アイン・フリューゲルはやたらと礼を言われていた。
「この度は本当にありがとうございました」
今しがた俺が解決した依頼の発注者である少女が、再び深く頭を下げる。
何度も手縫いで直した跡の残る衣服。彼女の唯一のお洒落であろうネックレスがシャランと音を立てた。
「仕事だからやった、礼はいらん。報酬はもらうがな」
「その、報酬の件なのですが……」
「ん? まさか払えないと言うんじゃ――」
「いえ、その……今回の依頼料、学園の相場よりずいぶんお安いですよね。だからこれまで誰も受けてくれなくて……」
別に相手の状況を見て依頼を受けたわけじゃない。今回は偶然利害が一致した結果だ。とは言え、これ以上の減額に応じるつもりは毛頭ない。
「だったら?」
「ここまで丁寧に仕事をしてもらってこの金額ではやはり良くないと思います。お金は出せませんが、これを売っていただければ少しは足しに――」
そういうと、少女はネックレスを外しこちらに差し出す。
願ってもない申し出だ。差し出した奴が普通の相手だったら二つ返事で飛びついているところだが……善人の貧乏人ほど、見るに堪えないものはない。
「……この村にそんな余裕があるようには見えないな。寄付が趣味というわけじゃないのなら、無駄遣いはやめるといい。でなければいつまでもその生活から――」
「――あ、お兄ちゃん今日はありがとうっ!!」
「ぐふっ……みぞおち、みぞおち……」
今日知り合ったばかりなのになぜか懐かれた依頼人の妹から、全速力のタックルを食らった。このガキ、いいモノ持ってんじゃねえか……。
「ふふ、わかりました。ありがとうございます」
「……いい笑顔をする前に妹をちゃんと躾けろ」
「ごめんなさい」「えへへ」
無邪気に笑う二人を見て、学園生活で荒んだ気分が少しだけ和らいだ気がする。
普段は相手の隙を見つけて追加の依頼料をふっかけたりしているのだが……たまにはこういうのもいいかもな。
「じゃあな。また仕事の依頼があるなら例の酒場を通してくれ。依頼料次第では受けてやる」
「はい、きっと」
二人に別れを告げ、学園へと続く道を進む。
ろくに舗装されていない村道。
学園に用がある者は大半が魔導鉄道を利用するから、整備に金をかけてもらえないのだ。
もっと言えば――。
見上げると、ちょうど凄い勢いで空中を列車が走り抜けていった。上位クランの皆さんは魔導列車より速い空中列車を使うからな。俺のような下々の民には無縁な乗り物だが。
「格差社会だねえ……なんて言っても始まらんか。キリキリ帰ろう」
俺のつぶやきが空中列車に届くことは、もちろん無かった。
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