第1話 コーヒーに砂糖15杯
暗い夜空に星々が浮かぶ。2つの月が地上を照らす。覆い茂った葉に遮られ、地に光は届かない。森の中を歩いていたミスティ・バレンティアは明かり無き道を行く。横には雪城静弥が共に並び、片手に持つ刀が血で濡れている。
空には魔術結界陣と呼ばれる人の知恵が張り巡らされ、魔力の安定が図られている。美しい模様を描き、国ごとによって展開されている術式が違うため旅行先の目当てとしても一目を置かれていた。
「治安の悪化ですが、ラスグランド大陸が最も進んでいるとのことでした。一方で、バースグランド大陸、フィスグランド大陸に争いなどはありません。デルグランド大陸は未調査です」
刀を振り、血を地面に落とした後、空中で消し去った静弥がミスティへと視線をあげる。先に見えてきた建物は彼らの拠点だ。突如として現れるかのように広がった緑色の空き地。低い木々が生え、中央に森中では似つかない建物が置かれている。看板には『薬屋』の文字が掲げられていた。
「ラスグランド大陸南部、トゥリアルデ国側は紛争地帯が多く存在しています。更に、水質汚染が進んでいるようです。これが今回の調査結界でした」
店舗側の入口ではなく左側へと歩くと裏玄関をミスティが魔術で解錠を施す。その後を静弥は続いて扉を閉め、内鍵を施錠する。靴を脱ぎ、コートをかけた。彼らが脱いだものの他に、小さな靴が1つ、大人のブーツが1つ。
「魔獣と人が争ったらしい。理由は水源だ。水属性の水晶を支配していた妖精族と精霊族を騙し、人族と魔族が根こそぎ奪った事から水質汚染が発生している」
「……だから、妖精族と精霊族の客が最近多くいらっしゃったんですね」
研究室の扉を開け、水質汚染と来客の変化について原因がわかったことを伝え、ミスティはソファーに座る。彼の前には本を読むため、机に乗っていた黒猫が1匹。大きく体をそらし、上に伸ばす。
「ミスティ。おかえり。静弥は?」
「飲み物を準備してくれるそうだ」
本を読み続けて疲れたのだろう。心の糸が緩んだかのように、小さくふわりと黒猫は声を漏らした。彼の後ろ。ソファーに体の力を完全に抜き、寝転がっていた金髪の男性が顔から本をどかす。彼の名はメスタリー・シーベルト。ミスティが帰ってくることを心待ちにしていたかのように手を振った。
「原因はなんだったんだい?」
「人が魔獣から水属性の水晶を強奪した結果、水質汚染が発生し、ここに水質を改善させるための薬を求めに妖精族、精霊族が引っ切り無しに訪れたと思われる。魔力不足で彼らにもどうしようも無くなったといったところだな」
「……、今後の取引はやめておこう。無駄だからねぇ」
呆れたように大きくため息をついた。身体を起こし、机の上にあったコーヒーに口づける。冷めきってしまった味が、喉を潤す。そうして体勢を崩し、くしゃりと金髪とオレンジ色の間、蜂蜜のような色合いを持った髪を彼はかきあげ、そういうことかと深く呼吸をした。
「同意見だ」
空中にいくつかの魔術陣を展開させ、世界各地の様子を映し出したミスティは顎に手をあてる。精霊族と妖精族は互いに共存しあっていたが、人族と魔族が二種の族へと手を出し始めている動きが見られていた。特にゲルレント立聖国と呼ばれる人族の国家では精霊族が次々と姿を消していることが近年、耳に入ってきている。
映像を消し去り、椅子に座ると今回の調査記録をミスティが羽ペンで紙へと記していく。窓側に置かれた机は二つ。メスタリーと横並びに座った彼は記されていく内容を目にし、首を傾けた。
机上に開かれた本が数冊。古びることなく、新品さを保つ用紙に様々な人種の名前が記載されている。横に置かれた本には腐敗してしまった森の様子が細かく描かれていた。立ち入ればたちまち眠気に襲われ、動くことができないとされる静寂に包まれた都市。水に沈んだ国。龍が空を飛び交う大地。人の項目をめくると翼がある者、獣のような耳を持つ者の特徴が書かれ、説明文を躍らせた。
「ため息ついてるなんて珍しいね」
「ああ、猫ちゃん。実はここ1か月、ずっと妖精と精霊が私たちの店に来てただろう。その原因がわかったから、細工をしなきゃいけないのさぁ」
「……細工?」
「そう。ここに来ることができないよう、ちょっとした細工だよぉ。需要があった薬の調合依頼全てが終わったと思ったら、売るとまずいことになるなんて」
小さな頭を何度もなでている手には砂糖がこびりついている。しかし、なでるのを止めなかった。頭部についた白い粒子に気が付くわけもなく、なでられている猫は体を起き上がらせると尻尾をピンと立て、赤い瞳を細めた。
店の責任者はミスティだ。彼は書類を確認し、無言で現状についてを調べている。主にミスティを中心とし、次にメスタリー、静弥、イヴァンと行動が起こされる。
「静弥が飲み物くれるって。メスタリーのコーヒー冷めちゃってる」
「へぇ……。なら、猫ちゃんに残りをあげるよぉ」
黒い足元付近までコーヒーカップをさげ、中身を見せるようにしたメスタリーは薄ら笑いを浮かべる。
そっと、彼は何度も見たことがあるコップをのぞき込む。そこにはコーヒーが普通に入っていたが、手を軽く入れ、肉球についた液体をなめ、眉間を寄せるかのように猫面をしかめた。
「砂糖をたっぷり入れたから。たくさん飲みなさいなぁ。冷えてるけどねぇ」
「飲めない」
「今度、猫ちゃん用の砂糖を用意しておくよぉ。イヴァン、って瓶に書いて毒でも盛っておこうか」
「危険な砂糖があるって静弥に言っとく」
この人の脳内は砂糖で出来ている。そう思いながら、黒猫はきっぱりと諦め、メスタリーが座っていた机から飛んで降り、ソファーへと移動していたミスティの膝に飛び乗る。本を取りに立ち上がろうとしていた彼は動けなくなった事から、視線を背後に動かした。自分の研究机から本を浮かせ、手元に引き寄せる。
「イヴァン。この本は人と魔獣、魔物、動物の違いについて記されている本だ。オレたち人間ではないものは載っていないけれどもね」
「文字が難しい。読んでくれる?」
「ああ」
調理室からやってきた静弥がコーヒーと紅茶を持ってやってくる。机に音を立てず並べ、ミスティの横へと座った。そうして束ねていた藍色の髪解けばそこそこの長さがあるようだ。
「体が砂糖だらけです。何をされたんですか?」
「さっきメスタリーが砂糖たっぷりの飲み物飲んでたから、それついたんだと思う。静弥、飲み物ありがとう。ミスティ、元に戻る。やっぱメスタリーに読んでもらう」
「わかった」
机下を通り、イヴァンと呼ばれた黒猫は再びメスタリーの横の椅子、ミスティの机に座った。そうして、人の姿に転じる。彼は眠たげな瞳を何度か開閉させ、開かれた本を覗き込み、牛乳たっぷりの甘い紅茶を手にする。合計2つの横長机が窓側に設置され、ソファーが2つ低い机を囲うように壁側に置かれていた。反対側にもソファーと机があるようだが、客用らしい。
小さな窓から入り込んでいる日の光がフローリング床に反射し、窓側の机に置かれているさまざまな青、赤、黄色のビーカーに浮かぶ液体を輝かせていく。並べられた2つの机。端に置かれた数々の薬品だったが、もう1つの机には禍々しい気体がフラスコの中に渦巻いている。角砂糖が入った瓶も置いてある事から薄ら笑いを浮かべていたメスタリーの物だろう。ただし一切匂いがしない。換気があるのか、もしくはその類の魔術がかかっている。
空中を取り巻く魔術陣に指をつけて触れれば、形を何度も変化させ色を変え、動きを落ち着かせていく。奥には様々な本が置かれている棚が存在し、天井まで埋め尽くしている様子が見てとれた。
彼らを仕切っている人物、ミスティ・バレンティアは金色の瞳を細め、紅茶に口づける。雪城静弥と呼ばれた少年は着ていた燕尾服に近い戦闘服を脱ぎ、軽い格好へと変える。姿は恐らく15歳か、その程度だ。一切の表情を動かさず、くすんだかのような赤銅色の瞳が憂いを持ったかのように紅茶を見つめる。
「あ。そうだった。ミスティ。さっき、たくさんメッセージ来てたよ」
「見てみよう」
コップを置き、小さな黒い箱を手に取った彼は空中に浮かぶメッセージボックスを見つめる。指で操作し、世界各地から大量に届く依頼を仕分けた。
「最近やたらと依頼が来るようになったな。人間に名を知られすぎたか」
さらりと揺れる深い緑色の髪。メスタリーはコーヒーに砂糖を入れ続けていたが、手を止めた。
「シズちゃん。蜂蜜ある?」
「ありますよ。とってきます」
隣の部屋に歩いていく静弥は、ついでに何かお菓子を持ってこようと考えていた。研究室から出て向かい側の扉。魔術技術が駆使されている調理器具があり、棚には茶葉、コーヒー、調味料などが綺麗に並べられていた。調理室だ。貯蔵庫には冷蔵庫と冷凍庫が存在し、中は整頓が行き届いている。彼が全てこの場所は管理し、食材などもそろえていた。
4つに分けられている下の引き出しにはそれぞれの物が入っている。静弥は魔術を使用することができない。出身国と血筋だ。ミスティが用意した魔術印に触れ、操作をしながらの作業を始める。焼き上げていたクッキーを3つずつ皿に並べ、生クリームを泡立てると上に添える。イチゴを乗せ、完成させた。と、その時だ。
「うわ!」
イヴァンの叫び声と共に、コップが割れ、落ちる音が聞こえてくる。同時にビーカーや試験管が落下した音も混ざった。
部屋を再び開けた先、静弥は眼前を見つめた。彼自身は表情の変化が非常に乏しい。そんな赤銅色の瞳はやはり一切動かずに居る。気配を先に察知していたものの、わざと反応を見せなかったといった表現がただしかった。
「……」
ミスティ、メスタリー、イヴァンと3人がそろっている中、黒いローブに包まれた大人3人、子供2人が彼らに剣を向けている。コーヒーを持ったままのミスティと、メスタリーに引っ付いているイヴァンを見た後、静弥はその場から動かず、そっと口を開けた。
床は様々な物が荒らされた形跡が残され、薬品棚からはいくつか瓶が落ちている。更に書類は風のような突風に煽られ、ソファー下へと転がっていた。メスタリーが大切に育てていた巨大なイチゴが鉢ごと床に落ちている。
「あなた方は何者ですか?」
「解放者だ。お前たちの持っている薬を全て渡せ」
「承諾しかねます」
「ああ? こいつらが殺されてもいいのか?」
「どうしますか、ミスティ。メスタリー」
硬直しているメスタリーとイヴァンは同じ表情だ。一方、ミスティはコーヒーを置くと、転移魔術の軌道補正をかけておいてよかったなどと呟き、顔をあげた。すると、時間が巻き戻ったかのように落下物を含め、イヴァンが落としたコップが手元に戻り、形を成したではないか。
「なんだ、おい、今なにを」
「静弥。すまないがあのイチゴは摘んで冷蔵庫に保管しておいてもらえないだろうか。メスタリーが丹精を込めて作ったものだったんだが、何かの拍子で巨大化してしまってな。そろそろ熟し過ぎて痛む頃だ。魔術で大きくなったわけではなさそうだが……」
「承知しました」
即答されたと同時に青い魔術陣のようなものが空中に浮かび上がる。どこからともなく現れた日本刀を手にした静弥が、鞘から刃を抜いた瞬間だ。目の前に居た黒ローブの者たちが一瞬にして打撃を与えられたかのように膝を折り、同時に腹部が左右に崩れ、大量の血液をゆっくりと流し始めた。その場から動いていない静弥は刀を納める事無く、地面に刃を向けて立っている。
鈍い音がした。次々と倒れた者たちを尻目に、イチゴへと近づいた彼は血まみれの刀を宙に固定させ、手袋を取り出す。両手で大切そうにもいだ後、血液を避けて調理室へと足を運んだ。ミスティは何事も無かったかのようにソファーに座ったまま魔術を次々と発動させ、床に染みた血液をあっという間に消し去っていく。死体はどうしようかとコーヒーを一口飲むと腰をあげた。
「シズちゃん。後は頼むねぇ」
「はい。保管庫に入れておきます。刀はそのままにしておいてください」
彼は早々に出ていき、戻ってくると血をふき取り、再び宙へと消した。部屋の中ではミスティとメスタリーが先ほど侵入してきた者について話をしていた。片手で魔術を発動させ、死体を消し去ったミスティが解放者がここに何の用かと疑問に思っている。
「あいつらは転移魔術でここに飛ぼうとしてたんだねぇ。それで、補正を与えて成功させてあげたと」
「そうだな。途中、何度も干渉されている様子が伝わってきていた。ただ、理由が不明確だ。彼らが何故薬など……」
頬を膨らませたイヴァンだったが、静弥が作ったクッキーに飛びつき、生クリームをつけ、イチゴを乗せる。そうして口に運ぶとまるでタルトのような味わいがあった。
「で、さっきの襲撃者と関係しているのかもしれないけど、パルエン国の管理局が騒いでいるようだよぉ。魔術結界陣が大変なことになってるってさぁ」
「その件で先ほど1通、メッセージが届いていた。他は……、人と魔獣で対処できる内容だ。削除しよう。精霊族と妖精族から依頼が来る水質汚染については今後一切、関与しない」
両手で画面を操作し、文字を打ち込み、送信したミスティは内容を1つ1つ確認しては居た。
「正直、意味の無い仕事をし過ぎるってのもよくないよねぇ。今回はどうするんだい?」
持っていた試験管を軽い動きで振った彼は肩をすくめ、問いかけた。試験管内では青色の液体が、赤色へと変化する。彼らはイヴァン1人でこの場に置く事はいささか不安が残るようで手を止めていた。
「この依頼は受けよう。オレたちが失った記憶になる手がかりにはならないだろうがな」
「はいはい」
頬づえをついているイヴァンと、紅茶に口づける静弥にミスティは店を任せておこう、そう思った矢先、もう一通のメッセージが入る。全員が画面をのぞき込み、2人が微かに眉間を寄せた。
内容はパルエン国に住むティーライト家のフォリアという人物からだ。一時的にこの場所、研究所兼店舗に妹のアイリスをかくまってほしいという内容だった。ティーライト家とは何度か関りがある。
「彼女の瞳が魔術を施した布を介しても暴走している……、と。理由は、潜在能力を制御するために使われている魔力が低下していて、回復が見込めないなどと言った事が書かれている。この案件は、オレたちが手を出すべきではないが、……どうしようか悩むところだ」
「どうして?」
メッセージボックスに入り込んだ内容を彼は簡易的にまとめた。人間が1人ずつ生まれ持っている潜在能力のうち、魔眼制御ができていない人間についての解決方法の模索と、薬による修復。彼女が力を暴走させたが故に兄が被害にあってしまったと。イヴァンはパルエン語を読むことはできない。
「この星、モノグレアが人に与えた潜在能力の1つが魔眼だ。国ごとで人によって作られた魔術結界陣を張り、能力の安定や魔力補充を早めたり、消費量をおさえたりをしている」
人の間では、寿命や病により失われていく魔力に対し、回復力を治癒させる方法が確立されていない。病気を治し、身体から疲労を取り除き、なんとか現状を維持していくことが大抵の方法だろう。
魔術結界陣は国を統治している人々が管理しており、国ごとによって強度が違っていた。性能も違っている。術式も異なり、同じ魔術だろうと魔術陣が違っている事も多々あった。そのため、強い魔術師は一点の国多く集まる傾向もあるようだ。
「オレたちが解決してしまったと知れ渡った場合、どうなると思う」
「治せるような人物が居るってバレる」
「ああ。どんなに口が堅い人間だとしても、周りはそうとも限らない」
納得がいった彼は静弥からもらったジュースに口づける。静弥が飲んでいるものは砂糖が入っていない、紅茶本来の味わいだ。
魔術結界陣と呼ばれた人が作り出した保護結界。それらがバランスを崩れている状態とも言えた。さまざまな歴史の中で、人間と呼ばれた人と魔獣は幾度も無く同じ事を繰り返してきているからこその出来事だ。過去、同じ症例が存在している。
「人間は歴史を繰り返すものだからさぁ。創る者が人間なら、壊す者も人間なのにねぇ」
コーヒーの次にタバコを吸い始めたメスタリーは口の中が恋しいのか、飴も舌で堪能をしている。煙はすぐさま彼の近くに浮かんでいる球体の魔術陣に吸い込まれていった。吹き出された白い吐息に混じるそれは、空中で1秒も残らずに消え去った様子を見せる。
「ミスティが魔術を使ってしまえば、それこそすべての問題がすぐに解決してしまうよ。どうするんだい?」
柔らかい口調で語尾に残る言葉とタバコの煙を吐く彼を見ていた静弥は、次にミスティに視線を動かした。3人はいまだに座っているが、メスタリーだけは少し離れた椅子に座り、足を組んでいる。
「今回は観察しよう。早々に解決してしまっては、つまらないからな」
腕を組み、背もたれにもたれかかったミスティは天井を見上げた。ぽつりとつぶやいた内容にイヴァンは興味を示したらしい。静弥は相変わらず、憂鬱そうなぼんやりとした瞳を浮かべてはいたが、何か知った事例があるようだ。
「フォリアの妹が持つ瞳が暴走した事が魔術結界陣と関係あるとなれば、魔獣が裏に居る可能性もあるな。魔力摩擦も関係があるのではないか。日本メルステラ国が海に沈んだ症例に似ている。アメデーオからの依頼とみて間違い無い」
「言ってる内容が難しい」
「実際に見た方が早いな。覚えなくても大丈夫だぞ」
アメデーオと言われた人物。イヴァンは一度見ただけで思い出せずにいる。頭をなだめるように撫でられ、わかったと頷いた。彼は共通言語をここ最近、流暢に喋ることができるようになった。だが、外については知識がない。
「猫ちゃん。頭を柔らかくさせなさいなぁ。これあげるからさぁ」
そうして、再び出されたティーカップには甘いコーヒーが飲み干され、砂糖が残っているだけだった。酷く顔をゆがめたイヴァンは怒りではなく、相手を軽蔑するかのような表情を浮かべている。やはりこの人は脳内砂糖だ、と彼は改めて認識をした。
メスタリーは微かに笑みを浮かべ、自分の机に行くと、薬品の調合を始める。手のひらに液体を具現化させ、ビーカーに入れ込むと次に大量の錠剤を魔術で生み出し瓶に詰めていき、引き出しからいくつか新物と書かれた袋を取り出すと、中に入っていた葉を口に含んだ。流れるように片手で空中に手をかざし、解析情報を表示させたまま再び緑色の錠剤を生み出す。
ミスティはイヴァンに魔術結界陣についてを説明しようとしたが、既にあまり理解を示していない彼にこれ以上の情報を与える必要は無いと思っていた。しかし、イヴァンから魔術結界陣について問いかけられたため、簡潔に魔力暴走を防ぐための物であり、悪いものではないと説明をした。
「魔術結界陣を壊すには魔性石や結晶鉱石を一定間隔に埋め込み、連携させ、魔術を発動させる事が一番だ。魔性石、魔鋼石、この世にはさまざまな石がある」
「俺の紐のネクタイについてる、これも?」
「それはメスタリーが創り出した精度が高い魔力石だ。質が違う。イヴァンの一部だと考えて良い」
彼の胸に光る宝石のような輝きを持つ物は、傾けると美しさの色を反射した。顎に手をあて、少し首をかしげた彼は続けて言う。
制御できていない魔眼は結界の補助を得ながら黒の布を瞳に被せ、その布を通せば普通に過ごすことができていた。今や、完全に制御ができていないとなれば、布など意味はない。
「今、聞いた事、もう忘れちゃいそう」
「忘れていても構わない。だんだんと覚えていけばいい」
空中に移っていた画面をかき消すように手を動かした彼は立ち上がると、メスタリーの横にあった椅子に座り、頬づえをつきながら違うメッセージボックスを閲覧し始める。再び表示された画面には手紙のマークが書かれており、青色の文字が空中に映し出されていた。