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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヰノセントエリス

作者: 歪瑞叶

「ご挨拶しましょう まずは握手かしら?」

私は目の前の椅子に座った小さな女の子の新しいお人形の手を掴んで微笑んだ。

びくりと肩を揺らす女の子。怖いのかしら?

「大丈夫よ。傷だらけになれば、直してあげるわ」肌色のフェルトで。

 私が独りで暗い部屋の中で過ごすようになって、もう三年になる。

「お母様とお姉さま、そしてメイドたちは忙しいって誰も遊んでくれないの、屋敷の外は危ないから外にも出してくれないのよ。

それでも新しいお人形を持ってきてくれるから、退屈ではないのよ。本当よ。

それに、最近はクシームという私の従者…さっき貴女を運んできた執事が、話し相手になってくれるし、遊んでくれるの

でも、今は貴女がいるからこうしてお喋りをするのもすごく楽しいわ。」

さて、今日はなにをしましょうかしら、三日前はお医者様、十日前はお姫様、そうね、今日は舞踏会かしら

「おままごとしましょう?」

遊びのお相手は可愛らしいお人形。小さな女の子、椅子に座っているから、赤いワンピースから白い足がすらりと覗いている。

流れる黒髪に目隠しのレースを外せば、潤んだような黒くて大きな瞳に私が映る。少し変わった匂いがした。

花のようだけど香水のように甘い香り…

「とてもいい匂いね」今度、メイドに何の匂いか訊いてみましょうかしら。

「そうね、決めたわ、貴女のお名前は薫よ。」

そう言って、薫を抱き上げて、くるくると部屋をコマドリのように、絢爛な舞踏会のように狂い回る。

ああ、私だけの薫。愛しい愛しい私のお人形。

「踊りましょう?」

薫の手をしっかりと掴んで踊る。右の手を薫の腰に当てると身体が強張るのが分かる。緊張しているのかしら。

私はしたことがなかったけれどお姉さまが素敵な殿方と踊っている所を、見た時がある。間違っているかもしれないけれど、

楽しければそれでいいのよ。お姉さまのそれを思い浮かべて、身体を動かす。

アンドゥトロワ アンドゥトロワ 私が男役なのは仕方ないわ。薫より私の方が背が高いのだから。

薫の足を踏まないように、腕を引きリードする。左右へ四回ほど大きく床を滑るように身体を傾け、ステップを踏む。

その場に止まって、靴のかかとを中心にしてくるくるとコマのように体を回す。

楽しいわ。踊るってこんなにも楽しいのね。心が軽くなり視線が眩いシャンデリアに移る。

天井近く浮んだ微塵物に光が射して桃色や紫色のベールに見えた。よく見るとそのベールは踊りのテンポと同じ調子に慄え、

環となって月暈のように私たちを照らしている。

 薫も今までの強張った顔も光のなかで、ぎこちないなりにも微笑みに移ろっていく。

やっぱり、愛らしい子には微笑みが似合うわね。

「そうそう、上手よ。」二回目のターンをさせ、そう声をかけた時に、履きなれないヒールに薫が足を取られてしまった。

私は彼女が倒れないように、少し力を入れて片腕を引っ張ったけど腕がちぎれちゃった。ああどうしましょう。部屋が汚れちゃう

薫は赤い綿散らして紅い絨毯の上で転がっている

「糸で縫い直せばまだ遊べるかしら?」

継接ぎのお人形。私お部屋に並んだ七つのお人形にはみんな傷がある。最近のお人形は可愛くてきれいだけど、脆いのよね

今度は、丈夫なお人形をお母様にお願いしなくちゃ、そんなことを考えていると、私と世界をつなぐ唯一のドアの鍵の開く音がした。

「エリスお嬢様、今日のおやつはタルト・シャンティイ・ショコラでございます。」

「入っていいわよ」

私の声と同時にクシームが私の部屋に現れる。銀のモノクルから覗く紅い目はいつ見ても綺麗だ。

「失礼致します。…また、壊されたのですか?」

おやつと紅茶の乗った銀のトレーをテーブルに置くと嫌味な執事はそう訊いてきた。

その答えを待たずに、私に一礼し灰色の髪を揺らして、素早くけれど優麗に薫のそばに跪くと慣れた手つきで、

ちぎれた腕の断面に布を巻いて、少し上を赤い紐できつく縛る。どうせ、縫うのに何で縛るのかしら?

「違うわ。壊れたのよ。」

「そうでしたね。」

クシームは一瞬、苦笑いするがすぐにいつもの湛えるような微笑みを取り戻し、近くに転がっていた腕をつかみ上げた。

「それでは、私はこの者を治しますので…」

「彼女は薫よ。それと彼女のつけてる香水が何か調べてくれるかしら」

「はい、では失礼します。」

左腕を肩から首にかけてを支え、もう片方の手を膝にかけて支えて薫を抱きかかえると、一礼して鉄の扉へと向かっていく。

「私、悪くないわ」

すぐに壊れちゃう貴女がいけないのよ。クシームの肩から覗く薫の力のない怯える瞳が愛しい。

腕が直ったらまた踊れるといいわね。あんなに楽しいのですもの。

「次のお人形はどんな子かしら。」

私は、私を閉じ込める地下牢の扉を愛しげに見つめた。

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