お題で小説:「猫になる夢」
ドワーフのライムントはとある開拓村のしがない粉挽きだ。
もちろんこの村にも製粉用の水車は存在する。
しかし、水車は領主の建てた公的財産であり、利用するには領主に少なくない金額を払わねばならない。
そのため多くの村人は簡単に製粉ができる水車小屋を羨みながら、石臼で小麦を挽いて粉にしている。
ライムントは街の金属細工師の三男として生まれた。
だが、どうしても手先の細かい仕事が苦手で、親の仕事を手伝うことは難しく、力が強いことを生かして家を出、開拓民として生きることとなった。
開墾の仕事はドワーフのライムントにとってはそれほど辛いものではなかった。
固い地肌をクワで割り、木こりが残した切り株を村の男衆とともに引っこ抜く。
体力があり、力が強く、土に親しみ汚れることを厭わないドワーフのライムントは開拓初期の村で非常に頼られていた。
けれど、開拓村の生活が軌道に乗り、開墾の仕事が減るとライムントの出番は徐々に減っていった。
畑仕事も人並みにこなせたため生活は貧しくとも生きていけたが、開拓村においてはなにかしらの村への貢献が重要視される。
薪や木材を切り出す木こりになるという選択肢もあったが、とっさに機敏に動けない彼には獣が出るかもしれない森に入るのは恐ろしすぎた。
そして、村の中で、力が必要なそれほど技術のいらない仕事としてライムントは粉挽きの代行を始めたのだ。
ただひたすら、粉が熱で変質しないよう、ゆっくりと小麦を石臼で挽いていく。
力が要り、根気もいる作業だが、ライムントとっては天職だった。
今日の仕事を終え、服や体に付いた粉を軽く落としたら、小さな同居人に食事を用意する。
「……ニャー」
まるでふてぶてしく文句を言うように鳴いたのはネコのデリア。
小麦を扱う彼の仕事で最も忌避すべきネズミを捕まえてくれる頼れる相棒だ。
きっと今日の仕事が長引いて食事が遅くなったのに不満があるのだろう。
彼女は自分の気分をまるで隠そうとしないが、そんな自由な振る舞いをライムントは気に入っていた。
その夜、薄い寝具で眠りについたライムントが目をあけると、視界が妙に低い。
陽はまだ昇っていないようなのに、部屋の様子がよく見える。
自分が寝ていた筈のベッドではなく、床に敷かれた端切れの山を見て、仰天する。
黒い毛に覆われた身体、すらりとした四つ足、くねっと曲がった尻尾。
見間違えはしない、自分の身体は黒猫であるデリアになっていた。
はくはくと口を開け閉めしてしまう中、視界の隅で何かが動くのが見えた途端、体が勝手に動いた。
機敏に動けたことのない彼の記憶にないほど身体は俊敏に動き、鞭のようにしなって部屋の隅を走るネズミにとびかかる。
逃げようとするネズミをすぐさま前足で押さえつけると、首に噛みついて骨を折り息の根を止める。
勝手に動いた身体に困惑しながら身を任せると、デリアの身体は捕まえたネズミの死骸を寝ている私のベッドのそばに置いた。
その時の気持ちを何と表現すればいいのか……例えるなら、小さな子供に対する庇護欲のようなものだろうか。
彼はデリアを対等な相棒と思っていたのだが、彼女からは手のかかる子供のように見られていたのか、と複雑な気持ちになった。
自分の身体(いや、本来の身体ではないのだが)が勝手に動く不自然の中でも、デリアの一日はごく普通に始まる。
ライムントが起きてこないと見るや、すぐさま家を出て近所の家に入り込む。
その家に住む老婆に聞いたことのないような高い声で鳴いて食事をもらうと、悠々と村を歩き回った。
時に日向で昼寝をして、時に悪ガキどもに追いかけられ、時に老人たちにねだっておやつをもらう。
そうして悠々自適に過ごした後に家に戻ると、入り込んだネズミを捕まえ、寝床で丸くなった。
再び意識が微睡んで、目をあけるとそこはいつものベッドの上だった。
端切れで作ったデリアの寝床を見ると、彼女はもう起きて前足で顔を洗うように擦っている。
先程までの体験は夢だったのか。
安堵と残念さがないまぜになった気持ちで髭をしごく。
猫の暮らしも悪くはないが、やはり髭はしっかりある方が落ち着くものだ。