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14.星の願い

「あなたは……!」

 姿を見た瞬間あのときの衝撃がよみがえった。

 一方、少女のほうは深刻な顔でアランを睨む。

「今の話聞いちゃったんだけど、ほんとう?」

「そうだけど、君は……セシルのもうひとりの恋人?」

 少女はドアの内鍵を閉めた。慎重に二人の前へ足を運ぶ。

「あなた、たしかにセシルに似てるわ。特にその目が。もう見たくない目をしてる」

「お褒めいただきありがとう」

「それよりも、ジェイナだっけ」

 面と向かって見つめてくる。ジェイナは縛りつけられていながらさらに姿勢を正した。

「な、なんでしょうか? 名も知らぬかた?」

「正直に答えてほしいことがあるの」

 少女は一呼吸おいて話し始めた。

「あるところに裕福な貴族と結婚した女がいた。女は自分と夫のあいだに子どもができないことを、自分のせいだと責めながら暮らしていた。夫はそんな妻をうっとうしがって、他の女との恋にうつつを抜かした。その女にも恋人がいたのに、権力を使って仲を引き裂いて。そうしたら貴族と不倫相手のあいだに子どもが生まれてしまった。妻は貴族と離婚して家を去った。……二番目の妻は貴族とのあいだに跡継ぎを産んだ。その息子は腹違いの兄を差し置いて、早くに婚約者も決まって将来安泰だと思われた。けど、父親がかつてそうしたように他に女を作って不誠実な遊びにふけっていた」

 そしてジェイナへ迫ってくる。

「ねえ、この話の中で誰が一番悪いと思う? 夫の跡継ぎを産めなかった妻? 権力に逆らえなかったひ弱な恋人? 幼馴染の最低な本性に気づけなかった婚約者? 相手が婚約してると知っていながら遊んだ女?」

 椅子の背もたれに両手をかけて、腕の中にジェイナを閉じ込めてくる。目を覗き込むためだ。ジェイナはその榛色の瞳へ非難の視線を送った。

「この話は私たちだけが話し合ったところで解決できる問題ではありません。それに、悪いとか正しいという話でもないはずです」

 しばしにらみ合う。

 やがて、少女はふっと安堵まじりの歪んだ笑みを浮かべた。

「そうよ……わたしたちは悪くない。何も知らずに生まれた不貞の子も、父親の気質を受け継いでしまった子でさえも悪くないのよ。でも、あなたの答えは不正解。甘すぎね。年下にこんなこと言われてちゃ浮気されても当然だよね?」

「なっ……勝手な理屈ですね」

 さすがに頭にきたが、一笑に付される。

「怒らないでよ、お姉さま。今からわたしが大正解を教えてあげるわ。それを見たあかつきには、わたしの名前が忘れられなくなると思う。いい? ターラよ。わたしの名前。ターラ」

「何を言って……。え、ちょっと……?」

 ターラと名乗った少女はアランの拘束だけをほどいた。そのまま部屋を出ていく。外で執事と二、三言会話するのが聞こえた。

 足音が小さくなると、アランが後ろ手を縛っていた縄を振り落として立ちあがる。

 その目は暗く、燃えていた。

「アラン……? どこへ行くの?」

 迷子のように尋ねる。だが他人のように穏やかなほほえみが返される。

「誰にも代わってほしくない仕事があるんだ。止めないで、僕のお星様。遙か高みから見守っていて」

 おかしい。二人ともおかしい。

「待って……アラン! やめてぇっ!」

 その背に必死に呼びかけたが、無情なドアがアランの行く末を遠ざけた。


 バン、と机に両手が叩きつけられる。老人は一瞥もしなかった。

「父上! ぼくもジェイナも死ぬところだったんですよ!? まさか、そんなまさかとは思いますが、実の息子であるぼくが死んでもいいわけはありませんよね!?」

()()はおまえたちを死なせはしないさ。おまえのことが憎くても決して傷つけはできない。そういうやつさ」

 セシルは思わず空っぽの鞘に手をやり寒気立った。

「あいつをどうするつもりなんです?」

 尋ねると、ルズバリー卿はようやく窓から振り返る。

「なに、行く先はもうここしか残っていないのだ。また飼ってやればいい。おまえはあの娘と結婚して仲を修復しろ。それで万事は解決だ」

「え。し、しかし……」

 そこへノックが聞こえた。執事がターラを連れて入ってくる。

「ターラ様がお話があるそうです」

「あぁ、我が家のかわいらしい書生のお嬢さん。家の中がごたごたしていて申し訳ないね。何か欲しいものでもあるのかね?」

 ターラはちょこんとドレスをつまんでみせた。

「お気遣いありがとうございます。このお家では毎日十分によくしていただいております。実はさきほど、下の階で捕らえられているお二人と話してまいりまして、アラン様がルズバリー卿とどうしてもお話したいとおっしゃっておられましたので伝言にまいりました」

 ルズバリー卿は杖の上で人差し指を叩いた。

「そのような雑務をさせてしまい失礼したね。ウォルター、連れてきてくれ」

 だが執事はかぶりを振った、

「いけません。やつを自由にしてはまた何をしてくれるか――」

「だからといって縛りつけておくなんてかわいそうです」

 ターラが口を挟んだのだ。執事も、見守っていたセシルも驚く。

 ルズバリー卿が手を振って話を遮る。

「よい。やつも犬っころよりは賢いはずだ。ここは父として出向いてやろう」

 そう言って杖を震わせて重い腰を上げようとした。すかさず執事が手を貸す。

 一行は主人の書斎を出た。

「図体だけは立派に育っていると話には聞いているが、顔を見るのは久しぶりだ」

「優しそうなかたでしたよ」

 ターラはセシルを押しのけた。先頭を歩くルズバリー卿の視界のふちに豊かな胸を押し出す。

「言い換えればお人好し、または阿呆か。私の強気を受け継がなかったせいだな。昔から貧弱そうな顔をしていたものだ」

「わたしも強気って大事だと思います」

 一行はちょうど階段にさしかかっていた。老人が手すりへ手をのばす。

「そうだろう。強気であれば狡猾な者にも負けることは――」

 ターラはニコニコしたままその背を突き飛ばした。

 予想だにしない裏切りに、執事もセシルも反応できなかった。

 老人は目の前に杖を突いて踏ん張ろうとしたが、そのせいで空中を一回転し、脚から階段に叩きつけられ、背中で段差を滑り落ち、頭から一階へ到着した。

 膝があらぬ角度に曲がっている。すでに不自由だったほうではない、もう片方の正常だったほうだ。

 階段の陰から出てきた人物が老人のそばに立った。苦悶の表情の上に影が落ちる。老人は気力でまぶたを押し上げた。

「ア、……アラン」

 彼のもうひとりの息子は呆然と父を見おろしていた。おもむろに片側の口の端を上げる。

「とうとう両脚をやりましたか、父上。それでは大切な腰をやったも同然ですね。おっと、そのお歳じゃすでに役立たずか」

「……ま、満足か、これで……?」

「さぁ? 僕は知りません。彼女に聞いてください」

 階段の上を指す。

 ルズバリー卿は自分の体の向こうにいる少女を信じられないという面持ちで見上げた。先ほどまでの甘えた態度は消え失せ、冷たい態度で自身を見おろしている。

「そ、んな……」

 セシルが少女の足元にへたり込む。執事が我に返って駆け下りてくる。

 老人は息をつき、敗北を認めて目を閉じた。

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