第三話 クールビューティーの青
このイカれた革命団にお世話になっていると、いつのまにか一ヶ月が経過した。
革命団に属している俺以外の三人のホムンクルスとも仲良くなった。
また、この一ヶ月の間に剣の訓練をひたすら積んだことや、ホムンクルス特有の身体能力の高さも相まって、それなりに強くなった気もする。
俺が生まれた博士たちの研究所の周りは、不気味な森の中にある。
その森では空は常に紅く。
木々は、まるで笑っているかのように常に揺れていた。
そんな森の中だったからか、強力な魔物が大量に住んでおり、例の仮面の男ウルガヌスの張った結界がなければ、こんなところには近づけないだろう。
それに、この森の魔物を修行がてら倒すことによって、強さや食料などを手に入れられる。
慣れれば居心地も良いし、最高の隠れ家だった。
そして、今日も今日とて、森の中の隠れ家の近くで、修行をしようとしたときだった。
隠れ家から、聞き慣れた声が聞こえた。
「ナイトぉぉぉ! おはようなのじゃァァァァア!」
と、のじゃっ子のような口調で、叫びながら、ジジイ……もといセブラー博士がやってきた。
「あ、おはようございます博士」
と、イケメンオーラを纏わせつつ、返事をする俺。
ちなみに俺はこの世界では、前世での名前である「天月名糸」の下の名前だけとって、ナイトと名乗っている。
まぁ、その話は置いておくとして。
「どうじゃ、ナイト! 少しは強くなれたかのぅ?」
と、唾を飛ばしながら叫ぶセブラー博士。
「ええ、おかげさまで。一ヶ月後のテストは絶対に合格してみせますよ」
などと強がりを言っていると、奥から仮面の男ウルガヌスが、やってきた。
相変わらず、すごいデザインの仮面だ。
俺が、そんなことを思っていると、ウルガヌスは口を開いた。
「やあ、ナイト。今日も修行、頑張ってくれたまえ」
「……はい、もちろんです」
「もっと私や、他の三人のホムンクルスを頼ってもいいんだよ?」
「ええ、わかっています。実際、今日は仲間たちに修行の手伝いを頼んでいます」
「いいね。誰に頼んだんだい?」
「それはーー」
「私よ」
と言って現れたのは。
革命団の一人目のホムンクルス。
リセ・レジオウ。
俺はこの一ヶ月間、この青髪の美少女から剣術を習っていたのだ。
彼女はその美しく長い髪を掻きながら、半眼のままこちらに歩いてきた。
「リセ、今日はよろしく」
「ええ、こちらこそよろしく頼むわ」
相変わらず、クールビューティーという言葉がふさわしい美少女っぷりだ。
俺が、リセのかっこいい振る舞いに見とれていると。
「さあ、早く訓練を始めたまえ。我々はここで見ているから」
「分かったわ」
青く美しい髪を翻しながら、ウルガヌスの頼みを、快く引き受けるリセ。
俺も頷く。
「さて、じゃあ始めるか」
「えぇ、じゃあ、私が攻撃するから、それを受け流してくれる?」
「了解だ」
その一言と共に、俺たちは剣を構える。
「今日こそは、お前の攻撃を受け流してみせるさ」
「期待してるわ」
リセはそう言って、微笑んだ。
そして、次の瞬間ーー。
リセが消えた。
いや、正確には消えてない。
ただ速すぎて、消えたように見えただけだ。
本人は、俺の真上にいる。
そして、空中で派手に回転しながら目をカッと見開き、俺に切り掛かった。
前世の俺なら、ここで斬られていただろう。
だが、今の俺はホムンクルスだ。
しかも、異世界人の魂の入ったものだ。
「はぁっ!」
金属と金属のぶつかり合った音が響く。
俺は、リセの剣を受け流そうとし、リセの剣に俺の剣を横から打ち込む。
が。
「ぬうぼわあぁ!」
と、俺は間抜けな叫び声を上げながら、吹っ飛ばされた。
そんな! なんてことだ。
ここで、かっこよくリセの剣を受け流せていたら、この俺のカッコよさにリセが俺に惚れてしまったかもしれないのに……。
「結果は、まだまだだったけど、成長速度は早いわね……さすが、異世界人の魂が入ったホムンクルスといったところかしら。
一ヶ月で、ここまで成長するなんて、現地人のホムンクルスである私とは大違いね」
リセが肩を竦めながら、そう言う。
「でも、本気じゃないんだろ?」
と、俺が聞くと。
「まあねー」
と、リセが言う。
手を抜いていたリセにまた負けるとは……。
なんてことだ!?
本気ではないリセに勝てないなんて、異世界チート特典はどこに行ったんだ!?
いや、そんなの元からないけどさ。
まぁ、一ヶ月前はリセにただボコボコにされるだけだった俺が、よくここまで成長できたものだ。
「全く、リセは本当にすごいなぁ……そういえば、リセってどんな能力持ってるの?」
他の二人のホムンクルスの能力のことは聞いていたが、リセの能力のことを聞いてなかったのを思い出し、俺はそう聞いた。
「ああ、私ね、能力が無いの」
「え、そんなことって、あるの?」
「それはーー」
「あるぞぉぉぉぉい!」
うわっ、びっくりした。
さっきまで、何かをメモしていたセブラー博士が急に喋り始めたのだ。
「ナイトは知らないと思うが、この世界には、エスプと呼ばれる者が、一定の確率で生まれることがあるんじゃ」
「エスプ?」
「ああ、そうじゃ。エスプとは、生まれつき何らかの能力を持った者のことじゃ」
「それと、リセに何の関係が?」
俺の問いに、博士は首を振りながら答える。
「ホムンクルスの瀕死のときに新たな能力に目覚めるという性質は、一般人限定であって、エスプをホムンクルスにしても、何の能力にも目覚めないんじゃよ」
「それじゃあ、リセはそのエスプ……というわけですか。
でも、それは博士の能力でなんとかできないんですか?」
「いや、それは無理なんじゃ。わしの今の力ではそこまではいじれん。
そもそも、そんなことができるのなら、寿命の件もなんとかできておるじゃろうしな」
「なるほど……でも、それだったら、リセには、エスプとしての能力があるはずでは?」
俺は聞く。
真面目に。
そして、博士も答える。
珍しく真面目に。
「エスプには、能力が遺伝する場合があるんじゃ。しかし、遺伝で受け継いだ能力は、何かのきっかけがないと、目覚めないんじゃ。
だから、リセにはまだそのきっかけがないんじゃろう」
なるほど……リセも不便だな。
ていうか、今のリセの二刀流の技術に加えて、エスプとしての能力が目覚めたら、最強なんじゃないか?
いや、それよりも考えなければいけないのは、この世界にはもっとすごいチート能力者がいるはずだということだ。
味方でさえ、かなりチートなんだから、この世界で最強のエスプというのは、もっとすごい能力を持っているはずだ。
俺みたいなゴミ能力者が、うまくやっていけるのだろうか。
「なぁ、リセ。ちょっと頼み事があるんだけど、いいかな?」
「あら、何かしら?」
「俺、いつもリセに剣術を教えてもらってるわけだけど、リセがさっき使ったあの宙を飛んで、回転しながら切るやつ、まだ教えてもらってないから……教えてください」
「ふふっ、何よ急に改まっちゃって。良いわよ。でも、私の流派はかなり癖があるから、習得できるとは限らないわよ。最初に教えなかったのは、それが原因なのだけど……」
「ああ、それでも良いんだ。今はただ強くなりたいから……」
そうだ。
俺はあと一ヶ月の間で、ウルガヌスに認められるほど強くならないといけないんだ。
そのためには、できるだけ多くのことをしておきたい。
「じゃあ、今は一つの技を教えるわ」
「え、一つだけ?」
「私の流派は、この一つの技をベースにして、そこからあらゆる展開を想定して、型を練習していくの。だから、まずは今から教える技をマスターしてもらわないと」
うーん。難しいこと言ってんなぁ。
俺みたいな頭チンパンの奴には、詳しいことはよくわからんが、まぁ、とりあえずリセの言うとおりにしておこう。
「私の技は、さっきナイトが言ったみたいに、ジャンプしながら相手を攻撃するのが基本なの」
リセはそう言いながら剣を抜き、足をかがめる。
隣で俺もそれを真似する。
「いい? こうして足に魔力を込めて、ジャンプするときの飛距離を伸ばすのよ」
「あー、なるほど。そういうことか」
この世界における魔力は、魔法を撃つだけではなく、身体強化にも使えるということか。
ていうか、待てよ。
ちょっと待てよ。
俺、魔力とか使ったことないし、使い方とかなんもわからんのですが……。
「り、リセさん」
「な、何よ?」
「俺、魔力の使い方知らないんすわぁ……」
「そうなんすかぁ……」
いや、そうなんすかじゃねぇよ。
ちゃんと教えてくれよ。
ここでボケてくるとは、さてはおめぇ、それほどクールなキャラでもねぇな?
「ナイトが能力でアキカンを出す時も、魔力を使ってるんだし、その感覚でやれば良いんじゃない?」
「あ、あの感覚か」
説明はだいぶ大雑把だが、なんとなく理解はできた。
まぁ、とりあえずやってみるか。
俺は足に力を込め、念じる。
すると、足に大量の血液が流れてくるような感覚が芽生えてきた。
よし、これはいけるぞ。
ていうか、リセでも難しいというこの技。
これに一発で成功できたら、天才イケメンボーイとして、みんなが俺に惚れてしまうかもしれない……。
いや、まぁ博士に惚れられても困るんだけどね。
「行くぞ」
と、俺はイケボ(自称)でそう言い、一気にジャンプした。
「よぉし! これでボヨヨォォンと! ……て、あれ?」
下を見る。
あれ、なんかリセたちがすごくちっちゃく見えるなぁ。
ていうか、なんか太陽近くね?
異世界でも、太陽って眩しいんだなぁ。
ひょっとして、このまま宇宙に行けちゃったり?
あはは、うふふ。
……って、言ってる場合じゃねぇぇぇぇぇえ!
ヤバイこれ。
飛びすぎた。
クソ、魔力を使いすぎたから、こんな高く飛んじゃったのか?
まずい。
このままじゃ死ぬ。
寿命十年とか、短すぎだろとか思ってたけど、今死ぬかも。
と、思っていたら。
「全く、ナイトはドジだね」
空を飛ぶ俺に、囁く声があった。
隣を見ると、ウルガヌスが飛んでいた。
「え、なーー」
「しっかりつかまってるんだよ」
そう言って、俺をガシッと抱きしめると。
「テレポート」
という呪文とともに一瞬で景色が変わり、気がつけばさっきと同じ革命団の訓練場にいた。
「う、ウルガヌス、ありがとうございます」
息も絶え絶えの俺がお礼を言うと、ウルガヌスは。
「ああ、さっきので懲りたら、無茶なことはもうするんじゃないよ」
「……はい。すみませんでした」
俺が素直に謝ると、リセと博士も。
「もう、本当に心配したんだから……」
「そうじゃぞぉぉぉぉ! 本当にのおぉ!」
はい。今日はたっぷり反省します。
だが、その前にリセに聞いておきたいことがある。
俺は、リセの袖を引っ張った。
「ん? どうしたの、ナイト?」
「ちょっと、こっちに来てくれるか?」
首を傾げるリセを、博士たちとは、離れた場所に連れて行く。
「リセに一つ聞きたいことがあるんだ」
「……なに?」
俺は声を潜めながら言う。
「なぁ、俺たちがやるべきことは、この世界を平和な方向に革命することと、博士がいないと十年だけという寿命をどうにかすることだ」
「……そうね」
「でも、革命団は俺たち含めて、六人しかいない。これだけのことをするのは、無理なんじゃないのか……?」
「いつになくネガティブね」
「いや、ネガティブとかじゃなくて、これはーー」
「いい? よく聞いて」
「……」
「やるか、やらないかっていうのは、結局は自分の意思なのよ。
自分を幸せにできるのは、自分にしかできない。
負けるかもしれない。
絶対に勝てるとは言えない。
だけど、私は……もう何が起こっても前に進むつもりよ。
……たとえ、どんな結果になってもね」
そう言い切ったリセの目は、何か強い意思で、輝いていた。
そして、俺の肩に手を置き、言う。
「大丈夫よ。私が生きている限り、あんたたちは死なせない。だから、安心して」
そのリセの手に。
言葉に。
俺が希望を感じたその瞬間ーー。
ドカン、という何かが爆発したような音が辺りに鳴り響いた。
そして、その音と共に現れたのは……。
「ねえぇぇ! あたしの出番はまだぁ?」
甘い高音の声が響く。
この声は……。
「今日はナイトの能力と魔法の訓練に、付き合って欲しいって、言われたから待ってたのにぃ……。暇すぎて、隠れ家の扉を爆発させちゃった! テヘッ」
「ああ、待たせてしまったようだね。カディア」
ウルガヌスも、声の主に返事をしながら、歩いてきた。
「まぁ、いいわ。この世界一可愛いカディアちゃんが、ナイトの訓練に付き合ってあげるわ」
といいつつ、決めポーズをとった緑色の髪の女。
この革命団の四人のホムンクルスのうちの二人目。
カディア・ミーディル。
この革命団の中で、重度のナルシストさを誇る女。
これは、忙しくなりそうだ。