第一話 ゴミ箱の妖精(不審者)
俺は現在、ゴミ箱の中に入っているユニークな高校二年生。
ゴミ箱の中の空き缶の感触に快感を感じてきた変態でもある。
先日クラスメイトの一人から「お前みたいな奴はゴミ箱にでも捨てられろ!」と罵られたので、実際に入ってみたが、確かに今の俺にはお似合いのような気がする。
俺はいじめを受けている。
気がついたら、いじめられていた。
俺は別にコミュ障というわけでもなかったし、むしろクラスに一人はいる面白い奴という立ち位置だった。
いじめられた原因なんて、ちょっとだけ調子に乗って厨二病発言や変態発言を、誰彼構わず言ったことくらいしか思い当たらない。
クラス内では浮いていたかもしれないが、
それでも自分がいじめられるなんて思いもしてなかった。
「ふぅ……」
頭の上に乗せていた空き缶をどける。
ここは今も昔も変わらず人気がなく、暗い雰囲気を放っている。
本当に何一つ変わっていない。
それなのに、俺はどんどん悪い方に変わっていって……。
やめよう。
こんなことを考えていても何にもならない。
俺が前と変わらず、おちゃらけたキャラで面白いことを言えば、
前には戻れないかもしれないけど、みんなも多少は認めてくれるかもしれない。
もう、そうするしかないんだ。
「はぁ……」
空は完全に闇の中。
冬の風が、容赦なく俺を打ち付ける。
カラカラ、と音を立てながらゴミ箱から出ようとしたその時だった。
「そこのお前、ちょっといいか?」
突然、野太い声が後ろから聞こえた。
まずい! 人気のないところだと油断していたのが失敗だったか。
このままだと絶対怒られるな……。
もしかしたら通報されるかも。
そうなれば家族にまで迷惑をかけ、いよいよ全ての人に見放されるかもしれない。
そんな最悪の光景が脳裏によぎる。
なんとか弁明しないと……。
俺は慌てて声の方向を向きーー。
「……えぇ」
思わず声が漏れた。
俺が戸惑ったのも無理はないだろう。
なんと声がした方向には、
一人の男がゴミ箱の中に入っていた。
俺と同じようにして。
しかも俺と違って体のサイズがやや大きいせいか、
すごく窮屈そうにしており、黒のコートは所々、汁で汚れていた。
その光景を見て、
俺は迷わずスマホを取り出した。
「すみません、通報します」
「おいおいおいおい、ちょっと待て。なんでそうなる?」
「ゴミ箱に入りながら、堂々と喋っている不審者は通報されて当然です」
「それはお前もだろ」
「……」
言われてしまった。
この俺としたことが、思いっきりブーメラン発言をしてしまった。
そんなつまらないことに頭を抱え始めた俺を、
その男はジト目で見て肩をすくめた。
「話を円滑に進めるために、わざわざお前と同じような格好で出てきてやったというのに……どうやら逆効果だったようだな」
何言ってんの?
ていうか、おっさんのジト目なんて嬉しくないんだが?
という言葉は胸にしまっておく。
俺が黙っていると、その男は大袈裟に手を広げ口を開いた。
「さて、まずは自己紹介だ。
この俺こそが神と崇められている暗黒神だ!
おっと、この俺が神だからと言って怖気づく必要はなーーって、
だから通報するんじゃなーい!」
暗黒神と名乗る男は、俺のスマホを取り上げようとする。
が、体がゴミ箱に入ったままなのでその手は届かず、
情けない声を上げてその場で転けてしまった。
なんて無様な暗黒神だ。
「自称神の不審者さん、これ以上俺に近づいたら大声を出しますよ」
「やめろ、その痛い人みたいなニックネーム」
自称暗黒神はため息をつき、その黒いコートが汚れるのも気にせず、
ゴミ箱に入ったまま起き上がる。
ーーと、その瞬間、俺のスマホが粉々に砕けた。
「……え?」
「はぁ……残念だ。気を許してくれれば、楽に魂を狩れたというのに」
そして、暗黒神はその黒い指を俺に向け言った。
「天月名糸よ、俺のために死んでくれ」
「……は?」
何言ってんだこいつ。
それになんで俺の名前を知っているんだ……?
驚愕する俺を嘲笑い、暗黒神は言葉を続ける。
「楽にしてやろう、と言っているのだ。
学校では原因も分からずいじめに遭い、
おまけに幼い頃からずっと仲が良かった親友にまで裏切られ、傷つけられてきた……お前をな」
「それはっーー!」
確かに俺は親友……いや、元親友に裏切られ、いじめられている。
開き直って面白いことを言おうとしてみても、
その時は完全に心が折れていて、その夜は布団の中で一晩中泣いたんだ。
だが、この男が何故そのことを……。
「面白いことをしていれば、いつかはみんなも認めてくれる……。
そう思い込み、誰の前でも自然と道化を演じるお前は実に哀れだ。
今では、もう自分が道化を演じることに何の違和感も感じず、
こんな不審者の前でも、面白く振る舞おうとする……」
「……」
「お前、自分がいつからそうなっていたのか思い出せるのか?」
「……」
「……もう、お前は壊れてしまっているんだ。受け入れろ、天月名糸」
俺が、道化……?
俺が、壊れている……?
その無機質な言葉が、俺の心に重くのしかかった。
「かなりショックだったみたいだな。
まぁ、俺はお前の記憶を全て把握しているから、このくらいは知っていて当然だ」
「何を……」
そういえばこいつ、さっきはスルーしたが、音も立てずに俺の隣にいた。
ゴミ箱の中に入りながら移動していたのなら、絶対音は鳴るはずだ。
でも実際、何の音もしなかったわけで……。
なんだこれ。
バカげてる。
おかしい。
そんな言葉ばかりが俺の頭の中を支配する。
だから気づかなかった。
暗黒神が殺気を放ったタイミングに。
「おしゃべりは終わりだ。じゃあな、死んでくれ」
その言葉とともに、俺は自分の胸が一瞬のうちに斬り裂かれるのを感じた。
激痛の中で見えたのは、
ゴミ箱の中に入っていた空き缶が俺の血で紅く染まる光景だった。
その光景を最期に俺は死んだ。