第8話 貴族
コン、コン
静かな廊下にノックの乾いた音だけが響く。
アリシアも流石に緊張しているのか、静かに中からの返事を待っている。
「入れ」
中から若い男の声で返事が返ってきた。
アリシアと互いに顔を見合わせ、ドアを開ける。
「失礼致します。
お初にお目にかかります。
私はシオン=アルヴァレズと申します。
此度は事前に何のお知らせもなく訪ねてしまい申し訳ない」
適当な自己紹介をしつつ部屋の中を見渡す。
てっきりグランツの私室かと思っていたが、どうやらここはダイニングのようだ。
パーティでもするのかというほど大きな長方形のテーブルが部屋の真ん中でたっぷりとスペースを消費していて、天井に吊るされたシャンデリアが眩しい。
いやほんとに眩しい。
金持ちの趣味ってわからんな。
そんなことを考えつつ、部屋にいる3人に目を向ける。
1人は恐らく護衛。テーブルの横に直立している。
あとの2人は椅子に腰掛けている。
2人ともアホほど高価そうなゴテゴテした服を着ている。さぞかし重いだろうに。
それはさておき、あの若い方が王子のステインで、ジジイの方がグランツか。
「アリシア様を探していらっしゃると風のうわさで聞きました故、偶々保護した私めがお連れした次第にございます」
「何!本当か!!でかしたぞ小僧!!」
グランツはそう言うとアリシアの方をジロッと見た。
アリシアはビクッと肩を震わせ、俺の後ろに隠れた。
小僧ねぇ。
俺がこんなナリとはいえ、何年生きてると思ってんだ。
テメェなんぞ赤ん坊どころかいいとこ精々受精卵だっつーの。
「どうしたアリシア。こっちに来なさい」
「っ! 」
グランツの言葉に続けて黙っていた王子が口を開く。
「さぁアリシア。また君の力で僕たちの願いを叶えておくれ。僕たちの願いこそが!この国の未来を切り開くのだから!!」
「口を慎め、ステイン。 部外者がいるというのに力の話をするなど、何て考え足らずなのだ貴様は!」
こいつ今俺のことめっちゃでかい声で部外者って言ったよね。
いくら俺でも傷つくもんは傷つくんだからな気をつけろ? まあ関わりたくもないけどね、こんな奴らと。
ていうか、考え足らずっていう観点ならお前も負けてないからね?いい勝負してるよ?声でかいのお前の方だし。
王女様に目をやると怯えた目でカタカタと震えていた。
あいつらを見ていた瞳はこちらに向き、不安の色が見て取れた。
そんな不安そうな顔すんなっての。
ちゃんと助けてやるから。
俺はふぅと息を吐いて、グランツに言った。
「グランツ様。折り入ってご相談したいことが」
するとグランツはめんどくさそうにこちらに目を向けた。
顔を動かすのもめんどくさいですかそうですか。
でも俺、眼だけこっちにグリンって向ける方が顔動かすよりよっぽどしんどいと思うんだよね。
眼取れそうになんない?なるよね?てか取れろ。
「なんじゃ。褒美か?がめついやつじゃな。
まぁよい。何が欲しいんじゃ?言ってみよ。」
イチイチ気に障るジジイだなこいつ。
何食って育ったらこんなにウザくなれるんだ。
青筋が浮かびそうになるのをぐっとこらえ、要求を告げる。
「報酬というかお願いというか……。
まあいいか。単刀直入に言います。
アリシアをゼッケンホルストに帰してやってくれませんか」
シン、と場が凍りつくのを感じた。
たっぷり5秒フリーズした後、最初に復活したのは意外にもステインだった。
「な、なにを言っているんだい?
アリシアを連れてきたのは評価するけど、その報酬がアリシアをゼッケンホルスト家に帰すことだって?全くもって意味がわからない。そんな馬鹿げた要求、飲むわけがないだろう」
馬鹿っぽいが概ね普通の反応。
「その要求は飲めん。
アリシアは王家との友好の印なのでな。
他のことならば手を尽くそう。
金か?名誉か?それとも女かな?
それならば儂が見繕ってくれてやろう」
本当に貴族らしい物言いだよ。テンプレか。
アリシアも、女性も物としてしか考えていないことが滲み出る傲慢な物言いだ。反吐がでる。
「あいにく、他に欲しいものはありませんよ」
「断ると言ったら?」
「どうもしませんよ。この話はなかったことにして王女様と仲良く暮らしますかね」
「アリシアは既に我が家の一員じゃ。そんな真似が許されるとでも?」
「許される。少なくともアリシアには屋敷に戻る気はない。それで十分なはずだ」
「……理由はなんじゃ?
いや、これは貴様の要求ではなくアリシアの要求だな?
ということは能力の話も聞いているのか?」
ジジイの方はアホ王子よりかは頭が回るらしい。
「そうだ。アリシアの能力も、それを使ってあんたらが何をしてきたのかも。ついでにこれから何をしようとしてんのかってところまで全部な。
もし断ったらって話の続きだが、偶然街で出会った衛兵さんにポロっとアリシアがナイル家でどんな風に扱われたかっていうのをこぼしちまうかもな。世間話的なあれで。そしたらどうなるかはお察しの通りだ。
ただ、もし要求を飲んでくれるんだったら今回の件には目を瞑り、絶対に口外しないと約束しよう。
アリシアも王家からの信頼も両方失うか、
アリシアは失うが王家との関係は修復可能くらいで留まらせるか。
どっちが賢いかなんて言うまでもないと思うが?」
「……………………………」
ジジイは何やら黙り込んでしまった。
うぜぇな何か言えよと思っていると、これもまた意外なことに、アリシアが口を開いた。
「お願いです。どうか私を、ゼッケンホルスト家に帰らせてください!」
ぎゅっと目を瞑り、頭を深く下げる。
余程の馬鹿じゃない限りはこれで大丈夫だろう。
俺がアリシアを連れてきた時点でもうあいつらに逃げ道などないし、選択肢も潰した。
これで、アリシアは------------------------
「笑わせるな、ガキどもが」
低い声が響いた。
「黙って聞いていればいい気になりよって。
衛兵隊!!」
「「「はっ!!!!!」」」
グランツが声をかけると同時、ドアから衛兵が流れ込んできた。気配からして50人といったところだろうか。
あぁ。めんどくさい。
衛兵とか100人単位で積めっての。
遅れを取るつもりなど毛頭ないが、万が一、いや、億が一くらいはあるかもしれない。
予防線は張っておくか。
「アリシア。耳貸せ」
「……?」
「------------------------------------」
「あっ……」
アリシアは俺の言葉の意味を咀嚼して、こちらを見上げた。
「……ピンとくる言葉が見つからないのですけど……。強いて言うならありがとう、なのでしょうか?」
「さぁな。何が正しいのかわかりゃしねえ。
これが裏目に出る可能性も無きにしも非ずだ」
「むぅ。そこは私の不安を取り払うようなセリフを言うべきでしょう。わかってませんねシオンさんは」
「締めんぞ?」
肩まで手を上げふーやれやれと大仰にリアクションしやがる王女様。
こいつなんか態度デカくなってない?
助けた直後の礼儀正しく可愛い王女様はどこにいってしまったのか。
「離れんなよ?」
「頼まれても離れませんよ!」
「頼もしい返事」
緊張感もなく掛け合っていると、ジジイのボルテージがついにMAXに到達したらしい。
「衛兵ども!アリシアを捕らえろ!!
あの男は殺して構わん!!」
「「「「はっ!!!!!!」」」」
野太い声が重なって部屋に響くのと同時に。
50本の剣先が俺に向かって動き出した。