第3話 涙の理由
テーブルの上に所狭しと並んだ料理の数々を見て俺は作り過ぎたかと後悔したが、結果的にそれは杞憂だった。
「これ! このお料理すごく美味しそうですシオンさん! あぁっ、こっちのお料理もとってもいい匂い!なんていうお料理なんですか?」
探知阻害の術式に安心しきったのか、アリシアは俺が食事を作っている間また大人しく寝ていたのだが、少し前に起きて周りをうろちょろしている。
助けたとはいえ、まだ知り合ったと言えるかも怪しい男の家なんだからもう少し警戒したらどうなんだろう。年頃の少女として。まあいいけどさ。
「これがグラタンでこっちがドリアってやつだな」
「ぐらたんとどりあ…。見たことも食べたこともありません。 本当に食べていいんですか?」
「そりゃお前に食わせるために作ったからな。王族様の口に合うかは知らんけど」
と、ここまで言って棘のある言い方になってしまったかと思い至る。
「あー、すまん。今のは良くなかっ」
「おいしい! やっぱりすごくおいしいですよシオンさん! こんなにおいしいのになんで王家では出されなかったんだろう?」
杞憂だったらしい。
ちなみに王家で出なかったのは多分グラタンが庶民の料理だからだと思うよ。
でも今のは俺の悪いクセが出たな。気を付けないと。
その後も終始興奮冷めやらぬといった様子で食べ進めていたアリシアはペースを全く落とすことなく、ついに最後の一皿に到達しようとしていた。
そろそろ話すか。
「で、お前は一体どうしてあんなところで行き倒れてたんだ? 」
俺が質問を飛ばすとアリシアは真面目な顔になり。フォークを置いて話し始めた。
「…逃げ出してきたんです」
「どこから?何から逃げてたんだ?お前が王族だから追っ手自体に驚きはしないけど、あいつらの目はお迎え目的にしちゃあちと血走ってたように見えた。どんな事情だ?」
俺が聞きたかったのはここだ。
アリシアを丘で拾った後、追っ手らしき連中に襲われたが、王家の追っ手にしては装備がなっておらず、どちらかといえばゴロツキの方が近い気がした。
俺の質問にアリシアはしばらく瞑目していたが、ふぅと息を吐いて意を決したように話し始める。
「私は王家の第6子で第3王女です。だから王位継承権はほぼないに等しかった。王家ではそういう子を国内の力を持つ貴族や隣国の王族と結婚させることが多いんです。いわゆる政略結婚ですね。
それで私は一級貴族のナイル家に嫁ぐことになったんです」
「はー、そりゃ当人としたら溜まったもんじゃじゃないな…ってあれ?王族の場合って相手が王族に嫁ぐ形じゃないのか?」
俺が聞くとアリシアは首を振った。
「普通はそうなのですが、ナイル家は私があちらに嫁ぐことを要求してきたんです」
「んなもん断っちまえば」
いいじゃねえか、と続けようとしたところでアリシアが被せる。
「ナイル家は4大貴族の1つで唯一ゼッケンホルスト家がパイプを築けていない貴族だったんです」
なるほどな。
4大貴族といっても拮抗してるわけではなく、ナイル家は他の3家と比べて圧倒的にデカイからな。ゼッケンホルストにしてみれば断って争うことと、謂わば『道具』であるアリシアを手放すことを天秤にかけた結果後者の方が有益だと判断したんだろう。胸糞悪い話だ。
「じゃあお前はナイル家から逃げてきたのか?」
「はい。王都を目指していたのに気づいたら森に入っていて迷ってしまい……。3日彷徨ってもうダメかと思った時に偶然人の気配を感じて、最後の力を振り絞って丘を登ったらシオンさんがいたんです」
「大分気配に敏感みたいだな」
てへへ褒められたぁと笑うアリシアを放置して考える。この話にはまだ疑問が残っているからだ。
まだ何故逃げ出したのかの部分を聞けていない。
少し話しただけでも分かる。
アリシアは見た目こそポワポワしているが決して考えなしの馬鹿ではない。
自分が行方をくらましたことが王家に知れればどういう事態になるか、予想くらいは出来るはずだ。
なのに逃げ出したということはよっぽどの事情があるだろうことは想像に難くない。
意図的に隠してるみたいだからあんま気分のいい話じゃなさそうだけど。
まあこういうのは若干強引でも聞いた方が早い。
「そもそもなんでナイル家はアリシアを欲しがったんだ?」
恐らくこれが何故アリシアがナイル家から逃げ出したかという疑問の答えに直結しているんだと思う。
あの追っ手は大方、ナイル家に金で雇われただけのゴロツキだろう。
だがあの力の入れ方はどうか。
王家と対立したくないから全力で探したと言えばそれまでだが、どうも建前な気がしてならない。直轄の騎士団だけでなく金を払ってまでゴロツキを雇うほど人手を欲していたという点に違和感が残る。
あれはどこかアリシアに何か特別な価値を見出しているような……。
そこまで考えたところで返事がないことに気づいて顔を上げると。
アリシアの瞳には涙が溜まっていた。
……やっちまったか。
彼女を慰める言葉を、俺はまだ持っていない。
この涙の裏にある根底を知らないから。
でも。
それを聞かせてくれたなら。
俺にも何か出来るかもしれないから。
辛抱強くアリシアの瞳を見る。
アリシアもそれに応えるように俺を見る。
そして、
「私は他人の願いを、何でも叶える力をもっているんです」
涙交じりの声で、そう言った。