7 代わった雇い主
酒場の前は閑散としている。既に営業はしておらず、数名の酔っ払いが赤い顔をして店の前に転がっていた。
酒場の傍で待ち合わせをしていたラントは建物の影から待ち人が現れたことに気がつくと手を挙げそちらに近づいていく。
「おうクロ、来たな」
そう言った瞬間別の誰かの存在に気がついた、後を付いてきている一人の女性の存在を。
「キ、キアラ」
ラントの声は上ずり足は数歩後ろに下がる。その顔は驚きと困惑に満ちていた。
「兄上お久しぶりです、お元気でしたか」
「なんでここに」
「何日も家を空けて心配していたんです、さあ帰りましょう」
キアラと呼ばれたその女性はラントの前までくると笑顔で手を差し出した。
「いや、その」
「どうしたのですか兄上、皆心配していますよ」
「その、ちょっと用事があってな、まだ帰れないんだ」
ラントは詰め寄られたじろいでいる、意味も無く手を後ろに組み明後日の方角を向いていた。
「用事ですか、剣の稽古より大事な用事があるのですか」
「そうなんだ、だから先に帰っててくれ、親父にもよろしくいっておいてくれ」
「分かりました、そこまで大事な用事なら家に帰れないのは許します」
そう言うとラントはあからさまにホッとしていた。
「あと一つお聞きしたい事があります、魔道具『風神の腕輪』の事です」
「え?」
「我が家の家宝『風神の腕輪』の件です」
「ええ?」
「兄上が持ち出した事は分かっています、私が持ち帰るので出して下さい」
「ええぇ?」
怖い。
「今は宿に置いてあるんだ、後日俺が届けるよ」
「後日とはいつですか?明日ですか?明後日ですか?出来れば今日中にお願いします」
「今日は忙しくてな、明日もって行くよ」
「明日では困ります、やはり取りにいくので宿の場所を教えて下さい」
「分かったって仕方ないな!今日この後すぐに届ける!大丈夫だから!キアラは剣の稽古もあるだろ?忙しいだろうから先に帰っててくれ!」
「用事があるのではないのですか?」
「よく考えたら家に寄るくらいの時間はあった、だから大丈夫だ」
ラントは自信満々でキアラの肩に手を置く、するとキアラ手を掴むと、思い切り捻り始めた。ラントが痛みで顔をしかめる。
「そうですか、家宝を持ち出して酔って寝た挙げ句、盗まれた訳ではないのですね」
ラントが固まった。クロはここにくる途中に全て喋っていた。
「お前性格悪いぞ!知っていたな!」
「兄上は周りから固めていかないと認めないでしょう!違いますか?」
ラントは事情をばらしたであろうクロの方を見る、クロは両手を上げて降参ポーズをした。
「兄上、『風神の腕輪』は盗まれた、所在は知れず探す当ても無い、そこの子供にスラムを案内させて闇雲に探している、現状はこれであっていますか?」
「あ、ああ」
「冒険者に仕事を依頼しようとは思わなかったのですか、確かに外に盗難の事実が漏れるのはよくないです、ですが事態は一刻を争います、彼らに協力をあおぎましょう、お金なら私が出します」
「俺あそこ出入り禁止になってる」
そう言った瞬間キアラがとても悲しそうな顔をした。悲しさといっても哀れみ寄りの表情だった。
「それにだ、探す当てはあるんだ、この後スラムでオークションが行われるみたいでな、そこには表に流せない盗品が出品されるらしい。そこなら『風神の腕輪』があるかもしれない」
「それは、闇雲に探すよりはましですが」
「ああ、金も何とかなったしな」
「お金が何とかなった?」
キアラはラントの腰元を見ている、昨日まであったもう1本の剣がなくなっていた。
「兄上、『氷霊剣フェンリス』は何処ですか?」
「ん?売ったぞ、金貨500枚になった。」
キアラが自分の腰に刺してある剣に手を掛けた。