第9話=ジャグライ
綺麗に掃除してある石畳。塵ひとつ落ちちゃいない。家々の窓はどれもピカピカで、指紋もついていない。ちょっと、触ってつけてみようか。…だめだ、それをすれば完ぺき小学生だ。
私はそっと隣の麗人を見上げてみた。
緩やかな風に、艶やかに輝く豊かな栗色の髪を靡かせ、エメラルドの瞳は遠くを見据えるように細められている。
このお姉さんは、私の最初の仲間。アリアニス・ルウィン…なんちゃらこーちゃら。異世界人の私にとって、お姉さんの名前は覚えづらい。遠慮なく、アリアさんと呼ばせていただく。アリアさんは弓が得意らしい。さっき魔物をやっつけた時も、この弓矢が役立ったみたいだ。
「どうしたの、ぼーっとして」
あ、違うんです。アリア姉さんがあまりにも麗しいから目を奪われて…って、何言ってんだよ。
「この街はね、ジャグライ。…綺麗でしょ?枯れ葉一枚落ちていないわ。この地域一帯を治めている貴族がかなりの綺麗好きらしくてね」
アリア姉さんは、呆れたように喉で笑うと前方の建物を指さした。その細い指のさきには、三階建ての小綺麗なレンガの宿屋があった。…宿屋だ!RPGのゲームにもよく登場する『宿屋』。中には温かそうに燃える暖炉、ふかふかのソファー。私はそんな情景を思い浮かべ、手を胸の前で組んだ。
「わあ…、宿屋かあ!アリア姉さん、早く中に入ろう!」
「あらあら、とても元気ね?あまりはしゃぐとただでさえ幼く見えるのに、そんな行動じゃ…ねえ?」
アリア姉さんは、目を細めながら私を見下ろし、悪戯っぽく笑った。いやいや、幼く、って…。毒吐きすぎじゃないスか、アリア姉さん。
宿屋の両開きの扉まで駆け寄り、勢いよく開いた。中の温かい空気が外に流れでてきた。
「らっしゃい!」
ハリのある威勢の良い声。入ってすぐのカウンターには、厳ついおじさんが座っていた。
「泊まりかい、お嬢さん方?」
カウンターのおじさんは、その顔をほぐしてにこやかに笑いながら言った。なんて愛想のいいおじさんなんだ!私のお父さんも、こんなだったらいいのに!