異世界非転生
リストラされた俺は色盲を患ったらしい。青信号だと思って進んだら赤だったようだ。猛スピードで突っ込んでくる一台のトラック。ハイビームに目がかすみ視界が白一色に染まる。
白い世界の中で、俺に退職を告げた部長のにやけ面が浮かぶ。
「わしは実は神なのじゃが、わしのミスで君を不当解雇してしまった。お詫びにチート能力をやろう」
部長はあの時と同じ醜悪な嘲笑を浮かべながら意味不明なことを捲し立てる。
「そんなもの要りません。私の解雇を取り消すか、現金で1億ください」
「望み通り君を最強の人間にしてやろう」
そう言い残すと部長は消え、全身に強い衝撃を受けた。制限速度を30キロはオーバーして突っ込んできた20トントラックがぶち当たったのだ。だが私は、不幸にも最強の存在になってしまっていた。トラックは私を中心に真っ二つに寸断され、漏れたガソリンに引火し大爆発を引き起こした。
国道だけあってそこら中にトラックが走っている。茫然自失で道の真ん中で立ち尽くしている私に向かって、巨大トラックが次々に突っ込んでくる。だが私は最強の存在。すべてのトラックを一撃で爆破炎上させ、運転手は丸焼けになって悲鳴を上げている。
やがて警察がやってきた。パトカーが周囲を塞ぎ私を囲んで銃を向けている。1人の中年警官が、その中を進み出て言った。
「君は自分が何をやっているのか分かっているのかね。殺人の現行犯で逮捕するよ」
「俺はここに立っていただけですよ。俺が殺した訳じゃない」
「そう主張するんだね。話は署で聞くから、とりあえずパトカーに乗りなさい」
俺は言われるがままパトカーに乗った。さっきまで愛想笑いを浮かべていた警官は、突如豹変し私を押しつぶそうとしてきた。だが俺は最強の存在。逆に警官は内部から破裂し、パトカーごと爆散して絶命した。
「こいつ、警官を殺したぞ。撃て、撃て撃て!!」
警官隊は一斉に発砲する。だが最強の存在である俺に鉛玉は通用しない。手のひらを前に掲げると、銃弾は吸い込まれるように一点に集まり、超音速で腕の周りを回転し始まる。タクトを振るように連中に向かって腕を振り回すと、初速を越える勢いで銃弾は警官隊の肉体を貫いた。
こんなことをしていても仕方がないので、俺は家に帰るために駅に向かう。立ち寄った駅前の書店で、トラック転生特集なるイベントをやっていた。トラックに轢かれると異世界に転生する、というテーマで描かれた小説がたくさん並んでいた。その一つを手に取ってみたが、どれも同じように、トラックに轢かれた後、白い空間に神が現れてチートを与えてくれると云うものだった。私はその中の一冊をとり、出版社に電話をしてみた。
「●●出版でございます」
「御社では異世界転生に関する本を多数出版しているようですが、転生に関して少々お尋ねしてもよろしいですか」
「はい。私共に答えられることでしたら何なりと」
「私は先ほどトラックに轢かれたのですが、なぜか現世に留まっております。なぜですか」
「えっ……トラックに……轢かれたのですか? 御身体は大丈夫でございますか? 私どもより救急車をお呼びになった方がよろしいかと存じ上げますが」
「それが神がチートをくれたので大丈夫だったようです」
「……さようでございますか、おめでとうございます」
馬鹿にしているな、この女。俺のことを暇を持て余した狂人とでも思ってるのだろう。
「私は真剣に悩んでいるんですよ。私が最強であることを今証明します。そちらから東京スカイツリーは見えますか?」
「はぁ……見えますが」
「ではご覧ください」
俺はその本をスカイツリーの方角に向かって全力で投げつけた。本屋の壁を粉砕した紙の弾丸は、スカイツリーの展望台に激突し、一撃で上から下までを木っ端みじんに爆砕した。
「これで私の言ったことが事実であると、分かってくださいますか?」
電話は切れていた。馬鹿にしやがって。
本屋を出ると警官隊が待ち受けていた。
「君の目的は何だ。なぜこんなことをする?」
ネゴシエーターらしい男が拡声器を使って言った。
「俺は異世界に行けなかった理由が知りたいだけですよ」
「異世界だと? 何を訳の分からないことを言っているんだ」
「でもこの本には書いてあるぞ。トラックに轢かれた人間は異世界に行くと」
「それはフィクションだ。現実じゃない」
「でもポスト・トゥルース的政治によってフィクションの水平的慣習は無効化されたって、今年の神戸大学の入試問題に書いてましたよ」
「何の話だ? ともかくこれ以上の殺人行為はやめなさい」
「俺が殺したくて殺したと思っているのか? 俺はただ、最強になってしまっただけの無実の男だ。立っているだけで勝手に死んでいった運転手が悪いんだ。家に帰らせてもらう」
「撃て!!」
警官隊は全滅した。
ニュースでは東京で発生した大虐殺について、総理大臣が緊急記者会見を行っていた。たとえ殺してでも俺を止めると勇ましく演説し、自衛隊に出動命令を出したとイキっていた。俺はその足で官邸に向かい、警備を皆殺しにして会見場についた。
「そ、そいつだ。そいつを逮捕しなさい!!」
俺は秘書とSPを皆殺しにして、指先一本で総理大臣を持ち上げた。
「俺が一体何をしたって言うんだ? 今すぐ治安出動命令を取り消さないと一族郎党バラバラにするぞ。それから籠池さんを解放しろ」
素直に言うことを聞いた総理大臣を完全に焼却してから、俺は国会を召集した。俺は議員たちに安全保障を要求したが、応じなかったので皆殺しにした。俺はその場で新しい国の建国を宣言して日本との国交を求めたが、都内には自衛隊が続々と集結しつつあった。
「なぜ分からないんだ。俺は最強なんだぞ。抵抗して何の意味がある?」
俺の話は聞き入れれない。最新式の戦車が一斉に発砲したが、最強の俺にそんなものが通用するはずもなく、奴らの頭上に120mm砲弾を叩きこんでやった。
俺は追ってくる自衛隊と戦いながら、アメリカの助けを求めに合衆国大使館へ向かった。だが奴らは俺に発砲し、結局アメリカ人とも戦う羽目になってしまった。合衆国大統領は、俺に宣戦布告してきた。なんでこうなるんだ!
俺は外務省に侵入して金正恩の電話番号を見つけ、助けを求めることにした。アメリカと対立しているあいつなら亡命を受け入れてくれると思ったからだ。快く受け入れてくれると言ったので、俺は羽田でハイジャックして北朝鮮に飛ぶよう命令した。
上空に上がってすぐ、F/A-18E戦闘機の編隊が厚木からあがってきた。数百人の乗客が乗っているというのに、問答無用で対空ミサイルを発射する。最強の俺だが、数が多すぎて飛行機を守り切ることが出来ず何発か被弾してしまった。飛行機は空中分解して群馬の山の中へ突っ込んでいった。
空中に放り出された俺は、スーパーホーネットに着地することに成功。風防を引きはがしてパイロットの胸ぐらを掴む。
「おい、平壌に飛べ。さもないと厚木に行ってお前の仲間を皆殺しにするぞ」
アメリカ兵の協力を得て俺は平壌に到着する。俺は盛大な歓迎を受けたが、食事に毒を盛られてあったらしい。象を100頭殺せるほどのカルフェンタニルを山ほど入れられていたが、最強である俺には風邪薬一錠分の効果もない。俺は北朝鮮軍の機甲部隊に突撃して全て粉砕し、金正恩の隠れている地下バンカーへやってきた。
「金正恩、なんで俺殺そうとするんだ!」
側近を血祭りにあげてから、ミサイルデブに向かって対空砲から引きはがした砲身を振り上げる。
「黙れ日本人。お前たちが朝鮮の民衆にどんな残虐なことをしたのか忘れたとは言わせないぞ!!」
「俺が朝鮮の人に何をしたって言うんだ!!」
俺は金正恩を対空砲のフルスイングでぶっ殺した。北朝鮮がほぼ崩壊したことで、隙をついた韓国軍と海兵隊の大部隊が38度線を越境し平壌に迫りつつあった。上空には米空軍の爆撃隊が迫り、北の国境にはロシアと中国の大部隊が川沿いに防衛線を敷いていた。
俺は全速力で南の傀儡どもから逃げ、鴨緑江を飛び越えた。待ち構えていた中露連合軍は目も眩むほどの十字砲火を浴びせかけて来たが、もちろん最強の俺にそんな攻撃が通用するはずもなく、約10万の地上部隊は一瞬にして蒸発した。
その時、アメリカ軍の核弾頭ミサイルが降り注いできた。既に中国領内に入っていたにも関わらず。俺にとってはちょっとしたサウナ程度の威力でしかないが、中国の人々が何十万人も犠牲になってしまった。
中国軍は即座に核報復を行ったらしく、頭上を何百発ものミサイルが流星群のように東へと飛び去っていくのが見えた。
数十分後、人類はほぼ滅亡した。高高度核爆発によるEMPの影響で電子製品は破壊されていた。俺は交通博物館に展示されていた蒸気機関車を修理し南へと向かった。スピードを上げすぎたため何度か脱線したがその程度で最強の俺が死ぬはずもなく、深圳に辿り着いた。ハイテク都市と聞いていたから一度見て見たかったのだが、核ミサイルが何発か直撃したらしくほぼ廃墟だった。
なんてこった。なんでこうなるんだ。俺はただ普通に暮らしたかっただけなのに。
翌日、空軍のバンカーを発見した。襲ってきた中国兵を皆殺しにて爆撃機を手に入れる。これでアフリカへ向かおう。あそこなら核戦争の影響も少ないはずだ。
マニュアルを一読し飛行機を飛ばしたが、素人には難しく離陸前に5機ほど破壊してしまった。仕方がないから生き残っていたバラバラの中国兵を結着し、命を再生してやる。復活したキョンシーに飛行機を飛ばさせて、俺はエジプトに向かった。
流石にピラミッドに核攻撃はできなかったようで、ギザのあたりはなんとか平穏を保っていた。だが爆撃機で不法入国したからと言って、すぐにエジプトの警察と軍がやってきて包囲されてしまった。結局そいつらを皆殺しにする羽目になってしまう。俺は誰も殺したくなんかないのに!
さすがに頭にきて、俺はそこらじゅうを走っているトラックに片っ端から体当たりして破壊していく。気が付けばシナイ半島を横断してイスラエルに達し、エルサレムに到達した。俺はユダヤ人たちを押しのけて嘆きの壁に走って行って叫ぶ。
「おい、神。そこに居るんだろ。部長がお前の名前を騙って俺にこんな能力を与えたんだ。これもお前の差し金なのか? なんとかしろ!!」
だが神は何も答えてくれなかった。もう日が暮れていたのに、周りが昼間のようになって部長が現れた。
「わしのミスでこんなことなってしまって、本当にすまないと思っている」
シオンの丘に集まっていたユダヤ人とキリスト教徒とイスラム教徒は、憎しみを忘れて頷き合うと、部長を囲んでボコボコに蹴りまくり踏みつけた。
「わしのミスじゃ、わしのミスじゃからチートをやろう!!」
誰も話を聞いてくれなかった。怒り狂ったユダヤ人の偉いやつが、十字架を引っ張ってきて部長を磔にした。
「わしは神じゃと言っているだろう!! 本当にチートはいらんのか?」
群衆の中、何か、言いようもない神々しさを感じる一人の男が歩み出て、部長の前に立った。ユダヤ人も、キリスト教徒も、イスラム教徒も、全員がその御方に平伏した。立っているのは俺だけだった。
その男は、部長の顔面を思い切り殴りつけ、回し蹴りを放って首をふっ飛ばした。だが血は出なかった。それは、部長の形をしたロボットだったからだ。
「父よ、彼らをお許しください。彼らは自分が何をやっているのか知らないのです」
男はどう見てもキリスト本人だった。俺はイエスの肩に手を置いて振り向かせると、右ストレートをぶちかました。だがそいつは、最強の俺のパンチを食らってなおダメージを受けていないようだった。
「さあ、左の頬も殴りなさい」
「言われるまでもありませんよ」
左フックにアッパー、アルプス山脈くらいなら一撃で破壊する全力のハイキックを食らってなお、イエスは立ち続けていた。最強の俺を上回る力……これが神の力なのか。
「気が済みましたか」
「はい、先生。もう十分です」
「ではこちらの番ですね」
予備動作なしの飛び膝蹴りがさく裂し、俺の意識は一瞬で刈り取られた。その後、俺が目が覚めることはなかったという。