下
新年が三日も経つころ、街は『人食いのばけもの』の噂で持ちきりでした。
「大きく育った、野良犬かなにかだろう。みんなおおげさに騒ぎすぎなんだ」
「いや、四つ脚じゃなくて、二つ脚らしい。猿かなにかじゃないか?」
「俺は、長い金色の毛並みだって聞いたぞ。金色の猿なんか、いるのか?」
「遠目に見ただけなんだけど、あれはどうにも、人に見えた。だって、尻尾も生えてないし、服だって、着てたんだ。金髪の、こどもだったよ」
「へえ、金髪の、こども! ……なあ、こんな話を知ってるか? 実はな、世を恨みながら死んでいった、世にもあわれな、マッチ売りのこどもの話なんだが……」
噂は、どんどん、大きくなっていきます。
色んな人が、好きなことを、好き勝手に言うものですから、『人食いのばけもの』はすっかり有名になってしまって、まだその姿を見たことがないような人にも、はっきりと思い描けるようになってしまったのです。
きづけば、体温や息づかいさえ感じるほどに、『人を食う金髪のこども』の噂は、街のみんなにとって身近に、そして現実的になっていきました。
夜道を歩く人は減って、金髪のこどもを見たら、石を投げる大人まで、出始めました。
さすがに騒ぎが大きくなりすぎたのでしょう、鉄砲を持った兵隊さんが来て、『ばけもの』の討伐にのりだしました。
偉い軍人さんが『ばけものは討伐した』と宣言すると、次第に噂はおさまって、夜道にも人が増えて、こどもは金色の髪を黒く塗らなくても、石を投げられないようになりました。
でも、噂は消えても、物語は消えません。
その年から、年の瀬になると、街の人は、こどもにこんな話を聞かせるようになったのです。
「なあ、こんな話を知っているかい? 不幸なばけものの話さ。そいつは、年の瀬になるとやってきて、夜に出歩く悪い子を食べてしまうんだ」
「どうしてそんなことをするの?」
こどもが、こわがって、問いかけます。
すると、大人は決まって、こう答えるのです。
「それはね、そのばけものが、かわいそうなこどもだったんだ。だから、幸せに暮らしているこどものことが、許せないんだよ」
「でも、そんなの、ひどい」
「……だから、ばけものに襲われたくなかったら、夜はきちんと早く寝ること。それから、あんまり、ぜいたくなおもちゃをねだらないことだよ。ぜいたくばかりすると、『人食いのばけもの』がねたんで、お前を食べに来てしまうからね」
誰にも迷惑をかけずに、たった一人、幸せな光景を見ながら『すばらしいところ』へ旅立ったマッチ売りの少女は、こうして『ばけもの』になりました。
ひとびとは、この『ばけもの』の話をするたび、貧乏でない幸せを感じます。
ひとを恨み、妬む心のあまりばけものになった少女の心の醜さを思い、自分の心のきれいさにうちふるえます。
ああ、おうちがあたたかくて、ほんとうによかった。
愛すべき家族がいて、ほんとうに、しあわせだ。
街の人は『ばけもの』の話をして、そういう満足感とともに、新しい年を迎えるのでした。
こうして誰にも救われなかった、けだかくけなげな女の子のおかげで、みんな、幸せになりましたとさ。
めでたし、めでたし。