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「あの子、見たことあるなあ」



 男の人は、あわれな女の子の死体の前で、足を止めました。

 その死体は寒そうに体をまるめていて、なんと、靴さえはいていませんでした。


 あたたかくなろうと思ったのでしょう、そばには燃え尽きたマッチがひとたば、落ちています。

 どうやらそれは、女の子が売っていたもののようでした。

 でも、女の子のそばに落ちているカゴの中には、たくさんのマッチが入っていて、売れ行きは、あんまり、よくなさそうでした。


 それでも、女の子の死体は、笑っていました。

 しあわせそうに、くちもとをほころばせて、死んでいたのです。



「ねえ、死体なんてうすきみ悪いもの見てないで、家に帰りましょうよ。さっき新しい一年が始まったばかりじゃない。なにも、こんな一年の始めから、あんな、凍え死んだ女の子なんかじっくり見ることないわ」



 男の人と腕を組んでいる女の人は、きみわるそうに言います。

 彼らの頭の上には、とっくに一年で一番最初の朝日がのぼっていました。

 こんなおめでたい朝に、女の子の死体なんていうものを見せられるのが、女の人は、がまんならない様子でした。


 でも、男の人は、動きません。

 女の人が、ゆすったり、たたいたりしたって、死体をじっくりながめたままです。



「たしか、そう、マッチを売っていた子だよ。『いやあ、かわいらしい子が、いっしょうけんめいにマッチを売っているなあ』と思って、記憶に残っていたんだ」

「ねえってば、もう、行きましょうよ」

「まあまあ。かわいそうな子さ。見ろ、靴だって、ない。……ああ、そうそう。思い出した。ずいぶん、ぶかぶかな靴を履いていたんだ。あれはきっと、誰かのお下がりに違いないぜ。きっとぶかぶかだったから、脱げたか、盗られたか、したんだろ。かわいそうになあ。こんなかわいい子が」

「ねえってば」

「うん、だんだん、記憶がはっきりしてきたぞ。そうだ、ひとごみの中で、マッチを売ってたんだ。でも、誰にも買ってもらえない。一年の終わりの夜に、こんなこどもが、夜遅くまで、一人でマッチを売ってたんだぜ? きっと温かい家も、優しい家族もなかったに違いない。……そうだ、そうだ。だから俺は、ひと箱ぐらい、買ってやろうと思ったんだ。でも、やめたんだっけな」

「……なんでやめたの?」

「なんでだったかなあ……うーん……ああ、そうだ! 思い出した! この子は、人に突き飛ばされたり、馬車に轢かれそうになったりしながらも、一生懸命、笑顔でマッチを売ってたんだよ」

「……」

「靴もないのに、家にも帰らず、こんなところでマッチを擦ってあたたまろうとするような、かわいそうな身の上の子が、笑顔で、一生懸命に、マッチを売っていたんだ」

「……なんで、買ってあげなかったのよ」

「だってさ、そんな子、うすきみ悪いだろ?」

「……」

「なんか怖くて、やめちゃったんだ」



 男の人は、嬉しそうに言いました。

 記憶にひっかかっていたものをハッキリ思い出せて、すっきりしたのでしょう。



「ああ、怖い、怖い。死んでまで笑ってるなんて、ほんと、怖い。そうだ、あんまり怖いから、はやく忘れちまおうと思ったんだ! あの子は、きっと頭がおかしかったに違いないぜ。みんなそれを感じて、だから買わなかったんだよ」

「たしかに、ぶきみね」

「そうだ。きっと、悪魔に違いない! よかった。声をかけていたら、地獄に引きずり込まれるところだったかもしれない!」

「やだあ! 怖い!」

「はははは。悪かったね、あんな、ぶきみなものの前で足を止めて。さあ、あたたかな我が家に帰ろう」



 男の人と、女の人は、しあわせそうに笑みをかわして、歩き始めました。

 あわれな女の子の死体なんか、すっかり忘れてしまったみたいです。


 あるいは、忘れたかったのかもしれません。

 だって、さちのうすそうな女の子が、その不幸にも負けず、ほほえみながら、こんな道ばたで死んでいるのです。


 そんな境遇、ふつうの人は、笑えません。

 そんなけだかくて、けなげな魂の持ち主が実在するだなんて、ふつう、思いません。


 だからたぶん、親切な『だれか』が、街のみんなの願いをかなえようとしたのでしょう。

 だいじょうぶ、けなげでけだかい人なんか、実在しないよ。

 きちんと不幸をなげいて、みんなを恨んでいるんだよ。


 そう証明するように、その街を、女の子の恨みみたいな不幸が襲いました。

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