昭和式
「あんた結婚せんと? あんたみたいなよか女子に嫁の貰い手がおらんなんておかしかねえ」
笑顔に包まれながら彼女の口から放たれるお節介と煩わしさ
本当にどうにかして欲しい 私には私のプライベートがあるの 侵せない領分があるの どうかそっとしておいて
昭和式の歯車はぐるぐると回り 私を包囲し 時に苦しめる その光景はサバンナの野獣が兎を囲むかのようだ 昭和式の歯車はギシギシと音を立てて窮屈な檻の中に私を押し込める どうにかして 私に救いがあるのなら それは昭和式の歯車 その一つ その一断片であるおばちゃんが「消える」こと 私のその願い 望みさえも無視して 昭和式歯車は回り 羽振りをきかせて のさばっていく
歯車は回る けたたましい音を立てて 私を支配し管理し総括しながら
歯車は噛み合う 個人の感情や気持ちでさえシェアし把握し統合しながら
あー! もうどうにかして! この煩わしさ! やかましさ! お節介!
だけどあの騒音が おばちゃんの立てる昭和式の歯車の音が途絶える時 途絶えた時 それはおばちゃんの命がその笑みを口元に残しながら尽きた時だった
私はおばちゃんが手向けられる火葬場で 昭和式の歯車が崩壊したのを知る
「あの子が万引き? そぎゃんことあんね! あぎゃんよか子がそぎゃんことすんね! なんかの間違いたい!」
「あの子が子供をひっぱたいたってね! そぎゃんことあんね! 濡れ衣きせっともたいがいにしなっせ! あぎゃんよか子に!」
「あの子が!? あぎゃんよか子が!」
私はおばちゃんの死に顔を見て おばちゃんが 昭和式の歯車が 私を守ってもくれていたのを知る 私が涙をこぼした時には遅かった 昭和式の原風景が 昭和式の歯車が私から離れていく
あのおばちゃんの笑顔も煩わしさも鬱陶しさもありがたさもお節介も尊さも昭和式の歯車が瓦解した今遠のいていく
私は寂しくはないと言い聞かせてみる だってあの煩わしさから 鬱陶しさから お節介から! 私は開放されたんだから!
だけど涙は止まらない 昭和式の面影も原光景も私から手を振って「さよなら」していくだけだ 私の口から出るのは「ありがとう」というせめてもの労いの言葉
「ありがとう 昭和式 ありがとう 私の原光景」
これから
私を歓迎するのは 新しい息吹と新しい時代の守護者であり 価値観
私の手を引いて 舵取りしてくれるのは 新しい海風と羅針盤だろう
私はそこで瑞々しい喜びと自由を知るだろう だけど私は忘れない あの日のおばちゃんの笑顔を あの昭和式の歯車の音を
その事実を知った時 私は今一度言う
「ありがとう 昭和式 さようなら 私の原風景」と
そう口にした私を一欠片の風が 到来する新年号とともに包みこんでいた
それは涙に濡れながらも とても心地良く 気持ちの良いものだった