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トキメキとピンチの通勤ラッシュ(4)

 ”ゴクリ”


 俺は、生唾を飲み込んだ後、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせていた。

 しかし、覚悟は出来ているものの、悪霊が差し迫ってくるときのホラー映画の効果音のように心臓の鼓動はどんどん早くなっていっく。


  一方の彼女は駅長室のドアをただぼんやりと眺めていた。


 もしかして、この子も入るの緊張してるのかな。

 そうだよな。さすがにこんな状況、普段ならあり得ない事だもんな。

 

 俺は、痴漢で俺を疑った時とは明らかに違う、真顔の状態の彼女を見ながら、彼女の気待ちを予想した。


 それから数分が経った時だった。


 彼女は俺の腕を掴んだまま、再びどこかへと歩き出したのだ。


 ん?

 駅長室をスルー?

 ……ってことは警察直行パターンか!

 確かにそっちの方が早く事が済むよな……


 自分の悲劇に嘆くようにうなだれながら、俺は彼女の行くままに歩を進めて行く。


 すると、彼女はいきなり歩む足をパタリと止めた。


 ついに着いたのか警察に……


 俺は、うなだれていた体をゆっくりと起こした。

 その瞬間、自分の目に映る光景に思わず口が開く。


 そこは警察署ではなく女子トイレであった!


「あのー、もしかしてお手洗いですか?」


 俺は恐る恐る彼女に聞いてみる。


「ほら、早く行くよ」


 彼女は無表情のまま、冷たい口調で俺に言い放った。


「いや、待て待て〜!おかしい!絶対におかしい!!トイレくらい1人でできるだろ。何で俺が一緒に付き添うことになるんだよ。それこそ、俺は本当の変態痴漢野郎になるじゃねぇか!」


 焦る俺に蔑んだ表情をして彼女は言った。


「もう痴漢してるんだから、女子トイレ入るぐらいもうできるでしょ、変態さん」

「いやいや、ほんとダメだって!男女が女子トイレに入って行くところ、他の人に見られたら、あなたも周りに変な目で見られちゃうよ」


 俺は必死になって彼女を説得する。


 だが、説得は虚しく、彼女はチッと舌打ちをすると、俺の腕をグッと強く握り無理やり女子トイレに引っ張り入れられた。


「終わった……」


 俺は自分の人生を振り返っていた。

 良くも悪くもない平凡な約22年。

 だが、その平凡な人生も今なら幸せだと感じれる。

 なぜなら、俺はこれから変態というレッテルを背負い、社会を生き延びないといけないからだ。


 しかし、泣きそうな表情になる俺には目もくれず、彼女は先へと進む。

 そして、彼女はトイレの洗面台の前でふと立ち止まった。


 数秒ほど洗面台の鏡を見つめた後、彼女は俺の腕を掴んでいない右手を鏡に張りつけた。

 そして、目を瞑りボソボソと何かを呟いた後、無表情のまま俺の方を向いた。


「あなたももう一方の手を鏡につけなさい」


 意気消沈の俺は、彼女の言われるがまま、洗面台の鏡に掴まれていない左手をあてた。


 その瞬間だった。

 鏡から突如白い光が発せられ、一瞬にして俺と彼女は鏡の中に吸い込まれていったのであった。

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