新卒社員の1日
”チリリリリリリリリリ”
大音量のアラームの音で目が覚める。
眠気眼のまま枕元にあるスマートフォンを探り当てアラームを消し、重い体を起き上がらせベッドから降りる。
そして、四方八方にはねたボサボサの髪を手でとかしながら、黄緑色のカーテンをそっと開けた。
すると、窓からはきれいな朝日の光が差し込み、寝起きの重い体を包み込んでいった。
晴天に恵まれた気持ちの良い朝。
キッチンに向かい自分で朝食の準備をする。
こんがりと焼けたトーストに控えめな甘さのヨーグルト、それにブラックのホットコーヒー。いつも通りの朝食だ。
朝食をたいらげると、自室に戻りアイロン掛け不要のYシャツと紺色のスーツのズボンを取り出しテキパキと着替える。それから、洗面所に向かってハードワックスで前髪を立たせ、全体の髪を整えた。
玄関の靴棚に置かれた鏡で髭の剃り残しをチェックし、まだ汚れの少ない黒の革靴を履き、家を出て駅へと向かった。
改札を抜けホームに着くとスーツ姿のサラリーマンや通学の学生が、ホームに印字された印ごとに列をなしていた。
1つの列に仲間入りすると、ポケットからスマホを取り出す。ロックを開いてミューシックフォルダを開き、お気に入りの曲達を物色する。これだ!と思う曲が自分の中で決まると、イヤホンを装着してその曲を聴きながら電車を待つ。
電車がホームに走りこんで来ると徐々にスピードを落とし停車した。外から見える車内の席は全て埋まっていて、ちらほらとつり革を掴んで立っている人もいた。
降車する人を優先してから車内に入り、他の乗客と同様に右手でつり革を掴み、電車に揺られる。
目的の駅で降り、今度は朝の通勤通学で満員となっている地下鉄に乗り換え、人ごみに押しつぶされそうになりながら、会社へと向かった。
会社に着くとパソコンを開きメールのチェック。しかし、自分宛てのメールはほとんど無く、大したことない事務連絡を退屈に眺めていた。
時計の針が午前九時になったと同時に、古めかしい始業のチャイムが鳴り響き、一斉に朝の挨拶を行い、業務が始まる。
だが、俺に回ってくる業務は、会議資料や客先用のプレゼン資料の印刷や、会議室の予約、来客を商談席へ案内するなどなど……。いわゆる、上司の雑用を押し付けられているだけであった。
「仕事ぶりは見て学べ」というのがこの部署の方針らしいのだが、現場に同行させてもらえないので学びようがなく、過去の会議資料を眺めるループ。
そんな生産性のない空虚な時間は流れていき、いつも通り定時の十八時に上がり、次は帰宅ラッシュの満員電車に揺られながら、自宅へと帰る。
家に着き自室に入るや否や、堅苦しい仕事着を勢いよく脱ぎ捨て、グレーのパーカーと有名スポーツメーカーの黒のジャージにすぐに着替えた。これが、俺の部屋着である。
そして帰り道にある家の近くのスーパーに寄って買った安い弁当を食べ、少し休憩してから風呂に入った。
風呂といっても、沸かすのは面倒なのでいつもシャワーで済ませている。
風呂から上がり、タオルで一通り髪や体を拭くと、寝間着の上下グレー色のスウェットに着替え、半乾きの髪の毛のままベットに入り、いつもの時間にアラームを設定して眠りにつく。
休日以外は毎日、この生活の繰り返し。
何不自由のない生活だ。
佐藤 翔太
人の目をパッと引くような名前ではないこの名前こそ、俺の名前だ。
今年の3月に四年制大学を卒業し、4月から1年目のサラリーマンとなった。いわゆる新卒の社会人というやつだ。
大学は、中の中から中の上レベルの理系大学に進学し、会社も世界で有数の大企業ではないが、世間的には知名度のある会社に就職をした。
経歴も世間でいう新卒社員と何ら変わらない。
学生時代もそれなりに楽しんでいた。友人と飲みに行ったり、旅行に行ったり……。だが、それは一時的な楽しみで永続的なものではない。
恋愛も人並みにはしてきた。だがいつも長続きはしていない。
もちろん夢も昔から抱いていた。
「お笑い芸人になって、みんなに笑顔を届けたい!」
「国民的歌手になって、自分の歌声で日本中の人々を元気づけたい!」とか。
しかし、そんな後先の見えない将来の姿に悩み、結局何も行動を起こさないまま時間だけが過ぎ、今に至っている。
だが、あの日を境に、俺の退屈な人生は一瞬にして変わっていったのであった。