乱闘の果て
●登場人物
・ココロ…始まりの存在のバディとなった公爵令嬢。十四歳にして宇宙を守る能力者達のリーダーとなる。
・吉田大地…土の能力者。戦闘能力は低いものの、持ち前の知識と冷静さで戦いを組み立てる。
・シルバー…鋼の能力者。最も早くココロの仲間になった能力者。
・キイタ…火の能力者。ANTIQUE最強と呼ばれる火の能力を操る少女。
・ガイ…雷の能力者。火に次ぐ実力者と呼ばれる雷の能力を身に宿した軍人。
・アクー…水の能力者。冷静にして弓矢の名手。身体能力は誰よりも優れている。
フェズヴェティノス
シキ
・ハナ…オヤシロサマの巫女と言われるシキのリーダー。桃色の巫女。
・ヒカル…シキの一人。黄色の巫女。
・タマ…シキの一人。白の巫女。
オオグチ
・ラプス…フェズヴェティノス一の戦闘集団オオグチの一族の長。
オウオソ
・モリガノ…戦闘民族オウオソの民の首領。
・ジンナイ…モリガノの部下。
・ガウビ…フェズヴェティノスの作戦参謀。
・クウダン…フェズヴェティノスの一人で預言を口にする。その正体は牛鬼と伝承される妖怪。
ヤック村の人々
・ブラド…オヤシロサマに心酔する村の若者。
●前回までのあらすじ
森の中で漸く合流したオウオソの民は、実力者であるコクヤの死と、ジンナイやハクザサらオウオソ十一騎の攻撃を躱し森の外へと脱出したANTIQUEの実力に言葉を失っていた。
しかし首領であるモリガノの広い心に触れたオウオソ達は次こそはANTIQUEを確実に葬る事を誓い、一路ヤック村へと戻って行った。
一方、言葉卸の神事の真っ最中であったヤック村の会場では遂に預言者クウダンの口からオヤシロサマの言葉が紡がれていた。誰もが待ち望んだ最新の預言は、夜にも恐ろしいものだった。
その恐ろしい預言を裏付けるように空からは黒い羽が舞い、舞台の上には死んだオオグチの体が晒された。恐怖に慄いた村人達は、オヤシロサマの言葉にしたがい、「金色の髪をした旅人」であるガイに襲い掛かろうとする。
「これこそ、オヤシロサマの言葉が意味するもの!御覧なさい!」
ガウビがココロから目を外し、自分を見上げる観衆に向け叫んだ。その瞬間、ステージの背面に立つ大壁の頂点に何かが現れた。現れた黒い物体はロープに括られ、荷物のようにそこにぶら下がって揺れた。
「何だ?」
「何だあれは?」
再び場内がざわつく。
「何、あれ?」
ココロとハナが同時に同じ言葉を呟く。次の瞬間、明るい照明がそのぶら下がり、揺れている物体を捉え、闇の中に浮かび上がらせた。
誰もが一瞬それが何であるのか理解できなかった。そこには、アクーに倒され川を流れ下ったオオグチの死体が吊るされていた。
全身を覆う針のような黒い毛、ナイフのような牙の並んだ大きな口からは紫色をした長い舌が垂れ下がっていた。
部分的には狼に似ていた。しかし、吊るされたその体は人間以上に大きく、確実に森の動物ではない事を理解させた。それどころかこの世のものですらないと思わせる異形の姿であった。
僅かな静寂の後、物体の正体を知った人々の口から恐怖の悲鳴が沸き上がった。
「御覧なさい、しっかりと御覧なさい!このような悪魔があの森の中にはいるのです!徘徊しているのです!だからオヤシロサマは森に入る事を禁じられたのです!あなた達を守る為に!信じなさい!オヤシロサマはあなた達を愛します!従いなさい、オヤシロサマに!その言葉の通りに行えば、我らの未来は明るい!さあ、青い髪と、金色の髪を持つ二人の悪魔を倒すのです!さもなくば、私達の世は永遠の闇に沈むでしょう!」
「金色の髪…」
「金色の髪の悪魔…」
「おい?おいおい、よせよせよせよせ、よせよぉ、違う!俺は違う!」
ガイを取り囲む村人達の目が暗い色を帯び始める。ガイは今更無駄とわかりながらも慌ててフードを被り、輝く金髪を覆い隠した。
気が付けば周りの人々が手に手に大きな石や棒切れを持ち、今度は徐々にその輪を縮め始めていた。
「何だやめろって!近づくな!」
「ガイ!」
村人に攻撃を仕掛ける訳にもいかず、ただオロオロとした声を上げるガイに向かい大地が走り出した。
「やめろ!その男に近づくな!みんなやめろ!」
人込みを掻き分け、今来た道を戻っていく大地の背を見つめていたシルバーは、その目を舞台へと転じた。どう考えても人間とは思えない巨大な体を持つクウダンのすぐ傍にココロが立っている。その光景を見ただけでもいても立ってもいられなかった。
「ココロ様!」
シルバーは大地に背を向け、同じように人垣を割りながら舞台へと向かって走り出した。
「お前に倒された、我が同朋の体だ…」
アクーの前に立ったラプスが静かな声で呟く。喋りだしたラプスに向け、アクーは慌てて弓を引き絞る。
「数多の同朋が闇に還った、志を半ばに…。アクー、貴様にその肉体を滅ぼされたのだ…」
ラプスに名を呼ばれたアクーは全身を走る正体不明の嫌悪感に眉根を寄せた。
「お前達と全力で戦い、ある者は俺の体を守る為に闇へと還っていった…」
目の前に光る矢じりが見えていないかのように、ラプスは淡々と話し続ける。クウダンの恐怖の予言を裏付けるように黒い羽が空を舞い、金色の髪を持つ男が現れ、そしてオオグチの死体まで見せつけられた儀式会場はパニック状態と化し、騒然としていた。その喧噪を聞きながら、アクーはラプスから目を逸らせずにいた。
「俺がお前を殺さなければ、先に還った同朋は浮かばれまい…」
アクーは流れる汗に目を細め、半歩後方に身を退いた。静かな口調だが、その体から発せられるラプスの殺気は森で戦った時よりも大きく感じた。
「この場でお前を引き裂き、潰し、仲間の仇を存分に晴らしてやりたいと心底思うぞアクー…」
そう言いながらアクーが下がった分だけ前に進んだラプスはそこでふとアクーから視線を外すと、自分の左手、舞台の方向に顔を向けた。
その瞬間、張り詰めていた弦が鳴り、アクーの手から解き放たれた矢が飛び出した。僅かに数mの距離だった、狙いは外れる事なくラプスの右目を捉えていた。
鋭い矢じりが、その赤く輝く宝石のような右目を貫こうとした瞬間、矢は目にも止まらぬ速さで動いたラプスの右手に握られた。顔をこちらに向ける事すらしなかった。
アクーは怯む事なく既に次の矢を番え構えていた。ポキリと軽い音を立ててラプスの手の中でアクーの矢は簡単に二つに折られ、足元へと落ちた。
「お前は俺が殺す、必ず殺してやる。しかし…それは今ではない」
呟きながら向けられたその目線の先は会場に、いや、舞台上空に吊るされた仲間の死体に向けられていた。
「例え必要な事であろうと、例え、オヤシロサマのご意思であろうとも…、誇り高く闘い、雄々しく散った戦士への冒涜は許されない」
アクーは一言も発する事なく、機械のような正確さでラプスの右目に狙いをつけたまま微動だにしない。
「また会おう」
アクーの顔を見もせずにそう言ったラプスは、ふらりと流れるように身を動かすとそのまま風のように壁の上に登り、その薄い板でできた書割の上を走り始めた。
向かう先に晒された仲間の死体目掛け、音もなく闇を切って走った。弓を降ろしたアクーは慌てて目を凝らし、その行く先を追った。
「ココロ様ぁ―――!」
群衆の中で叫ぶシルバーの声に、アクーはハッとして下を見る。フードで顔を隠しているものの、すぐにわかった。シルバーは舞台の近くまで迫っていた。
続いてアクーは舞台の上に目を転じる。自分のほぼ真下にココロとキイタがシキの三人と一緒に佇んでいるのが見えた。その目の前にはゆうに三mを超える巨体を持つクウダンが立っている。
今、この男に攻撃の意思は見られない。ココロがANTIQUEの長、始まりの存在の能力者だと言う事に対しても確信はない筈だ。
しかし、毅然とした態度でオヤシロサマの予言に真っ向から反発したココロは、ただそれだけでフェズヴェティノスの攻撃対象になっていると考えていいだろう。
ココロを守らねばならない。そして舞台上に姿を現したクウダンとガウビと言う二人の男の正体がフェズヴェティノスである事をこの群衆の前で証明できれば、この騒ぎはきっと治まる。
考えをまとめたアクーは躊躇なく壁を蹴ると、ココロとクウダンの間に降り立った。
突然無数に舞い散る黒い羽と共に舞台上に現れたアクーの姿を見たブラドが叫ぶ。
「青い髪!青い髪の悪魔!」
彼の周囲の人々も悲鳴を上げる。金色の髪の男に続き、青い髪の旅人が現れたのだ。ここまでオヤシロサマの予言は完ぺきに当たっている。このまま彼らを放置すれば自分達の未来は闇に沈む、誰もがそう考えた。
倒さなくては、力を合わせてこれを排除しなくては。若く、血気盛んな村の青年達が、手に手に手近な得物を持ち、舞台に殺到し始めた。
「殺せ!悪魔を殺せぇー!」
叫びながら迫りくる村人の姿に、収集のつかない大乱闘になるのは必至と思われたその時、強烈な光を放つ巨大な炎が天空に向け立ち上がった。
燃え上がった炎は、虚空を舞う黒い羽に引火し、何度も明滅を繰り返しながら暗い天をどこまでも昇って行った。
「キイタ…」
当然その炎を生み出したのは火のANTIQUEの能力者であるキイタだった。会場の混乱を止めようと必死に放った一撃はその狙い通り、群衆の騒ぎを一瞬にして抑え込んだ。
呆気に取られていたアクーだったが、すぐに我に返ると弓を引き絞り、目の前に立つクウダン目がけて矢を射た。
燃え落ちる羽を吹き飛ばしながら一直線に飛んだ矢は、クウダンの頭に乗った背の高い帽子に突き刺さり、その頭から吹き飛ばした。
「あ!」
「ああ!」
矢を放ったアクー自身と、それを見ていたココロが同時に叫ぶ。
「しまった!」
壁の上からそれを見ていたガウビが叫ぶ。会場からもあちこちで悲鳴が上がる。その声に大地が舞台を振り返った。
舞台の上で帽子を飛ばされ、呆然と立ち尽くすクウダン。剥き出しになった彼の頭上には、天を突くようにそそり立つ、真っ赤な二本の太い角が生えていた。
「見ろ!こいつらこそ悪魔だ!あそこに吊るされた獣と同じ、化け物だ!」
アクーに指さされたクウダンは、ハッとして両手を頭に上げる。そこで初めて自分の頭に生える角が民衆に晒されている事実に気が付き、慌てた。
「貴様…」
クウダンが怒りの眼差しで自分を指さすアクーを睨みつけた時、その目の前に一人の男が躍り出た。その男の腰で、じゃらりと銀色のメダルが重々しい音を鳴らして揺れた。
大きなフードに顔を隠しているが、間違いようもなく漸く舞台に辿り着いたシルバーだった。彼の右手は既に自慢の剣にかけられ、刀身が僅かに覗き光っていた。
「クウダン!捕らえろ!そいつらもANTIQUEだ!」
ガウビの言葉が終わらぬ内にクウダンの強力な平手が頭上からシルバーとアクーを襲った。稀に見る怪力ではあったが、その動きはオオグチやオウオソに比べ遥かに遅い。二人はゆうゆうと横飛びでこれを躱した。空を切ったクウダンの手が、今までシルバーの立っていた舞台の床を粉々に粉砕した。
「ど、どうなって…」
突然のできごとにブラドや他の村人達が戸惑いの声を上げた。
「なるほど牛鬼か…、予言が得意な訳だ」
クウダンの正体を見た大地は独り言を呟くと周りの人々に向かって叫び始めた。
「見ろ!みんな見ろあの男!恐ろしい角が生えているぞ!まるで牛のような角だ!いや、あれは鬼だ!恐ろしい鬼だ!」
ここぞとばかりに大地はクウダンを敵役にしようと声の限りに叫んだ。その声を聞いた村人達の動きが止まる。美しくなびく髪の中から生える巨大な角を振り回し、舞台上を逃げ回るアクーを追いかけるクウダンの姿は、大地の言う通り正に鬼と見えた。
その時、会場中に獣の遠吠えが響いた。怒りに満ち、しかし悲しみを秘めたような、切なくも恐ろしい声だった。
会場にいる人間も、フェズヴェティノス達も一斉に声の方を見た。ステージの壁の上、巨大に光る月の明かりを背に受け、一匹の獣が立っている。
その片腕にはいつの間に引き上げたのか、先程までそこに吊るされていたオオグチの死体が抱えられていた。
「ラプス…貴様ぁ~」
その姿を見上げたガウビの顔に、怒りと共に黒い文様が浮かび上がった。
「邪魔をするなと言った筈だ、この野良犬がぁ!」
ガウビの背に大きく九つに割れた金色の尾が飛び出す。食いしばった歯は鋭い犬歯に変わり月の明かりに煌めいた。
「戦士は、戦士として弔う」
逆光となったラプスの目がガウビを見下ろし炎のように赤く光る。
「ぬかせ!」
ガウビは素早く跳躍すると、僅か一蹴りでラプスの目の前にたどり着く。鋭い爪が光る左手を、ラプスの右側頭部辺りを狙い振り下ろした。ラプスは空いた左手でこれを冷静に弾き返した。
身を翻したガウビはそのままラプスと同じ壁の上に着地し、戦闘の姿勢に入った。月の光を受けながら高い壁の上で二匹のフェズヴェティノスが対峙する。
「何が戦士だ!役目を果たせなかった雑魚にとっておきの役を与えてやったと言うのに!」
「貴様の小細工にはうんざりだわ!」
空気を震わせるようなラプスの怒号が響き渡る。
「ANTIQUEは俺が倒す!」
そう叫んだラプスは、仲間の体をその場に置くと空高く舞った。
「ラプス!」
真下の舞台に向け落下していくラプスの姿を目で追い掛けながらガウビが叫ぶ。
「さすがはオオグチ一族の長」
天高く舞い、黒い羽を撒き散らしていたオウオソの長、モリガノが下界の様子を見下ろしながらニヤリと笑う。
「大将!」
モリガノと共に飛んでいたジンナイが近くに寄ってきて叫ぶ。
「ANTIQUEの能力者だ!能力者がいる!」
そう言いながらジンナイが指さす先には、村人の囲いからガイを助け出そうとしている大地の姿。
「俺もガウビの悠長な作戦にはうんざりしていたところだ。我らは戦の民、闘いこそ我らの本分」
「オウオソの民よ!戦だ!」
ジンナイが夜空に向け大声で叫ぶ。会場の上空いっぱいに広がっていたオウオソの民が大将モリガノの周りに集結する。
舞台の上には宙へ舞ったラプスが着地した。その衝撃で更に舞台は破壊され、天高くその破片を撒き散らした。
着地したラプスは、脇目も降らず執拗にアクーを追いかけるクウダンに向かうと、その背に組み付いた。
「貴様、何のつもりだぁ!」
クウダンが叫ぶ。
「ANTIQUEは俺の、いや、俺達の獲物だ!」
負けじと叫び返したラプスは、その勢いのままクウダンの巨大な体を後方へと投げ飛ばす。宙を舞ったクウダンの巨体は舞台の隅に固まっていたイータンダティルの信者達を蹴散らした。
「ラプス!」
再び現れた宿敵の姿に、アクーが矢を引き抜く。ラプスは天を仰ぎ力の限り大きく、長く声を放った。その声に応え、四方の壁を乗り越えて次々と生き残ったオオグチ達が会場へと流れ込んでくる。会場は一瞬の内の阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。
「こっち!」
そう言いながらココロはハナの手を掴むと、突然舞台下に向かって駆け出した。
「え?」
ハナはびっくりした顔のまま、引きずられるようにココロと一緒に舞台を降りて行った。
「ココロ!?」
キイタがココロの行動に驚いた声を上げながら後に続く。
「ハナ?」
「ハナちゃん!」
ヒカルとタマは同時に叫ぶと目を見合わせた。次の瞬間には、二人とも舞台を飛び降り、ココロ、ハナ、キイタを追って走り出していた。
「ココロ様!」
ココロの行動に気が付いたシルバ―が叫ぶ。ココロはハナの手を握ったまま全速力で会場の外に出て行く。
「ANTIQUEの能力者よ!」
手にした剣を掲げ、シルバーが大声を張り上げた。
「始まりの存在に従えぇ!」
混乱の中叫んだシルバーの声は、ラプスと対峙するアクー、村人に囲まれた大地とガイにも届いた。
「続けぇ――――!」
叫びながらシルバーは舞台の上から群衆に向け飛び降りると、ココロの後を追って駆け出した。最早村人を押しのける手に一切の遠慮はなかった。
シルバーの人並み外れた力に突き飛ばされた人々の悲鳴が響く。大刀を持ち迫りくるシルバーに恐怖した村人達が身を退き、そこに自然と道が作られる。
「ガイ分隊長!」
走りながらシルバーが叫ぶ声に大地とガイが顔を上げる。二人から出口はそう遠くない。
「姫をお守りする為離脱する!遅れをとるなぁ!」
「了解です、大隊長殿!」
ガイは嬉しそうに大声で答えると目の前の村人の顔面を押しのけた。
「どけよおら!大地ついてこい!」
「ガイ!あれ!」
「あ?」
大地に呼ばれ振り向いたガイは、大地の指さす夜空を見上げた。大きな翼を広げたオウオソの一団が自分達目がけて物凄い勢いで迫って来るのが見えた。
「冗談じゃねえ、この上あんなの相手にしてられっか!」
言うが早いか、ガイは後ろも見ずに走り始めた。大地は迫りくるオウオソの勢いに軽い恐怖を覚えながらも、続いて走り出そうとした。
その時、未だステージの上に残るアクーの姿が目に入った。
「アクー!」
「行け、大地!走れ!」
人々の阿鼻叫喚の中でも、その声をはっきりと聞いた大地は今度こそ出口に向かって走り出した。




