華麗なる競演
●登場人物
ANTIQUE
・ココロ…始まりの存在に選ばれ能力者達のリーダーとなった十四歳の少女。アスビティ公国公爵の娘。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた十七歳の地球人。幼馴染の白雪ましろを助けようと時空を超えてココロの元へとやって来た。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた能力者。アスビティ公国の軍人で公爵令嬢のココロには絶対の服従を誓う。
・キイタ…炎のANTIQUEに選ばれた能力者。大国ンダライ王国の第二王女。体が小さく人見知りだがその能力は最強。
・ガイ…雷のANTIQUEに選ばれた能力者。元はシルバーの部下で屈強の戦士。根は明るくひょうきん者でチームのムードメーカー。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた能力者。三か月以上前の記憶を一切失っている謎の少年。身体能力に優れ、弓矢の名手。
フェズヴェティノス
・ハナ…オヤシロサマの巫女であるシキのリーダー的存在。その正体はフェズヴェティノスの次期首領。
・ヒカル…シキの一人。見事なプロポーションと美しい顔を持つ。
・タマ…シキの一人。真っ白な肌と真っ黒なショートカットの妹キャラ。
・ガウビ…フェズヴェティノスの知恵袋。イーダスタ制圧計画の立役者。
・クウダン…オヤシロサマの言葉と称し舞台上で預言を披露する男。
●前回までのあらすじ
旅立つ直前のポーラーに諭された導師と呼ばれるイータンダティルの伝道師は僅かな信者達を引き連れシキが踊る舞台へと乱入した。静かな口調でオヤシロサマの教義を訊ねる導師に、ハナとタマは自らの体を獣に変えて見せた。
常識ではありえない奇跡を見せつけられたイータンダティルの信者達は一様に閉口し、ハナの気迫の籠った論調に完膚なきまでに叩きのめされた。
導師を黙らせたハナが更に奉納の舞いを続けようと音楽を流したその時、更なる侵入者が舞台の上に上がり込んだ。
一方、突然のトラブルに慌てたフェズヴェティノスの知恵袋であるガウビは作戦を早めようと一人舞台裏を駆け巡っていた。そんな彼の様子に不審を抱き話し掛けて来たのは先の戦いでガイとアクーに辛酸を舐めさせられたラプスであった。
敗走した同士にガウビは手を出すなと冷たく言い放つ。そんなラプスの目に、一族の仇であるアクーの姿が映った。
「あれは…」
未だに人込みから抜けきれない大地がステージを見ながら言った。
「姫!」
大地の後をついてステージに向かっていたシルバーも驚いた声をあげた。奉納の舞を続けようとしたシキの前に立ったのは他でもない、ココロとキイタの二人であった。
部隊の上に立つ二人を見たシルバーは前に立つ人を押しのける手に力を籠めようとした。そんなシルバーを大地が慌てて止める。
「待ってシルバー!慌てないで!」
「何を言っている!ココロ様が相手にしているのはフェズヴェティノスかもしれないんだぞ!早く、お助けせねば!」
「大丈夫、キイタがいる!それに見て!」
「何?」
シルバーは大地が指さす方に目を向けた。そこには、壁の上に隠れるように潜むアクーの姿が見えた。彼は腰の靫に手をあて、いつでも矢が抜ける態勢で舞台を見下ろしている。
「大丈夫、ココロは守られている。それよりこの先の展開次第では、俺達はまだ隠れていた方がいい!」
「なぜそう言い切れる?」
「キイタとアクーを信じて。今は目立たないように何とかココロ達に近づこう。いざという時、すぐに行動できるように」
「しかし…」
「我慢して、シルバー!」
そう言うと大地は泣きそうにも見える顔をしたシルバーを置いてゆっくりと前進を始めた。納得しきれないまま、シルバーもその後に続く。
「今日は飛び入りゲストが多い日だねぇ」
突然舞台上に上がってきたココロを見ながら、ヒカルが呆れたような声を出す。
「私、ただの旅行者だけど」
目をぱちくりさせているハナに向かい、ココロが大きな声を上げた。
「今のやりとり、私は彼らの方が正しいと思う」
そう言ってココロはステージの隅に追いやられたイータンダティルの信者達を手で指し示した。
ココロのすぐ後ろでは不安げな顔でキイタがオロオロとしている。シキの踊りと音楽にすっかり魅せられていた二人であったが、導師とハナのやり取りを見聞きする内に冷静さを取り戻したようであった。
言いたい事だけを言ってイータンダティルの信者達を排除しようとしたハナのやり口に言いようのない怒りを覚えたココロは、特に策もないままつい舞台上に乗り込んでしまった。キイタが止めようとするのも間に合わない程の勢いであった。
「今の奇跡を見てなかったの?お嬢ちゃん」
いきり立つココロにヒカルが冷静な声で聞く。
「奇跡?何が?あんなの単なるマジックショーじゃない、あれのどこが神の奇跡なのよ」
「えらい言われようだな」
「手品じゃないのに~」
諦めたようにため息をつくヒカルの横で、タマが泣きそうな声を出す。そんな中、ハナだけはびっくりしたような目でココロを見つめたまま動かない。
「私は神だ、なんて言う人の言葉を鵜呑みにして、まんま言いなりになっていたって幸せになんかなれないんじゃないかって、私も思うわ。眼鏡のあなた!」
微動だにしないハナに向かって指を突き出したココロが更に言う。
「あなたが勢いだけで言い切ったオヤシロサマの教義こそ、私には詭弁に聞こえたわ!」
堂々と胸を張り、会場に響き渡るココロの声音に会場中が静まり返る。突然現れ味方をしてもらった筈のイータンダティルの信者達でさえ、ココロの余りにも毅然とした態度に声を発せずにいた。
「どうしたんだ?」
「また音楽やんじゃった」
あまりステージが見えない会場の後ろの方では、さざ波のように不審の声が上がり始める。
「ありゃ?ありゃあ、ココロ様じゃねえか?」
一際背の高いガイは、人の頭越しに覗き見た舞台の上でシキのリーダーであるハナと対峙する桃色の髪の少女を見て呟いた。
「何とまあ、本当に乗り込んだんかい。こりゃぼやぼやしてられねえな、おいシルバー!」
と振り返ってみたところで、そこにはシルバーも大地の姿もなかった。
「あ、あれ?えー?」
状況が呑み込めないガイはキョロキョロと周囲を見回した。
「驚いた…」
どの位経った頃か、不意に今まで一言も発しなかったハナが呟いた。
「え?」
ココロが戸惑ったように眉間に皺を寄せる。
「あなた…」
すると突然ハナはココロに向かって距離を詰めてきた。会場の中程にいた大地とシルバーがハッとして顔を上げる。壁の上でアクーが目にもとまらぬ速さで矢を抜いた。
しかしココロに迫ったハナは、その場にいる全ての人の予想を覆す行動に出た。突然ココロの手を握りしめるとこう叫んだのだ。
「あなた、何て可愛いの!」
一瞬、会場中が凍り付いたように静まり返る。
「え?」
「スタイルいいし!目、おっきいし!顔ちっちゃいし!髪の毛ピンクだし!」
「え?え?え?え?」
堰を切ったように自分の長所を叫ぶハナにココロは戸惑った声を出す事しかできなかった。
「あ、あのね…」
「あなたお名前は?」
「コ、ココロ…」
「きゃあ!ココロちゃん!名前まで可愛い!」
「ちょっと!」
そう叫ぶとココロはハナの手を振りほどき、二、三歩身を退いた。後ろに控えていたキイタの横まで来ると、ココロは小さな声で囁いた。
「この子悪い子じゃないみたい」
それを聞くと、キイタはぎょっとしたように目を見開いて言った。
「ココロ何言ってるの?」
「え?私何言ってるの?」
「しっかりしてよ!」
またもやハナの甲高い悲鳴が響いた。
「きゃぁっ!よく見たらこの子も超可愛い!あなた名前は?」
「え?キイタ…」
「キイタちゃん!ちっちゃい!なのにおめめでっかい!髪の毛めっちゃきれい!」
「え、あ、いや~」
言われたキイタは顔を赤らめて頭を掻いた。
「踊れる?」
突然ハナが二人に訊いてきた。
「は?」
「二人踊れる?」
「何言ってるの、私はねえ…」
「あなた達、シキに入らない?」
再びの静寂…。
「はぁっ?」
ココロとキイタが同時に叫んだ言葉は会場にいる数えきれない人々の熱狂の声に掻き消された。と、同時に早いビートの音楽が予告もなく再開される。
「来て!」
ハナはもう一度ココロの手を取ると、ステージの中央に引き連れてきた。踊るようにタマがキイタの傍に寄り、こちらも手を取る。
「ちょっと!」
ココロが目の前のハナに言うと、ハナは満面の笑みを浮かべて言った。
「私達は踊るのが好き!そして私達の大好きな踊りを好きだと言ってくれるオヤシロサマが好き!それだけなの!」
「あなた…」
「行くよ!」
突然ハナはココロの手を取ったままステップを踏み始めた。突然の乱入者とシキの思いも掛けない競演に会場中の熱気が更に高まった。ココロは戸惑いながらもハナの勢いに押され、言われるがままに体を動かした。
「ちょっと、ちょっとストップ!やめて!」
タマに振り回されていたキイタが叫ぶが、タマは大笑いしながら手を放そうとしない。
「ああ、もう!」
怒ったようにその手を振りほどいたキイタは、タマと向き合いながら華麗にステップを踏み始めた。真っ赤な髪を振り乱す、小さな少女の思いのほか見事な踊りっぷりに歓声が高まる。
「え?キイタ踊れるの?」
「ンダライで舞踊は貴族の必須よ!」
踊りながらキイタが叫ぶ。
「ダンスなんてリズム感だからね」
ニヒルな流し目ですれ違いながらヒカルがココロの耳元で囁く。
「アハハハ!ココロちゃん、踊り下手ぁ―!」
ハナが舞いながら容赦のない事を言う。
「何ですってぇ~」
いたく自尊心を傷つけられたココロは、ムキになって体を動かした。
「そうそう、リズム、リズム!音楽に乗っちゃえばいいんだよ!」
壁の上から舞台を見下ろしていたアクーは右手に矢を掴んだまま混乱していた。はぐれていたココロとキイタが突然舞台上に現れたかと思ったら、あれよという間になぜかその場で踊り始めている。自分が何をするべきなのか完全に見失ったアクーは、助けを求めるように会場に目を移した。
遠く後方に、ばかみたいに背伸びをしているガイの金髪が見える。しかし、群衆の中に紛れてしまった大地とシルバーの姿を見つける事はできなかった。
狼狽えながらアクーは必死になって会場の人々のうねりを見回していた。その時、背後に迫るどす黒い殺気に気が付いたアクーはハッとして振り向いた。舞台の裏、暗がりの中から何かが近づいてきていた。アクーは態勢を変えないまま、そっと矢を弓に番えた。
派手な爆音と共に音楽が止まると、それに合わせて踊り続けていた五人の少女の動きも止まった。一瞬の静寂の後、割れんばかりの喝采が響き渡った。
肺が爆発しそうだった、早鐘のように打つ心臓は今にも口から飛び出しそうであった。しかし、何故か気分は最高に昂っていた。
少しでも酸素を取り入れようと肩で息をしながらココロは、隣に立つハナの顔を見た。そこには汗だくで輝くハナの笑顔があった。
呆然としたように佇むココロに、ハナは親指を立てた。
「最っ高!」
その顔を見たココロも、つい笑いを漏らしてしまった。次の瞬間、ハナがマイクを口にあてると観衆に向かって叫び始めた。
「イエ――――――――――――イ!」
マイクを持たない右手の人差し指は天に向かって真っすぐに突き立てられている。ハナの叫びに答えた会場の人々が拳を突き上げて叫ぶ。あまりの熱狂ぶりに、ステージに近づこうとする大地とシルバーは、益々身動きが取れなくなった。
「今日のスペシャルゲストォ!ココロちゃん!そしてぇ、キイタちゃ―――ん!」
そう言ったかと思うとハナは突然ココロに抱きつき、その頬にキスをした。驚いて顔を背けると、後ろではキイタがタマに抱きつかれていた。
「二人がシキに加入するの、賛成の人ぉ――――――!」
ハナが叫ぶと、賛意を示し再び会場中が沸いた。
「と、言う訳で、ようこそ!」
ハナは笑顔でココロに向けて手を伸ばした。ハッとしたココロは差し出されたその手を叩き落とした。
「な訳ないでしょう!」
「え――――!何でぇ?」
「あのねぇ!そうじゃなくて…」
ココロが言いかけた時、どこからともなく大きな拍手の音が聞こえてきた。その音は、皆の頭上から聞こえてくる。瞬間的に会場にいる全員が音の方を見上げた。
ステージの後ろに立つ大きな壁の上で手を叩いているのは、美しいスーツに身を包んだガウビであった。
「いやぁ~、お見事。お見事でした、勇気ある旅のお嬢様方。あなた方のお陰で、今日の儀式は過去最高の奉納となりました。お二人のお力で、ただ今オヤシロサマのお言葉が降ろされました!」
「ちょ、ちょっとガウビ、何を勝手な事を…!」
ハナが抗議しかけるのをすべて言わせず、ガウビは言った。
「ハナさん!お言葉は、降りたのです」
有無をも言わせないガウビの言い方にハナは言葉を失った。ガウビは芝居がかった仕草で会場に手を広げると、朗々と言い放った。
「さあ皆さん!一緒に伺おうではありませんか!今夜もこの男の口から、我らを導くありがたいお言葉が伝えられます!ヘイ、カモン!クウダン!」
いつもならハナが言うべきセリフをガウビが大声で叫ぶと、会場の照明が落ち、薄暗くなったステージ中央に巨大な椅子に腰かけたままのクウダンが浮かび上がるようにせり上がってきた。
ハナやココロ達が慌てて身を退く。高見にいるガウビは、そっと会場の入り口付近を見る。
(よしよし、首長の馬車はちゃんといるな。今日のところは村人を魅了するシキの歌や踊りよりも、この予言の方が遥かに大事だ。しくじるなよ、クウダン)
ガウビはやや緊張を孕んだ表情で足元の舞台を見下ろした。
「良いところだったのに」
「え?」
隣に立つハナの小さな呟きにココロは顔を上げた。ハナはココロの顔を見ると、囁くような声で再び言った。
「ねえココロちゃん、冗談抜きでシキに入らない?歓迎するんだけどなー」
「入らないってば」
「聞いていなくていいの?」
ひそひそと話す二人を咎めるようにキイタが口を挟む。
「そだね」
あんなにも崇拝していた筈のオヤシロサマの言葉が伝えられようとしている時に、なぜであろうか?ハナは気のないような声で言うと舞台中央のクウダンを見た。
ココロが見ると、キイタはクウダンの言葉を一言も聞き漏らすまいと緊張した顔で彼の姿を見つめている。ココロはもう一度ハナの横顔を盗み見た。
とても綺麗な顔をしている。そしてあの歌、踊り…。性別に関わらず、村の人々が魅了されるのも頷ける。そこに悪意は微塵も感じ取れない。
おかしい。大地の推理が正しければオヤシロサマの信者は皆フェズヴェティノスである筈だ。事実、尻尾を垂らしたハナとタマは、どんなタネがあるかはわからないが目の前で獣に変化して見せた。
ステージ上にいるオヤシロサマの関係者は今でこそ人のような姿をしているが、正体はあのラプスのような獣の筈だ。この舞台の裏では、きっとそんな姿のままフェズヴェティノス達がうろついているに違いない。
そう思ってはみても、ハナやその隣に立つタマ、ヒカルを見ていると、彼女達の純粋に音楽を楽しんでいるとしか思えない姿を見ていると、とてもそんな事は信じられなかった。その時、ココロの頭の中に、先程のハナの言葉が蘇る。
(私達は踊りが好きなだけ、それを好きだと言うオヤシロサマが好きなだけ…)
ココロはハッとした。もしかしてハナ達はフェズヴェティノスではなく、村人達を扇動する為に利用されているただの人間なのではないか?そんな思いが駆け巡った。
だとしたら、ヤック村の人達同様この三人の美しい娘達も一緒に助け出さなくては。ココロは無言の内にそんな決意を固めていた。




