乱入
●登場人物
ANTIQUE
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた地球の少年。戦闘経験はないが知恵が回り、作戦を立てるのが得意。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた軍人。剣術と馬術に秀で、戦闘時には常に仲間を先導するリーダー的存在。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた謎の少年。身体能力に優れているうえ大地に負けない程の知恵を持っている。
フェズヴェティノス
・ガウビ…シキのマネージャー的な任務についているフェズヴェティノス。ずる賢い作戦を立て、知恵で戦う事を信条としている。戦闘を好まない性格ではあるが怒らせると手が付けられず相当に凶暴。
●前回までのあらすじ
殆どの村人がオヤシロサマに傾向してしまったヤック村の中で僅かに残ったイータンダティルの信者達は村外れの教会でひっそりと祈りを捧げていた。
そんな彼らの下を訪れたのはガイの治療を終え、ひっそりと姿を消していたポーラーだった。三か月以上も前に森へは言ったきり行方不明だったポーラーの出現に喜ぶ信者達だったが、ポーラーはそんな彼らの指導者である導師に向かい、イータンダティルを捨てた村人達をもう一度呼び戻すよう説得する。
自然界の多神教であるイータンダティルの神々は決して信仰を取り戻させる為に自ら動く事はないと反発する導師であったが、ポーラーの熱い想いはそんな導師や彼に従う信者達の心を動かした。
導師を筆頭に言葉卸の儀が行われる会場へと乗り込んで行く彼らの背中を見送りながらポーラーは、過去に捨てた自分の故郷もこの国のように救う事ができるかもしれないと自身を奮い立たせるのだった。
どうやら高さ四m程のその壁は、儀式会場をぐるりと囲うように建てられているようであった。大地とシルバーは、その壁に沿うように暗い道を歩いて行った。
壁の向こうからは次の曲が流れ始めている。確かにノリは良く、十七歳の大地にとっては非常に聞き心地のよい曲調ではあった。
そんな事を考えながら先頭に立って歩いていた大地の目に、慌てたように走って近づいてくる男の影が映った。
咄嗟に壁に背をつけ、暗がりの中に身を潜めた大地とシルバーは、その男がすぐ先で光が漏れている壁の切れ目に消えていくのを見ると、言葉もなく目を見交わした。
「ガウビさん!」
駆け込んできた村の若者は、そこに立ったまま脇からハナ達のステージを見つめていたガウビに声を掛けた。呼ばれたガウビが素早く振り返る。
「来ました!首長の馬車が、間もなく会場に到着します!」
「やっと来ましたか。まったく、偉い方は時間を守ると言う事を知らないので困りますね」
ガウビは少し小馬鹿にしたような声で言った。
「せっかく特等席を確保したと言うのに、今からそこまでご案内するのは無理ですね」
「無理ですかね?」
「そりゃ、頑張ればなんとかなるでしょうが、それでは大勢の人の注目を浴びてしまいます。それはお忍びで来られた首長様としても本意ではないでしょう」
「ど、どうしましょうか?」
若者が困り切った顔で聞くと、ガウビは考え込むように顎に手を当てて俯いた。顔を上げると彼は静かな声ですぐに決断した。
「入り口から馬車に乗ったままご覧いただきますか。高さもあるので、むしろ舞台がよく見えるのではないかな?よろしい、私が出迎え直接ご説明しましょう」
「助かります」
「何、当然ですよ」
細い目を更に細めて言うと、ガウビは男の横をすり抜け細い通路を通り表に出た。出た所で壁に張り付くようにして立つ男と目が合った。
「あ…」
目深に被ったフードの中からガウビを見上げ、慌てたように固まっている男は大地であった。
「おや、旅のお方ですか?ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ?」
「あ、ああ、その…、そう。実は最近有名な言葉卸の儀を見に来たのですが、入り口が、わからなくて…」
「そうですか、それは案内が不十分だったようで大変失礼いたしました。あなた、この方を会場の入り口までご案内してください」
「はい!どうぞ、こちらです」
走って報告に来た村の若者はガウビに言われると丁寧な仕草で大地の前に立って案内を始めた。
「ど、どうもご親切に…」
会場の裏口らしきものを見つけ、うまくすればそこから舞台裏に忍び込めるかもしれないと近づいた大地は意外な展開に歯噛みをしながら今来た道を男の後ろについて引き返す羽目になった。
「おや、お連れ様ですか?」
背の小さな少年が背中を向けると、それを追うようにもう一人暗がりから動き出す者がいた。その姿を見たガウビが声を掛けてくる。
「え?」
振り返った大地の目が、再びガウビの目とぶつかった。相変わらず柔和な笑顔を浮かべているものの、その目はさっきまでとは比べようもなく冷たく、鋭い光を放っていた。そのナイフのような目が、今大地のすぐ脇に立つシルバーに向けられていた。
武器らしい武器を持たない背の小さな少年に何の疑いも持たず優しい言葉を掛けたガウビであったが、もう一人の男はまるで雰囲気が違う。体を包む上着の上からでもわかるその体格は、戦闘を知っている男のものだ。
ガウビはいち早くその事を見抜いた。別に、儀式見物に来たのが軍人であろうが盗賊であろうが一向に構いはしない。しかし、今しがた言葉を交わした少年の連れとしては余りにも不釣り合いだ。
「え、ええ」
大地は不自然に聞こえないように何とか答えた。
「失礼だが、どちらからおいでですか?」
「えっと、その…、ア、アスビティから」
「ほう、アスビティ公国から?お二人は、ご友人同士かな?」
「友人と言う程ではないのですが、道中色々物騒なもので、ボディーガードに雇ったんです」
「なるほど。確かに頼りになりそうですねぇ」
言いながらガウビは、シルバーの頭からつま先までを舐めまわすように見つめた。シルバーは、フードで顔を隠したまま、一言も発しない。
「しかし知らなかった、アスビティ公国にはあなたのような色の髪を持つ方もおられるのですねぇ?」
「えっと…」
「ガウビさん、急がないと」
大地が返答に窮していると、村の若者が不意に声をかけた。その途端、ガウビの目は元の優しい笑顔に戻った。
「そうでした。それでは、旅の方をくれぐれもお願いしますよ」
「はい」
若者が頷くとガウビは大地に軽く頭を下げ、背を向けた。
「どうも、ご親切に」
大地の声にガウビはもう一度振り向くと、これ以上にない程の笑顔で言った。
「当然ですよ、よい旅を」
背を向けたガウビはそのまま闇の中に消えて行った。その背中を見つめていた大地は、先に立った村人に呼ばれ、再び歩みを進めた。すぐに角を曲がると、その先に会場への入り口が見える。
「あそこに明るいところがありますよね?あそこが会場の入り口です」
「ああ、本当だ。全然気が付かなかったよ」
「じゃあどおぞ」
「ああ、いえ。ここまで案内してもらえれば大丈夫。あなたも、忙しいのでしょう?」
そんな事を言って大地は案内の男を追いやった。男が行ってしまうと、大地はため息をついて会場の入り口へと向かい始めた。不意にシルバーが歩き出す大地の肩に手を置いた。
「大地」
「え?」
何事かとシルバーの顔を見上げると、フードの中のシルバーの目は真っ直ぐに今大地が向かいかけた会場の入り口に向けられている。シルバーは顎を軽く上げ、見ろ、と合図している。
「あれは、アクーではないか?」
「え?」
大地は慌ててシルバーの指し示す方に顔を向けた。遠目ではあるが、確かに入り口前でアクーと見える小さな少年が髪の長い男と立ち話をしている。
特徴的な真っ青な髪の毛は見間違いようもないが、どうした事か近くにココロとキイタの姿は見えない。
「本当だ、何してるんだろう?あんな所で…。それに、話している相手は誰だ?」
「近づいてみよう」
そう言ったシルバーは大地を追い越すように歩き出した。大地もその後を追う。やがてアクーと村人と思える男の会話が切れ切れに聞こえてきた。
「だってお嬢さん方はもう前の方にいるんだろ?今更そこまで入るのは無理だよ」
アクーに向かって話す男の、そんな言葉が聞こえてきた。
「残念だけどこの状況で二人を探し出すなんて無理だ。例え見つけられたとしても、そこまで行くのもここまで連れてくるのも絶対に無理。儀式が終わって二人が出てくるのを待つしかないな」
「そんな…」
「悪いな、二人を見かけたら君が探していた事は伝えるよ、じゃな」
「あぁ、もう!」
逃げるように去っていく男の背に、アクーは悔しそうに毒づいた。
「アクー」
後ろから掛けられた声にアクーは振り向いた。そこには目深にフードを被った二人の男が立っていた。背の小さい方の男がフードの端を少しだけ上げる。
「大地!」
「シルバーもいるよ」
大地はニヤリと笑うと後ろに立つ男を親指でさした。
「無事だったんだね、良かった!…、ガイは?」
訊かれた大地は入り口に半身を入れるようにしてガイを探した。大地がシルバーを連れだした時と変わらずガイは周囲の村人と楽し気にシキの歌声に体を揺らしている。
「あれは、何をしているの?」
大地が無言で指さす先にガイを見つけたアクーが不審げに訊ねる。
「あ~、儀式の偵察、かな?」
「それよりアクー、ココロ様とキイタ様はどうした?」
シルバーが訊くとアクーは思い出したようにはっと顔を上げた。
「それが、僕が宿に荷物を置いている内に先に会場に入ったんだけど、見失ってしまって…」
「宿?」
大地が聞く。
「うん、すぐそこの」
言いながらアクーは入り口からみて左側の、目貫通りと思われる大通りに面した大きな建物を指さした。
「ココロ様にメッセージは送ってみたのか?」
シルバーがやや狼狽えたような声で聞いた。
「送ったよ、だけどココロ、答えないんだ」
「何かあったのか?」
シルバーは心配げな顔で群衆の背中を見つめた。
「で、アクー、俺らの荷物をどおしたって?」
「だから、あの宿の二階、通りに面した部屋に置いてきた」
「何で?」
「何でって…、さっき僕がここで話していた男、見た?」
大地とシルバーは揃って首を縦に振った。
「彼の名前はブラドと言って、この村の人なんだけど、彼が親切にその部屋を押さえてくれたんだ」
「くれたんだって、アクー、まさかここに一泊する気なの?」
「え?」
真っ青な大きな目を見開いてキョトンとした顔のアクーに、大地は呆れたようなため息をついた。
「ちょっとマジかよ、本当に観光に来た訳じゃないんだぜ?もしここでフェズヴェティノスと戦闘にでもなったらどうするのさ、俺らの荷物」
「あ…」
「変な所で抜けてるなぁ」
「ごめん、うっかりしてた」
二人のお嬢様を案内するガイド役を演じる内、いつしか本当にそんな気分になっていたらしい。アクーは自分の迂闊を恥じた。
「まあ、置いてきてしまったものはしょうがない、すぐに取りに行けば済む事だ」
不安げな顔のアクーを見てシルバーが助け舟を出す。
「やっかいだなぁ、アクーには他に頼みがあったんだけど…」
大地がフードの中に手を突っ込み、頭をガリガリ掻きながら言った。
「頼みって?」
アクーが訊返すと、大地は眩しい光を放つ舞台の方を指さしながら言った。
「あの女の子達が躍っているステージの裏さ、今シルバーと覗いて来ようとしたら、変な男に関係者以外立ち入り禁止だって追い払われちゃって。多分、あそこに潜り込めれば何か掴めると思うんだよなあ、オヤシロサマの事」
「舞台の裏に、潜り込めばいいんだね?」
「身の軽いアクーには持ってこいの仕事だと思ったんだけど」
大地が言うと、アクーは軽く頷きながら言った。
「わかった、やってみる」
「しかし、荷物はどうする?」
シルバーが二人の会話に割って入った。
「俺達で取って来ようよ」
何でもない事のように大地が言うと、シルバーがすぐに首を振った。
「それはだめだ。アクーが運び込んだ荷物を私達が担ぎ出している所を宿の者にでも見られたらどうする?どう見ても泥棒にしか見えないだろう」
「それもそうだな…」
シルバーのもっともな指摘に大地は俯いて考え込んだ。その時だった、入り口付近で話し込む三人の背後から、重々しい車輪の音が近づいてきた。その音に三人は顔を上げた。
二、三人の村の者と思える若い男が大地達のいる方へ小走りに向かいながら大きな声を出す。
「すみません、そこ場所を空けてください!」
そう叫びながら大地達にどくよう手を振る男達の後ろから、巨大で真っ黒な二頭の馬に引かれた重厚な馬車が近づいてくる。そのあまりの迫力に、大地、シルバー、アクーの三人は咄嗟に身を退いた。
三人のすぐ傍まで来た二頭立ての馬車は、儀式会場の入り口を塞ぐような形で止まった。すぐに扉が開かれ、一人の男が後ろ向きに降りてくる。
「いかがでしょう?ご覧になれますでしょうか?そうですか、それは結構です。では、ごゆっくり…」
どうやら中に乗っている別の誰かに声を掛けている様子だ。やがて、大地達に尻を向けていた男は馬車の扉を閉めると地に降り立ち、振り向いた。
「あ」
「あ…」
男と大地が同時に声を上げる。さっき舞台裏に通じる通路で会った男、確かガウビと呼ばれていた男だった。
「これはアスビティの…。こんな所で何を?」
「あ、ああ、凄い人でなかなか入れなくて…」
大地が愛想笑いを浮かべながら答える。ガウビはふと会場の中に目を向けながら同意した。
「ああ、そうですねえ。とにかく言葉卸の儀は人気が高いですから。この時分に到着されても、良い場所はとれないですよねえ」
「でも大丈夫、素敵な音楽が聞こえるので十分に雰囲気を楽しんでいます」
大地がガウビの相手をしている隙に、シルバーとアクーは音もなく身を退き、静かに大通りに向かって動き出していた。
「この馬車は?」
大地は話を逸らすように、目の前に停まった大きな馬車を見上げた。しかし答えはない。ガウビに目を向けると、彼は大地に向かいにっこりと微笑んだ。
(はぐらかされた…)
大地はそう感じた。
「あ、じゃあこれで」
何となく居心地の悪さを感じた大地は、早々に話しを切り上げ、ガウビの前から後ずさりを始めた。
非常に穏やかな、優しい笑顔。しかし、その笑顔の中で細められた目は氷のように冷たく見える。大地は、ガウビと呼ばれたこの男に、得体のしれない恐怖を感じていた。
十分に距離を取ったところで踵を返し、アクーが荷物を置いてきたと言う大きな宿を目指して速足で歩き始めた。
宿の前に建てられた馬止めにはココロとキイタが乗っていた馬がつながれており、その傍らに立ったシルバーとアクーが黙って近づいて来る大地を見つめていた。
「ふえ~、焦った。何かあの男おっかない」
「そうだな」
ぼそりとシルバーが呟く。その声に大地が意外そうな顔を向ける。
「え?シルバーもそう思う?」
シルバーは遠くにガウビの姿を認めたまま頷いた。
「あれは只者ではない」
シルバーにそんな風に言われると増々あの男が不気味に感じ始め、大地も恐る恐る振り向いた。
「大地」
そんな大地の背中にアクーが話しかけた。
「わぉ!びっくりしたぁ!何!?」
大地が肩をすぼめてアクーを振り返る。
「え?ごめん。それより今シルバーと話していたんだけど、取り合えず僕二階の部屋に行く。でもさっき置いたばかりの荷物を全部持って出るのは怪しまれるから…」
三分後―――。
「行くよー」
「よし、来い」
宿の二階から身を乗り出したアクーは、下で両手を広げるシルバーに向かい荷物を投げ落とした。落ちてきた荷物をしっかりと両手で受け止めたシルバーはそれを大人しく待っている馬の背に乗せた。
「大地!」
「お、おう」
アクーの呼びかけに、大地も下で両手を広げる。アクーの落とした大きな荷物を受け止めようと必死に踏ん張ったが、それが体に当った途端崩れるように尻餅をついた。
「大丈夫!?」
アクーが心配して上から声を掛ける。
「な、何のこの位…、へ、へーきへーき」
言いながら大地は立ち上がると、重たい荷物を両手で掴み上げた。戻ってきたシルバーが呆れた声で言い放つ。
「何をしているのだお前は?」
「う、うるさいわね!ほっといてよ!」
照れと怒りについお姉言葉で怒鳴ると、大地は荷物を引きずるようにして運んで行った。そんな事を数回繰り返す内、最後の荷物がシルバーの手に収まった。
「大地、シルバー」
アクーが二人を呼ぶ。呼ばれた二人は二階を見上げる。
「ここから舞台が見える。あの裏に行けばいいんだろう?僕、ここから行ってみるよ」
「一人で大丈夫?」
「他に誰か付いてこられるの?」
心配した大地に皮肉な笑みを浮かべたアクーが憎たらしい事を言い返してきた。
「無理はするな」
続いてシルバーが声を掛けると、アクーは小さく頷いた。
「無理はしない、危険だと思ったらすぐに戻るよ」
そう言うとアクーは、二階の窓から一気に空中へ飛び出した。大地とシルバーの頭上を越え、街道沿いの木に飛び移るとすぐに再び跳躍し、儀式会場を囲む壁の上に立った。
感心した顔でその姿を追っていた大地とシルバーは、アクーの様子がおかしいのに気が付いた。壁の上に乗ったアクーはすぐにその場でしゃがみ込んだが、会場を見下ろしたまま動かない。
「どうした?」
シルバーが小さな声を出す。その声が聞こえる筈もないが、アクーは、肩越しにチラリとこちらを振り向いた。
「シルバー」
大地がシルバーの服の裾を引く。
「会場が、おかしい」
気が付くと、あれ程賑わっていた壁の向こう側から一切の音が消えていた。シルバーはいきなり会場の入り口に向かって駆けだした。慌てて大地も後を追う。
やはり会場の中は静まり返っていた。いや、正確には大勢の人々の訝し気なざわめきで満ちていた。大地は精いっぱい背伸びをして人々の間からステージを見ようとした。
「あれは?」
辛うじて見えたステージの上には、三人の巫女が固まったように立ち尽くしていた。彼女達の見つめるステージ左側、下手の方に二十人程の男女が立っていた。




