異世界からの仲間
●登場人物
ココロ…アスビティ公国令嬢にして、ANTQUEのリーダー、「始まりの存在」に選ばれたテレパシスト。共に魔族と戦う仲間を探し、旅に出た。
大地…地球に暮らす高校二年生の男子。土のANTQUEに選ばれた能力者の一人。時空を超え、ココロのいるプレアーガへとやって来た。
シルバー…アスビティ公国公軍隊士。鋼のANTQUEに選ばれた能力者。ココロに従い共に旅を続ける。
●前回までのあらすじ
ブルーの協力を得、隣国ンダライ公国へと入ったココロとシルバー。不吉な予言が当たってしまった事に意気消沈するココロを気遣いながらも、一時の宿を田舎町に取ったシルバーは、そこで偶然にもココロの声に導かれこの世界にやってきた地球の少年、吉田大地と出会う。
一方ココロの悪夢の中に現れたダキルダは、アテイル一族の長、クロノワールの姿を彼女に見せ、いよいよココロを精神的に追い込んでいく。
(あの少年、まだあんな所に…)
一通りのものを買い揃え、ココロの待つ宿への帰路についていたシルバーは、さっきの少年がまだ道端にしゃがみこんだままなのを見てさすがに気になった。
実際、世界滅亡の危機に立ち向かおうと言う戦士が、異国の少年一人の身を案じている場合でもなかったのだが、そこを見過ごせないのがシルバーと言う男の良いところであり、弱い部分でもあった。
シルバーは言葉が通じるかどうか不安に感じながらも馬を止めると、少年に声を掛けた。
「君」
少年はゆっくりと顔を上げた。線が細く、色が白い。垂れた前髪から覗くシルバーを見上げる目は、思いのほか鋭かった。
「大丈夫か?あ~、旅行者かね?」
「えっとぉ…、最初の質問の答えは、大丈夫。知り合いを待っているだけなんだ。で、二番目の質問については、なんとも言えないかな。望んで来た事は確かなんだけど、実はここがどこだかよくわからない」
「…そうか…。大丈夫、なんだな?」
「うん、問題ないよ」
「わかった。じゃぁ、行くぞ?」
「うん、どうもね」
そう言うと大地は再び地面に目を落とし、シルバーも彼に背を向けた。が、立ち止まったシルバーはまたすぐに大地を振り返ると言った。
「一体どこから来たのだ?随分とこの国の言葉をうまく話すが」
「え?ああ、そう言えばそうだね」
大地自身、どう見てもヨーロッパ人風の容貌をしたシルバーと普通に会話を交わしている自分に驚いた。
「どこで学んだ?」
「いや、どこでって言うか…」
学んでなんかいない。異国の、と言うか異世界の人間と自然に会話をする状況、これもANTIQUEの力なのだろうか?
「あ、それよりさ」
答えに詰まった大地は咄嗟に話をそ逸らそうと別の話題を持ち出した。
「え~っと、最初の質問の答えを訂正。実は、ちょっと大丈夫じゃない」
「何?」
シルバーは、この少年の妙な言い回しはこの国の言語に慣れていない外国人ならではのものと思っていたようだが、実は大地特有の話し方であった。
「あの~、もしかして、何か食べ物を持っていないかな?」
それを聞くとシルバーは、急に笑顔になった。ここ数日で初めて自然に零れた笑顔だった。
「何だ腹が減っているのか。運のいい奴だな、たった今数日分の食料を買い込んできたところだ。そら、これをやろう」
シルバーは馬の背に積まれた袋の中から油紙のようなものに包まれたものを取り出し、大地の傍に戻ると差し出した。
大地は慌てて伸ばしていた足をさげ、姿勢を改め、シルバーを見上げた。差し出された包みに目を移し、戸惑ったように言う。
「あ、いや…本当にくれるんだ?」
「何を言っているのだ。ほら、早く持って行け。まだ硬くなってはいないだろう」
(いやぁ、ヤクザみたいなんて言って悪かったなぁ)
「ありがとう、助かったよ」
大地は包みを受け取った。中身はパンか何かだろうか?まだ温かい。
「あんた、いい人だね」
大地も初めて笑顔を見せてそう言った。
「何を…」
シルバーが言いかけたその時―――
(シルバー!!)
突然頭の中にココロの悲鳴のような声が響いた。そしてそれは大地の頭の中にも同じように響き渡った。
「姫!」
「来た!」
シルバーと大地は同時に叫んだ。
「テテメコ来たぞ!」
大地は叫ぶと目を瞑り、大急ぎで今頭の中に響いた声の主に話し掛けた。勿論声は出さない。
(君の呼び掛けを待っていた!俺は土のANTIQUEの能力者!君の声に導かれてここまで来た!)
頭の中で相手がヒュっと息を呑むのがわかった。
(姫!姫!シルバーです!どうしました?何かありましたか!?姫!)
(待って、シルバー!今、今新たな能力者と交信中です!)
(何ですって!?いや、すみません。私は控えます、どうか交信を続けてください)
(答えてください、土のANTIQUEの能力者!私の名はココロ、始まりの存在のバディです。聞こえますか?)
(大丈夫、聞こえているよココロ。俺の名は大地。魔族と戦う為、君に会いに来た)
シルバーにはココロの声は聞こえるが、ココロが通信している相手の声は聞こえない。よもや、すぐ隣に立つ、たった今食べ物をめぐんでやった少年がその相手だとは夢にも思わず、ココロの答える返事だけを頼りに話の内容を探ろうとしていた。
(ダイチ?あなたの名前はダイチと言うのね?)
(ダイチ…)
シルバーは、二人の交信を邪魔しないようにテレパシーを送らず、ココロの声を聞く事に全神経を集中させた。
(良かった…会えて良かった…。ダイチ、あなたは今、どこにいるの?)
「え?」
当然される質問であった筈だが、いざ問われて大地は絶句した。
(いや、実は俺はこの世界の人間じゃぁない。君の声を頼りに、あ~、何て言うか、信じてもらえるか自信はないんだけど、ほんと、何て言うのかな?あれだよ、次元とか?時空とか?そう言うのをね、超えて来た別の世界の住人なんだよね。そんな事言われてもあれだよね?ポカンとしちゃうよね?だけどそこを疑われちゃうと全然話しが進まないんだよね。つまり、結局何が言いたいかって言うと…、今自分がいる場所なんて、さっぱりわからない)
(………。)
ココロが沈黙した。
(ああ、でも、俺の声が君に届くって事はきっと、俺達はかなり近くにいる筈なんだ)
通信を切られてしまうのではないかと言う恐怖にも似た思いが、大地を多弁にさせた。自分がとんでもない事を言っているのは理解していた。それでも信じてもらうほかない。何とか会話を続けなくては、と大地なりに必死にココロにメッセージを送り続けた。
(ダイチ)
やや戸惑いながらも、落ち着いたココロの声がそんな大地の言葉を断ち切るように聞こえた。
(え?)
(その…近くに、誰かいませんか?)
(え?あ、え~っと、かなり目つきの悪いおっさんが一人…)
(危険はなさそうですか?なさそうなら、今いる場所を訊ねてみて)
(危険がないかどうかは甚だ疑問だけど、取り敢えず周りにこの人しかいないからちょっと待ってね、聞いてみる)
(気をつけてね、ダイチ)
「ねぇ、ねぇおっさん」
大地は一度ココロとの通信を止めると、傍らに立つシルバーに話しかけた。
しかし、訊ねられたシルバーは何を考えているのか、あらぬ方を見ながらまるで大地の声など聞こえていないようであった。
そこで大地は更に大きな声でシルバー呼んだ。当然お互いにまだ名前も知らない同士である。
「おっさんってば、ねぇ、おっさん!」
「もしかして、念の為に聞くが、そのおっさんと言うのはまさか私の事か?」
そう言いながら大地を見返すシルバーの眼差しは殺気を孕み、正に殺人者の眼光であった。
「いやぁ、その、怖いな…」
その鋭い目に竦みあがった大地は急にトーンダウンすると、恐る恐ると言った具合に訊ねた。
「え~っと、この場所の名前とかぁ、知っていたら教えてほしいんだけど…」
学校ではトップクラスの頭脳を持つ大地だったが、そこは現代の十七歳、大人に対する口の利き方はまるでなっていなかった。
「ンダライ王国の西の外れ、ダルティスの町」
愛想の欠片もない声でシルバーが機械的に答える。
「え?」
「ンダライ王国、ダルティスだ!私は忙しい、二度と話し掛けるな!」
シルバーは苛ついた声でそう言うと、その眼力自体で人すら殺せそうな鋭い眼差しを大地から逸らした。その背中は、これ以上の会話を断固として拒んでいた。
(え~っと、ココロ聞こえる?)
(うん、聞こえる)
(近くにいるおっさんに聞いたんだけど…。その、ちょっと俺の住んでいた場所の言葉では表現し辛いんだけど、ウダラーとか、マダランとか…)
(ンダライ?)
(そう、それ!多分!そこの、ダラテイスの町とかって)
(ダルティスね!私も今同じ場所にいる!ダルティスの宿泊所にいるの!そこからあなたにメッセージを送っている)
(そうなんだ!じゃぁ、俺がすぐ、そこに行くよ!何ていう宿?その店の名前は?)
(え…?名前…)
今度はココロが言葉を詰まらせる番であった。
(その、宿の名前はわからないの。でもここは小さな町だから、宿もそんなに多くはない筈。探せますか?)
(う~~~ん、何とかやってみる!)
そう言うと大地は命知らずにも再びシルバーに声を掛けた。
「おっさん!」
ゆっくりと振り返ったシルバーは、輪をかけて恐ろしい形相に加え、地獄の底から響くような低い声で答えた。
「二度と、話し掛けるなといった筈だ小僧」
急激に尿意をもよおすような恐怖に襲われたが、今の大地にとって頼れるのは目の前にいるこの銀髪の男しかいない。六年と言う歳月を経て漸くここまで来たのだ、こんな事で怯んでいる場合ではない。大地は勇気を奮い起こして、聞きたい事だけを手短に言った。
「この町に宿はいくつある?」
「そんな事を私が知る訳ないだろうが!」
「だよね、ですよね、でも、そこを何とか」
シルバーは大きくため息をつくと、二人の前に続く田舎道の先を指差した。
「この道を真っ直ぐに行くと開けた場所に出る。いくつかの店が軒を並べているが、そこにある宿屋がこの町でもっとも大きい宿だ」
「ありがとう!!」
言うなり大地は走り出した。
「あ、おい!」
急に走り出した大地に声を掛けようとしたシルバーの頭の中に、ココロの切羽詰った声が響いた。
(シルバー!)
(は!)
(お願い、すぐに戻って!土のANTIQUEと名乗る能力者から交信があったの)
(ダイチ、ですね?)
(そう、そう言っていた…。ダイチは今、私の所に向かっています、急いで帰ってきて!)
(わかりました、すぐに戻ります。姫はどうか部屋からは出ずにお待ちください。いいですね、決して部屋からは出ないでください)
シルバーはココロにそうメッセージを送るとすぐに馬に飛び乗り、ココロの待つ宿を目指して走り出した。
一方、シルバーに教わった場所に向かって大地は必死に走っていた。その左手には微妙に手に余る大きさのテテメコを握り、右の手にはしっかりとシルバーから貰った食べ物の包みを持っていた。
大地の足は同じ年齢の男子の中では速い方ではあったが、舗装もされていない道は走り辛く、段々息と共に顎が上がってきた。
もともと大地は持久力を要するスポーツが得意な方ではない。短距離ならばまだしも、長い距離を走るスタミナには自信がなかった。どちらかと言うと部屋に引きこもって勉強ばかりしていたクチだ。
幼い頃は、ましろと一緒になって好奇心と冒険心に突き動かされネビュラの祠を見に山に登ってしまうような行動力のある子供であった。
そんな大地が急に人と会うのを避け、外で遊ばなくなったのも、目の前でましろがいなくなったあの日以降の事である。それ程あの出来事は幼い大地に大きな心的影響を与えていた。
地球に比べて、かなり涼しいンダライではあったが、それでも走っている内に体中を汗が流れ始める。走っても走っても景色の変わらない、細く荒れた道は、永遠に続くかと思う程ただ真っ直ぐに伸びていた。
(店がいっぱいある所なんて、本当に、あんのかな?)
そんな弱気が膨れ上がった時、突然高らかな蹄の音と共に一頭の馬が凄い勢いで大地を追い越していった。
見間違う筈もない、確かにその馬に跨るのは、さっきのヤクザのような目をした銀髪の軍人だった。
それを見た途端、大地は足を緩め一度立ち止まった。乱れた息を整える為に両膝に手を置く。
(…んだよ、おんなじ方向に行くんなら、乗せてくれても、いーじゃんかよ…)
かなり勝手な恨み言を走り去る馬の背に向かって呟き、その馬の姿が完全に見えなくなった頃、漸く大地は再び進み始めた。しかし、走るような姿勢はとっていたものの、そのスピードはまともに歩くよりも遅い位であった。
「何やってんだ大地!もっと急げよ!」
大地の手に握られたテテメコが無責任に叱咤する。
(しんど~~~~い)
半分泣きそうになりながら、フラフラと、自分を抜き去っていった馬の後を追い大地は、先の見えない荒れた道を走り続けた。