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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
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引き継がれる意志

●登場人物

・ココロ…アスビティ公国公爵令嬢。始まりの存在に選ばれた能力者のリーダー。バディであるANTIQUEの呼称は”ゲンム”。

・吉田大地…幼馴染を助ける為に地球からやって来た少年。土の能力を身に帯びている。バディであるANTIQUEの呼称は”テテメコ”。

・シルバー…アスビティ公国元公軍大隊長。鋼の能力を駆使して戦う。バディであるANTIQUEの呼称は”デュール”。

・キイタ…ンダライ王国第二王女。火の能力を身につけた能力者。バディであるANTIQUEの呼称は”フェルディ”。

・ガイ…アスビティ公国元公軍分隊長。義手である左腕に雷の能力を宿す。バディであるANTIQUEの呼称は”ウナジュウ”。

・アクー…森で発見された記憶喪失の少年。水の能力を使いこなす。バディであるANTIQUEの呼称は”ハル”。


・ポーラー…森の中でアクーを助け介抱した青年。その後回復したアクーと共に森で暮らしていた旅人。


・オヤシロサマ…イーダスタ共和国ヤック村に住み着いた宗教団体のご神体と崇められる存在。その正体は三種の魔族の一種、フェズヴェティノスの首領。

・ハナ…眼鏡を掛けた元気な少女。その正体はオヤシロサマの孫娘でフェズヴェティノスの次期首領。

・ラプス…フェズヴェティノス最強集団と言われるオオグチ一族の長。

・ガウビ…フェズヴェティノスの知恵袋。能力を十分に持っていながら戦闘を好まない策士。

・モリガノ…オオグチに並ぶ先頭集団オウオソの民を率いる首領。



●前回までのあらすじ

 辛うじてラプスの襲撃を退けた能力者達とポーラーはようやく束の間の休息を得る事ができた。しかしココロは重症を負ったガイを文字通り放り出してラプスとの戦いに参戦したシルバーを責めた。

 だが、そんなココロを押し留め、シルバーの判断は正しかったと諭すのは、放り出されたガイ本人であった。

 命には優先順位がある。誰を助け、誰を見捨てるのか。戦いの中で瞬時にそれを見極め、冷酷に実行に移す事ができなければ、それは敗北に直結するのだと話すガイ。

 オオグチとの戦いでその判断を見誤った為に苦戦を強いられたアクーにその言葉は深く突き刺さった。ガイは戦闘経験の浅い大地とキイタにも言って聞かせる。

 戦場に立つ者全てが持たされる「命の秤」。その重さに言われた大地とキイタも言葉を失った。

 彼らの治療を一手に引き受けたポーラーは、能力者達を十分に休ませる為、最もひどい怪我を負ったガイ一人を別の場所に移し、徹夜で看病する事を約束した。







「またぁ?」

 ガウビに呼ばれたハナはオヤシロサマのお堂の前で死んだように動かないラプスを見て甲高かんだかい声を出した。

「先程 帰還きかんいたしました。今度は前回以上にひど有様ありさまでして…」

 ガウビがハナの耳元に口を寄せるようにして報告する。

「何やってんのラプス、ANTIQUEそんなに強い訳?」

 言われたラプスはようやく顔を上げると、力ない目でハナを見上げた。その黒い体は流れ出したおびただしい血でれていた。前以上に放つにおいもひどい。

 礼節れいせつ威厳いげんってハナと接してきたラプスであったが、今回は片膝かたひざをつく事すらできない程に弱っているらしく、そのままの姿勢で静かに話し始めた。

「この地に降ろされたオオグチはほぼ全滅いたしました…。雷、水、二名のANTIQUEの能力者を今一歩の所まで追い詰めるも、更に二名の能力者がけつけ、惨敗ざんぱいに終わりました」

「え!他にもいたの?」

「一人は、赤髪をした幼い娘…、間違いなく火の使い手…。今一人は…、その体は我らの牙爪のごとくにかたく、自らの腕を鋭い刃と変えて戦っていた…」

「鋼のANTQUE…」

 ラプスの言葉に階段上のお堂の中から声が答えた。

「まじ?変化へんげとかできちゃうの?能力者って、人間でしょ?」

 眼鏡の奥の目をまん丸に広げ、ハナは驚いた声を出した。しかし、その口調にはなぜかわずかに楽し気な雰囲気が含まれていた。

「つまり、能力者は四人いた訳だな」

 ハナのいささか不謹慎ふきんしんな口調を打ち消すように、ガウビが慌てた声でラプスに問いただした。ラプスはガウビの質問に声もなくただ何度かうなずいて見せた。

「四人かぁ、あと始まりの存在もいるはずだから最低五人はいるよね?ANTIQUEって全部で何人なんだっけ?」

「十一コンボでコンプリートです」

 ハナの素朴そぼくな質問にガウビが即答そくとうする。

「えー、って事は半分もいないのにオオグチがフルボッコされたって事?」

「まぁ、そう言う事になりますかねぇ」

「まじどんだけ強いんだって話?超ワクワクしない?」

「しません」

 ガウビがたしなめる声を出す。

「戻る途中、やつらの根城ねじろを見つけた…」

 ハナとガウビのやり取りを無視してラプスが続ける。

「何だと?それは本当か!」

 一瞬ポカンとしたガウビは、ラプスの言葉の重大さに気が付き大きな声を出した。

「そこにも、能力者と思える人間がいた…。地をたたき、岩を出現させた…」

「オヤシロサマ…」

 ガウビが助けを求めるように階段の上を見上げた。

「その能力…、恐らくは土のANTIQUE…」

「…他にもいたが、そいつらの能力は見ていない…」

「そこまでやられ放題で、本当にANTIQUEのかくだと確信できるか?」

 ガウビが責めるような口調で言うと、ラプスは怒りの形相ぎょうそうを向けてガウビに向かって自らの左手を突き出した。

 長い毛におおわれた黒く大きな左手には、親指がなかった。その傷口からはいまだにどす黒い血がかわく事なく流れ落ちていた。

「お前…」

 そう言ったきりガウビは言葉を失った。

「この指を切り落としたのはその内の一人だ…。俺は、この距離で奴の顔を見た…。あの動き…、あいつは間違いなく訓練を受けた兵士だ…」

 かすれた声で言ったあと、ラプスは再び力なく背中を壁に付けた。

「…だが…」

 指を失ったラプスの手に驚きをかくせずにいたガウビは、ラプスの言葉に顔を上げた。

「だが…?だが何だ?」

 ラプスは少しだけ愉快気ゆかいげな声を出した。力ないその目は、まるで夢を見ているようであった。

「雷と水の能力者には、相当な傷を負わせてやった。今奴らは、手負ておい…」

 ラプスの言葉にハナとガウビと目を合わせた。

「今なら、奴らの力は半減はんげんしている…」

 譫言うわごとのようにラプスはり返した。

「ならば我らが参ろう」

 突然、部屋の片隅かたすみから声がした。ハナとガウビが声の方を振り返ると、壁際にできた影の中から一人の男が静かに進み出た。

 スマートで背が高かったが、ガウビとは比べ物にならない程筋肉質でたくましい体格をしていた。

 真っ黒い顔に、白く大きな目が光っている。口元は黄色い大きなくちばしで、銀色の衣服をまとったその背中には黒く巨大な翼が生えていた。

「いたのか、モリガノ」

 ガウビがモリガノと呼んだ男はそれを無視するように動けずにいるラプスに近付くとそのかたわらにひざを着いた。

「ラプス、奴らのかくの場所を言え。そこにいるのだろう?オオグチ一族を全滅させる程の強敵が」

 その口元に不敵な笑みを浮かべたモリガノが言うと、ラプスは無言でその顔を見上げた。

「ちょ、ちょっと待てモリガノ!お前達は明日の儀式での役目が…」

 勝手に話を進めようとするモリガノにガウビが声を掛けるが、それを全て言わせずにモリガノは言い返した。

「儀式は夜だ、それまでには戻る」

「モリガノ…」

 今度はお堂の中からオヤシロサマが呼びかけた。モリガノは体を声の方に向け頭を下げた。

「オヤシロ様、どうかこのモリガノにANTIQUEの討伐とうばつをお命じください。われらオウオソの一族、見事ご期待におこたえいたしましょう」

「夜までに戻るって、真昼間まっぴるま仕掛しかける気か、お前達が?」

 そう言うガウビに向かってモリガノは背中のまま答えた。

「確かに我らは闇に生きる種族。しかし、同時にオウオソの民は戦士の一族。戦いに勝つ為の条件などありはしない」

「だよねぇ」

 突然ハナが声を出した。ガウビが何事かとハナを見る。

「お、お嬢様?」

「オオグチの一族がいなくなっちゃったら、もう次はオウオソの民しかいないよねぇ。違う?」

「それは…」

「いいよモリガノ、行ってきて」

「では」

 結局ハナが答える形で命じると、モリガノは軽く頭を下げ音もなく部屋から出て行った。



 深夜を過ぎていた。ココロや大地、シルバーは深い眠りについている。薬がいていたアクーはそんな仲間達よりも先に眠りに落ち、それ以来目を覚ます事がない。

 アクーや、何よりもガイの事が心配でなかなか寝付けなかったキイタも、慣れない戦いの疲れが出たのか今はもう夢の中であった。

 能力者達がそうして体を休めるかくのすぐ隣にあるもう一つの小さな洞穴ほらあなの中で、ガイはふと目を覚ました。

 ポーラーの予想通り、絶え間なく全身を襲う痛みと発熱による焼けつくような熱さに、いつの間にか壁を背にして座る格好かっこうのまま意識を失っていたらしい。

 ぼんやりと半濁はんだくとした意識の中で鋭く繰り返される音を聞いた。薄く開いた目に、炎の明かりを頼りに何やら作業に打ち込むポーラーの背中が見えた。

 ポーラーの丸めた背がれるたびに、シュッ、シュッ、っと高い音が聞こえた。耳に届くその音で、彼が刃物をいでいる事が分かった。

 引き裂かれた傷口よりも、熱の為か体の中があちこちにうずく痛みがガイを悩ませた。どうにもならない脱力感と、わずかに感じる吐き気。そして不愉快ふゆかい鈍痛どんつうの中で短い呼吸をり返しながらガイは、作業を続けるポーラーの背中を見つめ続けた。

 ふいにポーラーの動きが止まった。ポーラーは右手に持ったその刃物を目の高さに持ち上げ、ぎ具合を確認した。それは、ラプスの親指を切り落としたりの強い白刃しらはのナイフであった。

「眠れないか?」

 ポーラーが作業に戻りながら背中のままたずねてきた。

「少し、眠ったようだ…」

 張りのないよどんだ声でガイが答える。

「一時間も経っていない」

 ガイは答えなかった。最早もはや時間の感覚すらなかった。今現在自分が本当に起きているのか、これが熱にうなされながら見ている夢の続きなのかすら判断がつかなかった。つかなかったし、それはどちらでもよかった。今が夢かうつつかを考える事すら億劫おっくうであった。

「素晴らしいナイフだな。見事な切れ味だ」

 ラプスを撃退し、洞窟どうくつの中に全員が入った後、顔色を失った大地が見せてくれたラプスの切り落とされた指。ガイはその場を見ていないが、それはこのナイフによってされたのだと聞いた。

「アクーが欲しがる訳だ…。大切なものなのか?」

 再び眠る事は難しいと判断したガイは、苦しさをまぎらわせようとポーラーに話し掛けた。ポーラーも寝ずに付き合ってくれるようだ。

「そうだな…。ああ、とても大切なものだ」

 言いながらポーラーはまたそのきらめく鋭い刃を炎にかざすと、真新しい布で丁寧ていねいに曇りをき取った。

「何かいわれでもあるのか?」

「え?」

 炎に照らされた横顔をガイに見せていたポーラーは、なぜか急に慌てた様子ようすでナイフを布にくるむと、かくすように足元へ置いた。

「いや別に…。ないさ、そんなものは」

「しかしそのきたえ方、切れ味、とても名もないなまくらとは思えんな」

 なおもガイがたずねると、何を想ってかポーラーはしばらくの間黙り込んだ。火のぜる音が時折鋭く小屋の中に響いた。

「ポーラー」

 苦しい息をこらえてガイがそっと呼びかけると、ポーラーの肩がピクリと小さくれた。

「なんだ?」

 ガイはこちらを向こうとしないポーラーの背中をじっと見つめた。

「俺は、アスビティにいる頃は主要隊の分隊長だった…」

 やがてガイは静かな声で語り始めた。

「四年前のクナスジアの戦争にも、救援部隊として遠征えんせいし、参加している」

「何が、言いたい?」

「そのナイフを、見た事がある」

「へえ、そうかい」

には、何とられていた?」

「…」

 ガイの質問にポーラーは答えなかった。

「代わりに言ってやろうか?そこにはこうきざまれていたはずだ。“オーディー・ガット・プリシパティル”と…。だろ?」

 ポーラーはゆっくりと体をガイの方へ向けると言った。

「旅の途中、倒れている男を見つけた。介抱かいほうしてやろうと近づいたが、残念ながらその男は既にこと切れていた。こいつはその男が持っていたナイフだ。死人には必要なかろうと失敬しっけいした」

「それはイーダスタへ着く前か?」

 即座にガイが質問を返す。

「そ、そうだ」

「いつ頃?」

「え?」

「場所は?」

「………」

「その後イーダスタ共和国へ入り、倒れていたロキを見つけ、更にその後今度は倒れていたアクーを見つけた…。そんなにポンポン人って倒れてるものか?」

「………」

 暗がりの中で光るポーラーの瞳が泳ぐ。その目を見ながら苦し気に息をつくと、ガイは続けた。

「そのナイフは、クナスジアの訓練兵が訓練を終了し、正式な兵士となったあかしとして国王からさずかるものだ。そのには、クナスジアの兵士としての心構こころがまえが書いてある…。オーディー・ガット・プリシパティル…。作戦地への移動中、気の知れたクナスジアの兵士が自慢気じまんげに教えてくれたよ」

 聞き取りにくいかすれた声でガイが話し終える。今やポーラーは完全に顔を伏せ、石にでもなってしまったかのように動かない。

「強いな、ポーラーは…」

 そんな様子ようすを黙って見つめていたガイがぼそりとつぶいた。ポーラーが顔を上げ、ガイを見る。

一振ひとふりの小さなナイフには、国だけでなく、神の使い手として世界を守り通せと言う想いと覚悟が、詰まっていた訳だ。俺にゃあ、とても重すぎて背負せおいきれねえ」

 言うとポーラーは静かに笑った。

「…国王に、息子と言われたんだよ。平和の守護者たれ、我が息子よってな。こんなほまれは他にない。一国の王になれと言われるよりもはるかに、はるかに大きな名誉をさずかった。この一振ひとふりが、そのあかしだ」

「それを、へへ、喧嘩けんかの道具にしようとされちゃあかなわねえな。そうそうアクーにくれてやる事なんか、できない訳だ」

 ポーラーは立ち上がるとガイのそばに近づいてしゃがみ込んだ。かたわらのおけんだ水の中で布をらすと固くしぼりガイの体をいた。冷たい水にれた布は心地よかった。

 ポーラーはガイの体をく手を休めずに話し続けた。

「俺は元々クナスジアの人間ではない。俺の生まれ故郷はフェスタルド王国だ」

「そりゃまた…」

 フェスタルド王国はプレアーガでクナスジアと肩を並べる大国だ。世襲せしゅうによる国王制をいているが、二代前からその座には女性がく女王国家であった。

「フェスタルドはおかしい…。先代の女王が就任しゅうにんして以来、次々と近隣諸国きんりんしょこくに攻め入り植民地化を進めている。合言葉は常にクナスジアに後れをとるな、だ」

 ガイの体をき終えたポーラーは、新しいかわいた毛布を引き寄せガイの体に掛けた。その目がガイの目を見つめる。

「国の若い男達は否応いやおうなしに戦闘にり出された…」

「お前も?」

 そう言われたポーラーはすっと目をそむけるとさみな声で言った。

「言っただろう?俺は、自分にせられた全ての宿命から逃げ出したんだ」

「クナスジアに渡り、訓練兵となったのだろう?」

「身分をいつわってな。密入国みつにゅうこくをし、軍隊に飛び込んだ。大国でありながら世界平和の為に全てを受け入れる自由の国、そんなクナスジアに俺はあこがれていたんだ。だから、うれしかった…だけど…」

 ポーラーはそう語尾ごびにごすと再びうつむいてしまった。

「クナスジアも、変わってしまった。しかも、この一年の間に急激にだ。だから、俺はそこもまた逃げ出した…」

 それが、ポーラーが旅人になった理由と言う訳だ。ロキを見捨てた事に苦しみ続けたポーラーだ、自分のそんな敗走の人生にもまた苦しめられ続けたに違いない。

「クナスジアは、どんな風に変わってしまったんだ?」

 ガイがき返すが、ポーラーはその質問には答えず逆にき返してきた。

「ガイ達は、クナスジアを目指していると言ったな?」

 声を出すのがつらくなってきたガイは軽くうなずいて答えた。

「なら見てきてくれ、今のクナスジアを。何故なぜ、どうしてあんな風になってしまったのか…」

 そう言ってまた目をそむけてしまう。

「それでもまだそのナイフを持っている訳だ。きざまれた文字が消えてしまう程何度も手に持ち、フェズヴェティノスを一刀で退しりぞけるくらいに研ぎ澄ましている…」

未練みれんだよ、俺は今でもクナスジアが大好きなんだ。そうだな、ガイの言う通り、このナイフを喧嘩けんかの道具なんかに使われるのはぴらだ。だけどアクーは今日戦った。君達を助けようと、あんな傷を負ってまで戦った」

 ポーラーの脳裏のうりに苦しい息の中でガイをお願いとつぶやいたアクーの声がよみがる。

 自分は腹に穴を開け、おびただしい血を流し。それでもアクーは仲間の身を案じてそれをポーラーにたくしたのだ。ポーラーはガイを振り向くとその額に手を当てて言った。

「夜がける程熱は上がるだろう。苦しいだろうが頑張がんばれ。汗をかいたら言え、水が飲みたくなったら言え、小便がしたかったら言え。お前の事は俺に任せろとアクーに啖呵たんかきっちまったからな」

「帰りたく、ないのか?」

 目の前のポーラーの顔に向かってガイがつぶやく。

「え?」

「フェスタルドやクナスジアに、帰りたくはないのか?」

「そりゃあ…、帰りたいさ。フェスタルドには両親もいる、クナスジアでは恋人もできた…。以前のような、納得なっとくのいく平和な暮らしに戻れるものなら戻りたいと、そう思うさ」

 ポーラーは水の入ったおけを手に立ち上がりガイに背を向けると、おどけた声で言った。

「とても、戦士のあかしを持つ資格があるとも思えない発言だが、今のが本音だ。勿論もちろん、俺とお前だけの秘密な」

 言われたガイも青白い顔に笑顔を浮かべた。そんなガイの体をまばゆい金色の光が包み込む。ウナジュウがガイの治療を始めたようだ。

 表に出たポーラーは水場でおけの水を捨てた。空になったおけを両手で抱えながら見上げた空には、初秋しょしゅうんだ空気の中、無数の星が輝いていた。満天の星空を見上げながらポーラーは胸の内でつぶやいた。

(よかったなアクー、お前の進む道が、見つかったぞ。俺の道は、まだ見つからないけどな)



 秋の深まりを予感させる長い夜が明け、オレンジ色の光が夜露よつゆれたイーダスタの森を照らし始めた。

 狭い洞窟どうくつの中には六人になったANTIQUEの能力者全員が顔をそろえていた。

 壁を背に、座ったまま項垂うなだれているガイを囲むように、ココロ、大地、シルバー、キイタ、そしてアクーが立っていた。

 約束通り、ガイの元に朝食を運んできたキイタがガイに頼まれてみんなをここへ呼んだのだ。

 今、彼らが見下ろす地面の上には、なめしたかわで作られたさやに収まる、一振ひとふりの小さなナイフが静かに置かれていた。

「行っちまったよ」

 ガイが静かな声で誰にともなく言った。

「行っちまったって…」

 大地が戸惑とまどったような声を出す。ガイはそれに答える事なく、じっとナイフを見下ろすアクーの横顔を見つめた。

 やがてアクーがゆっくりとした動作で地に置かれたナイフを両手で持ち上げた。を握り、静かにさやから抜く。

 抜き放たれたその一振ひとふりは、素人しろうとの大地が見ても驚きに声を失う程、見事にまされ、差し込む朝日に美しくきらめいた。

「すごい…」

 キイタが思わず声を出す。アクーはふと足下に目を落とす。そこにはこのナイフを重し代わりにして、一枚の紙が置かれていた。

 アクーはナイフを元通りさやおさめるとその紙を拾った。そこには無骨ぶこつな男が書いたとは思えない、やや神経質なポーラーの筆跡ひっせきで言葉がつづられていた。

「ダン アクエーイット…」

 アクーがポツリと書いてある文字を読み上げる。

「どう言う、意味?」

 大地がくと代わってシルバーが答えた。

「そうだな…任せる、とか、預けると言ったような意味かな…」

「違いますよ」

 シルバーがやくす言葉を聞いたガイが口をはさむ。

「そこにはね、こう書いてあるんですよ。“たくす”ってね」

たくす?」

 大地がき返すとガイがうなずく。

「このナイフを、たくすって事?」

 大地の言葉にガイは今度は首を横に振った。

「何をたくされたかは、アクー、わかるよな?」

 アクーが、一瞬 おびえたような顔でガイを見た。

「ポーラーはクナスジア王国国王からそれをたくされたんだ。世界を守れってな。神の使い手として、この世界の頂点に立つ国の兵士としてのほこりを持って世界を守れと。その資格があると認められた者だけが受けるほまれだ。その時国王は、フェスタルド人であるポーラーを、息子と呼んだそうだ」

 アクーは手にしたナイフを見た。もう一度 さやから抜き取る。再びまばゆい光が放たれた。

「ポーラーは、クナスジアの兵士だったのか…」

 シルバーがそのナイフの秘密に気づかなかった自分の迂闊うかつさを恥じるようにつぶいた。

「夜中まで、全身全霊を込めていでいた。俺は、そんなに美しい白刃しらはを今まで見た事がない」

「守護の、白刃しらは

 ガイから聞いたこのナイフの名前を、大地がつぶやいた。

「だけど…」

 アクーがガイの顔を見て言う。

「何度頼んでも絶対にくれなかったんだよ?ずっと、お願いしていたのに…」

「ポーラーは言ったよ。お前は今日、戦った。そんな怪我けがを負ってまで、俺を助ける為に戦ったんだ、ってな」

「引きぐ時が来たと言う事だ」

 シルバーがぽつりと言った。

「大国の王が、息子と認めたポーラーにたくしたようにな」

「お前ならわかるはずだアクー。ポーラーが、お前に一体何をたくしたのか」

 アクーはきらめく白刃しらはを見つめた。その海のように深く濃い青色の瞳から、一筋の涙が伝い落ちた。

 その途端とたん、止めどなく幾筋いくすじもの涙がアクーの丸いほほを流れた。何の為の涙であるかアクー本人にもわからなかった。しかし、記憶を失い、不安と恐怖の中で感情を押し殺し続けたアクーが初めて流した心からの涙であった。

 悲しい、さみしい、うれしい。その全ての感情が押し寄せてきたが、実はそのどれとも違うようにも感じた。ただ、ただ流れ落ちる涙をアクーは止める事が出来なかった。

(ダン アクエーイット “息子よ、お前にたくす”)

 頭の中に響くポーラーの声が聞こえた瞬間、アクーはしぼり出すような声を出して顔を伏せた。




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