命の秤
●登場人物
・ココロ…始まりの存在に選ばれた能力者。僅か十四歳の少女であるが、リーダーとして仲間達を率い旅を続ける。
・吉田大地…土の能力者。戦闘経験はほとんどないがチームの知恵袋として仲間達を導く。異世界である地球から時空を超えて参戦している。
・シルバー…鋼の能力者。ココロの父が治めるアスビティ公国の公軍隊士。その為ココロには忠誠を誓う。戦闘力はチーム一。
・キイタ…火の能力者。アスビティの隣国であるンダライ王国の第二王女。自国の危機を救おうと仲間になるが、現在ではココロをリーダーと認め、一能力者として旅を続ける。
・ガイ…雷の能力者。元はシルバーの部下であった男。自身分隊長として部下を率いた事もあるが、現在は仲間を守る為の突撃隊長を自認し真っ先に戦場に飛び込む勇猛果敢な戦士。
・アクー…水の能力者。過去の記憶を一切持たない謎めいた少年。高い身体能力と命中率の高い矢を武器に戦うが、大地と同じく知恵の者でもある。
・ポーラー…三か月前森の中で倒れていたアクーを助けた放浪者。狩りや武器の作成、怪我の治療など森で生きる為の高いスキルを持っている。
●前回までのあらすじ
シルバーとキイタの援護を受けたガイとアクーは辛くも襲い来るオオグチの一族を退ける事ができた。自力では歩けない程の重症を負ったガイは、シルバーの背に負ぶさりながら咄嗟に繰り出したアクーとの共闘技について語った。
水と雷、雷と鋼、鋼と火。これらを組み合わせる事で更に強く、また多岐にわたる攻撃が可能になると言うシルバーの話しに一同は改めて自然の強さ、不思議さを感じた。
怪我の治った大地に腹いっぱい食わせたいと自分が獲った山鳥を忘れずに回収して欲しいと訴えるガイの姿に、アクーは初めてANTIQUEの能力者としての仲間意識を芽生えさせていた。
伸ばした手すら見失う程の闇の中、フェズヴェティノス、オオグチの長であるラプスは歩いていた。
体は重たく、力を入れる事ができない。未だかつてこれ程のダメージを受けた事がなかった。
自分がどこをどう歩いているのかすら判断できなかった。ただオヤシロサマの元へ帰る、その一心でさ迷うように歩き続けた。
そんなラプスの目に小さな光が映った。朦朧とした意識の中、顔を上げたラプスはそこに灯る小さな灯りを見つけた。
ラプスの意識は混乱していた。そこで灯かりを灯す者が味方である筈がないとわかりきっているにも関わらず、生き残ろうとする者の本能か、足は自然とその小さな光を求めて向きを変えていた。
「アクー?」
日が落ち、暗くなったねぐらの前で火を起こしていたポーラーが不意に呟くと、一緒にいたココロと大地もその声に顔を上げた。二人の視線の先でポーラがー立ち上がるのが見えた。
「ポーラー、待って!」
大地はポーラーの背中に向かって叫んだ。ポーラーは一度振り向くと大地を見つめた。大地もポーラーの元に駆け寄る。
ポーラーが人の気配を察知し、それをアクーが帰ってきたものと判断したのだと言う事はわかった。しかし本当にその気配がアクーであるかどうかはわからない筈だ。
横に並んだ大地とポーラーは目を見交わす。大地が右手にテテメコの力を宿し始める。ポーラーは大地の顔を見つめたまま小さく頷いた。
ポーラーも右手に握ったナイフを持ち直した。アクーがいつも欲しがっていた、反りの強い白刃のナイフだった。
ポーラーは慎重に闇に眼を凝らした。見れば、すっかり闇に溶け込んだ森の中に動く者の気配はなかった。
遅れてココロも恐る恐る二人について来た。静かに囀る虫の音の他、聞こえるものは何もなかった。焚火が放つ明かりを頼りに三人は目の前の闇を見つめ続けた。
ポーラーがハッとしたように体の向きを変える。大地も慌てて同じ方を見た。重苦しい空気の中で、やがて繁みを掻き分ける微かな音が大地の耳にも届いて来た。
大地が右手を目の高さに掲げる。ポーラーは大きな背を丸めるようにして身構えた。そんな二人の間からココロが見つめる先では、今や誰の目にも明らかにガサガサと葉が揺れていた。
何者かが藪を潜り近づいている事は間違いがなかった。これがもしアクーやガイを助けに向かったシルバー達ならば、あのような道なき道を掻き分けて来る筈がない。三人は緊張の面持ちで揺れる繁みを見つめ続けた。
やがてその繁みを割り、三人の前にそれは現れた。真っ黒く長い毛に覆われた巨大な体、裂けた口から長い舌を垂らし、真っ赤に燃えた目を光らせていた。ANTQUEとの闘いで敗走し、森をさ迷っていたラプスであった。
その姿を見た瞬間、ココロの中で禍々しい記憶が洪水のように押し寄せてきた。
思い出す事さえしたくもないあの凶事を報せる不吉な予知夢の中で、地を這い、次々と人間を見つけては引き裂き、殺し続けた巨大な狼が目の前にいた。
ココロの中で血が逆流を始める。胃の中のものが突き上げられてくるような恐怖。我知らずココロは叫んでいた。
ココロの悲鳴に呼応するように、ラプスも威嚇の咆哮を三人に向けて放った。
それを聞いた瞬間、大地の右腕が地を叩いていた。寸分違わず十m以上離れた場所に立つラプスの足下から突然鋭く巨大な槍のような岩が現れた。
下から突き上げ敵の体を吹き飛ばすか、うまくすればその鋭い先が相手の体を刺し貫いてくれるのではないかと大地は期待した。
しかし敵は驚くべきスピードで跳躍すると大地の第一撃を躱した。飛び上がったラプスは一気に三人との間を詰め、すぐ近くに着地した。
しかし着地の瞬間、何故かラプスは苦し気に片膝を着いた。その一瞬の隙を見逃さずラプスに飛びかかったのはポーラーであった。
「ポーラー!」
大地が叫ぶ。ポーラーは体を捩じるように右手を左腰にためると、体を戻す勢いを利用して敵目がけてナイフを振るった。膝を着く事で手の届く位置にあったラプスの目の辺りを狙っている。
迫って来る相手が何か仕掛けてくる事を察したラプスは咄嗟に左手を前に翳し、自らの頭を庇うような姿勢を見せた。
太く巨大な鉤爪が闇に光る。それでもポーラーは躊躇う事なく右手を振るった。
「ギャン!」
短く鋭い動物めいた声が響いた。ラプスの体が宙に舞い上がりポーラーと距離を取る。ポーラーの振るった刃は、相手のどこかを切り裂いたようだ。
地に降りたラプスの目は怒りのあまり先程とは比べ物にならない程真っ赤に燃えていた。地鳴りのような唸り声をあげ、牙を剥きだした。背中の毛は全て針のように逆立っている。
ビリビリと空気を切り裂くようなラプスの発する殺気に怖気づきそうになる自分を励ましながら、大地は次の攻撃のチャンスを伺った。
その時、別の方向からこちらへ向かって走り寄る数人の足音が聞こえてきた。
「ココロ!大地!」
「ココロ様!」
「ポーラー!」
ココロ、大地、ポーラーは勿論、手負いのラプスもハッとしたように声の方に顔を向ける。
燃え盛る炎を右手に宿したキイタ、輝く大刀を抜き放ったシルバー、そして青く光る不思議な矢を弓に番えたアクーが次々と現れた。
「アクー!」
「キイタ!」
「シルバー!」
ラプスと対峙していた三人も答えるように仲間の名前を叫んだ。大地は思い出したようにもう一度敵に目を向けた。
ラプスは胸の前で左手を庇うように抱えながら、闇の中に屈んでいた。そんなラプスと一瞬目が合った。そう大地が感じた次の瞬間、ラプスは大きな口から恐ろしい声を放つと、大地に背を向け森の奥へと姿を消した。
危険が去った事を知ったココロはその場にぺったりと腰を着いた。そんな彼女の元に慌ててシルバーが駆け寄る。
「ポーラー…」
アクーがポーラーに声を掛ける。
「危なかった…」
森の中で命懸けの猟をし続けてきたポーラーにはラプスの力量が測れていたようであった。
何故か相手が弱っていたので一矢報いる事ができたが、あのまま戦っていたらとても勝てる相手ではなかった。
「大地、平気?」
佇んだままラプスの去った闇を見つめ続けていた大地はキイタの声にハッと我に返った。
「あ、うん」
そう答えた大地は、ポーラーがラプスに攻撃を仕掛けた辺りに近づいて行った。地面に目を凝らす。そこには、夜目にもわかるように黒い染みが広がっていた。恐らくはラプスの流した血だろう。
そんなどす黒い血溜りの中に大地はあるものを見つけた。そっとそれを指先で摘まむようにして持ち上げた大地は、血の気の失せた表情でポーラーを見た。
大地の摘まみ上げたそれは、切り落とされたラプスの左手の親指だった。
「ココロ様お気を確かに!敵はもうおりません」
呆然としたままのココロにシルバーが話し掛けている。ようやく彼女の目が自分を見ると、シルバーはホッとしたようにぎこちない笑顔を作って聞いた。
「お怪我は?」
そう言うとココロは一つ息をつき、急にしっかりとした口調で答えた。
「ううん、大丈夫。それよりシルバー」
「は」
「ガイは?」
ココロがそう訊ねると、シルバー、キイタ、アクーの三人は、異口同音に声を出した。
「あっ…」
「よし、ひとまずこれで様子を見よう」
ガイが受けた傷の手当てを終えたポーラーが声を出した。ラプスの不意の攻撃を辛うじて退けた一同は、ガイの治療を行うポーラーの手元を固唾を飲んで見つめていた。
「まったく、ようやくシルバーと大地が動けるようになったと思ったら、今度はアクーとガイが怪我をして帰って来るなんて。君達ここに来て何日目だ?この調子じゃあ命がいくつあっても足らないな」
キイタが必死に灯すフェルディの火の明かりを頼りに何とか応急処置を済ませたポーラーが呆れた声で言った。
「面目ない…」
布団に寝かされたアクーが掠れた声を出した。
「寝てろ」
アクーに言うとポーラーは治療の道具を持って表に出た。自分よりもガイの方が重症と見たアクーは、やせ我慢半分にここまで歩いて来た。しかしそれはかなり無謀であったようで、家に着くまでにかなりの血を失っていた。
「それにしても…」
ココロが少し怒ったような声を出した。
「いくら急いでいたからって、怪我人のガイを放り出してくるなんて」
「申し訳ありません、ココロ様の叫ぶ声が聞こえたもので、つい…」
シルバーが言い訳めいた事を言った。
「だからって…」
なおも文句を言おうとしたココロを止めたのは他でもない、放り出されたガイ本人であった。ガイはポーラーに手当てを受けた左肩の傷を気にしながら言った。
「いや、適格な判断ですよ。あのまま駆けつけたところで俺を背負ったままあいつと戦うのは無理ですから」
「だけど」
「いや、ココロ様。シルバーの判断は間違っちゃいません…あ、痛い!イタタタタ!」
「ごめんねぇ、ガイ」
フェルディの火を消したキイタが泣きそうな声で謝る。
「謝らなくていいですって。こんな事、今後いくらでもある筈なんですから。むしろ咄嗟の判断を誤る方がずっと怖い」
全身に走る痛みを堪えながら何とか移動し壁に背を預けたガイは、突然 真面目な表情を作るとキイタの顔を見つめて言った。
「キイタはできますか?命に順位をつける事が」
「え?」
ガイの移動に手を貸していたキイタが驚いた顔でガイを見返す。
「大地はどうだ?」
蒼白な額に冷たい汗を浮かべたガイが、今度はキイタの後ろに立つ大地の顔を見上げる。
「え…」
突然話しを振られた大地は答えに詰まった。
「二人とも即答できるようになれ。俺は、必要があればココロ様を助ける為に大地を見捨てるぞ?大地もキイタも、そんな時は俺を捨てろ。自分の命が危うい時も同じだ。言っておくが俺は、お前らに助けられなくても自分の命位自分で守れる。だからそうしろ、いいな?」
シルバーはココロとガイの命を秤にかけ、そしてココロを選んだ。命の順位はココロの方が上だからだ。そしてガイは自分で何とかする男だと言う信頼があったのだ。
ココロの叫ぶ声を聞いたその一瞬でシルバーはその判断を下し、行動に出たのだろう。その判断をいつか自分達も迫られる時が来るのかもしれない。無言の内に大地もキイタも改めて戦場の残酷さを感じた。そして、今は布団に寝かされているアクーは、他の誰よりも痛切な思いでその言葉を聞いていた。
自分にはできなかった。ガイ一人を戦場に置いてその場を立ち去る事が。あの時、その決断ができていたらあの戦いはどうなっていただろう?暗い石の天井を見上げながら、アクーはぼんやりとした頭でそんな事を考えていた。
ガイの意外な程 真面目な声に全員が言葉を失っているところへ水場で用を済ませたポーラーが入ってきた。
「シルバー、手を貸してくれ、ガイを動かす」
「動かす?どこへ?」
「隣の洞窟だ」
「隣の?何故そんなところへ?」
シルバーが訊ねるとポーラーは治療の道具を地面に置き、自分もそこに座った。道具を丁寧に拭いて箱に収めながらポーラーは言った。
「アクーの出血量は多かったが、取り敢えず止血は済んだ。あとはじっとしていればその内に治るだろう。ガイの傷は左肩意外はそんなに深くはないが何せ全身を切り刻まれている」
道具をしまい終えた箱を脇に寄せると、ポーラーはシルバーの顔を見て続けた。
「今夜がヤマだ。ガイは俺が世話をする。隣の穴には水も湧いているしな」
「ヤマって、俺死んじゃうの?」
ガイが苦しい息の中で冗談めかした声を出す。ポーラーはクスリと笑うとそれに答えた。
「勿論命に別状はないだろう。しかし体中が痛むし熱も上がって来ると思う。全身の痛みと熱の苦しみで一晩中眠れない筈だ。ガイがここにいたら、みんなも眠れない」
「そんなの…」
ポーラーの言葉を聞いたココロが声を出す。
「だったら尚更私達もガイの傍にいるわ」
「そうね、みんなで看病した方が…」
「だめだ」
ココロの意見に賛同したキイタが言いかけると、思いがけずポーラーが厳しい声を出した。
「みんなは眠れ。今日も戦ってきたんだろう?明日からもこんな日が続くんだろう?俺がいる間位休める時には休むんだ」
ポーラーの意見が最もだと納得できる反面、苦しむガイを放って自分達だけ眠る事に抵抗がある仲間達は何とも答えられずにお互いを見合わせた。
「いざという時には君達がガイを守るんだ。俺は、さっきみたいな奴からガイを守ってやる事はできない。その為にも今は休め」
「みんな頼むよ…」
畳みかけるようにポーラーが言った後、ガイが力ない笑顔で言った。
「俺、みんなに遠慮なく苦しみたいんだけど。それに、こう言っちゃなんすけど、ケガの治療に関しては、ココロ様より俺、ポーラーに診て欲しいなぁ」
「何よもう」
全身の痛みに耐えながら自分達を気遣って憎まれ口を叩くガイに、ココロは泣きたいような気持になった。
「ガイ…」
キイタがガイの前に座りその左手を取った。ガイは優しく笑うと、空いた右手をキイタの左頬にあてた。
「そんな顔をしないで。明日には治ってるさ。ウナジュウもついてるし、何せ頑丈にできてるからな、俺は」
「うん、知ってる」
キイタは涙目のまま健気に笑顔を作った。
「ちゃんと寝て、明日の朝、元気に俺を起こしに来てくださいや」
「わかった、朝ごはん持ってく」
ガイはもう一度笑って見せた。
「よし決まりだ。手を貸そう」
言いながら立ち上がったシルバーは、ガイの前に背中を向けて膝を着いた。キイタと大地がガイの左右の腕をそれぞれ持ち、シルバーの両肩にかける。
「お世話かけます」
「まったくだ」
おどけた声を出すガイにシルバーが冷たい素振りで答える。勿論本気ではない。シルバーが立ち上がると、大地が先に立って外へ出た。
大地は表に掲げた松明を手にすると、そのまま二人を先導するように隣の洞窟へと向かう。
出て行く三人の背を見ていたポーラーは、ふと気が付いたようにアクーの傍に膝を着いた。
「ポーラー…」
「大人しくしていろよ、できれば痛み止めが効いている内に眠ってしまえ」
「うん…とても疲れたからね、眠れそうだ」
「それがいい」
そう言って立ち上がろうとするポーラーを、アクーが慌て気味に止めた。
「ポーラー」
「ん?」
「ガイを、お願い…」
その言葉を聞くと、ポーラーは浮かせかけた腰を再び降ろし、体にかかった布団の上からアクーの手をそっと握った。
「任せておけ、何も心配はいらない」
ポーラーが言うと、アクーは小さく微笑んだ。その顔は、父親に無条件の信頼をおく幼子のようであった。
「眠れよ」
最後にそう言うとポーラーは立ち上がり、大地達を追って出て行った。
(大丈夫…。ポーラーに任せておけば大丈夫。明日になれば、何もかも元通りだ。明日に、なれば…)
そう考えたアクーは一つ息を吐き出すと、静かに目を閉じた。




