ンダライ王国 ダルティスの町
●登場人物
ANTIQUE
・ココロ…始まりの存在に選ばれた能力者。アスビティ公国公爵令嬢であるが、三種の魔族の手から世界を救うため、他の能力者を探す旅に出た。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた能力者。地球で暮らす高校二年生であるが、魔族と戦い、闇のANITQUEに連れ去られた幼馴染、白雪ましろを助け出す事を目的にココロ達のいるプレアーガへとやってきた。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた能力者。アスビティ公国の隊士であり、国主の娘であるココロに忠実な男。
魔族
・クロノワール…三種の魔族の一種、アテイル一族の指導者。
・ダキルダ…アテイルの斥候。竜の形を模した鎧を身に纏い、度々ココロ達の前に現れる。
●前回までのあらすじ
ダキルダの陰謀により、境界警備第二小宮は灰となって燃え尽きた。初恋の相手であるフルゥズァの姿となりココロに近づこうとしたアテイルを一刀のもとに切り伏し、彼女を救ったのは、鋼のANTIQUEに選ばれた能力者、シルバーであった。
ようやく出会えた初めての仲間と手を取り合って脱出を図ったココロは、そこでシルバーの腹心であるブルーの協力を得、一気にアスビティ公国を出る事を決意する。
その道中、山頂から見えた第二小宮が燃え落ちていく地獄のような情景はココロが幼い頃に見た白昼夢そのものであった。夢として現れた自分の予言が的中した事に、ココロは強い衝撃を受ける。
ブルーの助けを借りアスビティ公国を脱出したココロとシルバーの2人が、新たな仲間を求めて隣国、ンダライ王国に入ったちょうどその頃、遥か時空を超えプレアーガへとやって来た地球の少年、吉田大地もまた、同じンダライの地に降り立っていた。
これもまた、始まりの存在のもとへ集まろうとするANTIQUEの力によるものであったのだろうか、いずれにせよ大地は、土のANTIQUEであるテテメコと出会ってから実に六年と言う歳月を経て、今漸く闇に攫われた幼馴染、白雪ましろを助け出す旅の第一歩を踏み出したのであった。
しかし、着いたはいいが、その場所がどう見ても自分が生きていた地球と比べ文明の遅れた世界である事に大地は戸惑い、途方に暮れていた。
唯一の拠り所は、細かい事にあまり拘らない大地持ち前の気楽さと言うか、肝の据わったその性格であった。
着いた当初こそ、多少の不安も感じたが、大地はすぐに開き直ると道端にべったりと尻を下ろし、ポケットから出した土のANTIQUE、テテメコが姿を変えた楕円形の石を野球のボールよろしく、宙に向かって放り投げてはキャッチするを繰り返し始めた。
(右も左もわからない初めての世界で不用意に動いても腹が減るだけだ)
そんな考えのもと、ここで声の主である“始まりの存在”が現れるのを待つ事に決めた。
「なぁ、テテメコォ」
相変わらずテテメコの石を放りながら大地がテテメコに話し掛ける。
(待て大地。まずは僕の話を聞け)
姿なく、テテメコの声だけが聞こえた。今テテメコはゲンムの赤い石やデュールのメダルと同じように、石の姿となって大地の手の中にあった。
「何?」
(僕で遊ぶなと何回言ったらわかるんだお前は?)
「だってテテメコでかいんだよ、ポケット膨らんでカッコ悪いし」
(悪かったな、だからと言って僕をそうやってボールみたいに扱う必要がどこにある?)
「だって退屈だし」
(退屈 凌ぎに僕で遊ぶな)
「なんかさぁ、姿を変えるにしても、もうちょっと何かなかったの?こんな石じゃなくて」
(僕は土のANTIQUEだぞ?どのANTIQUEも自分を象徴する姿に変わるんだ)
「例えば?」
(それは…そんなの、僕にだってわかんないよ)
「何だよ、それがわかれば仲間を探すヒントになったのにさぁ。そしたら、こうやって遊んでいる内に仲間の誰かがテテメコに気づいてくれるかもしれない」
(残念ながらそんな事にはないから、いいかげんに僕を投げるのをやめろ、おい!)
この会話の間も大地は、石を投げるよをやめなかった。
「わかった、わかった」
そう言うと大地は漸く石を手の中に収めた。
「けどさぁ」
大地が呟く。
(なんだ?)
「ここに来て何時間位経ったかわからないけど、結局あれっきり全然始まりの存在からメッセージが届かないのは一体どう言うこった?」
(さて、わからないけど、何か理由があるんだろう)
「理由ねぇ。けど、このまま始まりの存在と出会えなかったら、ちょっとやばい感じになるよ?」
(そんなに簡単にはいかないんだろう…。やばいって、何が?)
「考えてもみろよ~。こんな見た事もない異世界の田舎町に飛んできて、俺一人でどぉするのよ?知り合いもいなくて、武器もなくて、お金もなくて…。間もなく腹が減ってきますよぉ、俺ぁ」
(そうか、腹が減るのか。不便なもんだな)
「不便て…。これはねぇ、あんた、切羽詰った忌々しきしき事態でありますよぉ?」
切羽詰った、と言う割には暢気なトーンで大地は話した。
「ああ、やばい。口に出したらなんか本当に腹が減ってきたぞ。あーあ、早く来ないかなぁ、始まりの存在!」
ため息混じりに言うと、大地はもう一度、さっきよりもずっと高くンダライの秋空に向かってテテメコを投げ上げた。
(だから、やめれっつぅーのぉ!!)
中空に放られたテテメコが大きな声で抗議した。
休みなく夜道を走り、ココロとシルバーが到着したンダライ王国は今大きく揺れていた。
遡る事十ヶ月前、国王であるハネスト・ンダライ三世が急な病で亡くなると、その后もまた国王の死からわずか二か月後に後を追うように鬼籍に入った。
ンダライの王政は建国以来の完全世襲制であり、男女を問わず、国王の退任後は長子がその役を引き継ぐのが慣例であった。
先般、病没した国王ハネストには双子の姉妹があった。国王、后が揃って逝去した今、その王権は双子の姉、イリア姫が引き継ぐ筈であった。
しかし実際はそうはならなかった。長年王室に仕えた大臣の一人、ポルト・ガスが代行執政官として事実上国政を牛耳るようになっていたのだ。
この事に関してンダライ王国は、国民ならびに国交を持つ国に対し、継承者である長子イリア姫の若年を理由として公表していた。
しかし、若年と言えどもイリア姫の年齢は十三歳。隣国アスビティ公国で間もなく成人を迎えようとする公爵令嬢のココロとは、その年齢は一つしか違わない。
長い歴史の中で、過去には僅か九歳にして王に即位した者もいた。勿論、その場合には代行執政官の任に就く者がその政治を補佐する名目で傍についていた。
代行執政官は、国王が実際に政を指揮する事ができる適正な年齢となるまで国政を司る役職である。今回のように王位空席のまま執政代行が行われるのは建国以来初めての事であった。
それでもまだ、執政官が優秀な者であれば国民も納得がいったであろう。が、現在の執政官であるポルト・ガスが国政を取り仕切るようになってからは、長く平和を維持してきたンダライ王国に異変が起こり始めていた。
ポルト・ガスがその任に就いた途端、裕福で生産性の高かった筈のンダライ王国は突然輸入の自由化を促進させ始めた。その為この僅か一年あまりの間に、国内の失業率は急激に跳ね上がった。
更に国庫枯渇を回避する為の政策は単純な増税のみであった事から、ンダライは一気に借金まみれの貧乏国家へと成り果てたのだ。
国民からのポルト・ガスに対する不信は膨れ(ふく)れ上がったが、元々民主国家ではないンダライは、国民目線の政治を行う王室があってこその平和国であり、ひとたび王政の暴走が始まればその没落を食い止める手段を持ち合わせていなかった。
ンダライが衰退していく様を憂い、苦言を呈する国も少なからずあったが、言えば何でも買ってくれる今の国政に、目の前の利益を追う諸外国は総じて口を閉ざした。
境界警備小宮付きとは言え、公職にあったシルバーは隣国のこの現状を聞き及んでおり、そのような事情を知っていたせいか、ンダライに入国した当初から国民の生気のない顔が目に付いて仕方がなかった。
(以前に訪れた時には、もっと活気に溢れた、生き生きとした国であったが…)
そんな事を考えながらシルバーは、ゆっくりと裸馬を進めていた。その胸には、目を覚ましてはいたものの言葉もなく、ぐったりとシルバーに身を委ねるココロがいた。
ンダライに入国はしたものの、アスビティ公国の東の外れと隣接するこの地はまだかなりの田舎町だ。シルバーとしては、一気に中央首都まで駆け抜けたいところであったが、ココロの疲労を考えればこの町で一度休息をとるほかなかった。
(思えばお気の毒な事だ。中央のお城から第二境界警備小宮まで長い時間をかけて来られたかと思えば、その晩の内にあの騒ぎ…。この小さなお体で、まだ正気を保っている事自体、恐れ入る)
そんな思いを胸に進むシルバーの目に、一軒の宿屋が映った。とても公爵令嬢が逗留するような宿ではなかったが、この際 贅沢は言っていられなかった。一刻も早くココロの体を休め、残りのANTIQUEの能力者へメッセージを送る拠点となる場所を作らねばならなかった。
宿の前に設けられた馬止めに手綱を預けると、シルバーはココロに手を貸して馬から下ろし、宿へと入った。辛うじて自力で歩いたものの、シルバーが部屋を取っている間も、ココロはロビーのソファにぐったりと腰掛け、蒼白な顔のまま無口であった。
「姫」
宿の二階にある部屋に入り、荷を解きながらシルバーがココロに声を掛ける。
「私はすぐ隣に部屋をとっておりますが、これから馬具と、この先の旅に必要なものを買い揃えて参ります。いいですか?戸締りをしっかりなさってお休みになっていてください。決して一人でお部屋から出ないでください」
くどいほど言うと、ココロは漸くこくん、と小さく頷いた。
(一人にして、大丈夫だろうか?)
ココロの様子にそう思いはしたものの、まさか同じ部屋に泊まる訳にもいかない。シルバーは心配を振り切るように立ち上がると部屋を出た。出たところで、扉越しにもう一度ココロに声を掛ける。
「姫」
言ってから改めて周りを警戒し、更に呼ぶ。
「姫、戸締りを」
暫くすると衣擦れの音が近づき、部屋の中から鍵を下ろす音が聞こえた。ひとまずほっとしたシルバーは、自分の部屋に荷物を置くと、再び町へと出て行った。
高級なものではなかったが、何とか鞍やその他の馬具を揃え、携帯できる食料、間もなく訪れるであろう冬の寒さを凌ぐ為のフード付のマントなどを入手しようと、シルバーは馬を連れ、道を急いでいた。
シルバーが道端に項垂れる異国国の少年を見つけたのは、とりわけ寂しい田舎道を歩いている最中であった。
シルバーとは真逆の、艶やかな黒い髪を持ち、見た事もないけったいな衣服を身につけたその少年は、道に足を投げ出すようにして座っていた。
(外国人か?一体こんなところで何をしているのだ?)
アスビティ公国と隣接するンダライとは、その言語にほぼ変わりがない。まして、且つては特別行動騎馬隊の隊長として国外活動を主にしていたシルバーは数ヶ国語を使いこなしたが、この容姿を持つ国の人間と言葉を交わした経験はなかった。
元来から隠密に行動すべき今の自分の立場も考え、気にはなったものの、横目で見るだけでその少年の脇を無言で通り過ぎた。通り過ぎる時、その見事な黒い前髪の隙間から、相手も軽く自分を見上げていた。
「テテメコ、見た?」
シルバーの見た黒髪の少年とは、言うまでもなく大地であった。ここで偶然二人の能力者はすれ違った訳だが、お互い相手がまだ見ぬ仲間と知る訳もなく、そのまま言葉も交わさずに行き過ぎていた。
この町に来て初めて軍服らしきものを身につけ、腰に剣を吊るした男を見た。その男が行き過ぎると、大地はテテメコに話し掛けた。
「何を」
大地の左肩にテテメコがひょっこりと顔を出す。
「今通っていったおっさん。馬連れてた、ロン毛の」
「それがどうしたのさ?」
「すっげー、目つき悪かったと思わない?」
「まぁ、あの姿を見る限り軍人だろうしなぁ。あんなもんじゃないか?」
「いやぁ、おっかねぇ。ヤクザみたいだったぜ、目が合った時殺されるかと思っちゃった」
目を見開いてシルバーの去った方を見ながら大地が言うと、テテメコは嘆かわしそうに一つため息をついた。
「お前なぁ、これから魔族と戦おうって男が、あんな軍人一人にビビッてんじゃねーよ」
「いやいや、あれは堅気じゃない。できればお友達にはなりたくないなー」
残念ながら大地はこの先、そのヤクザのような男と長い長い旅を共にする事となるのだが、この時の大地は勿論まだそのような事を知る由もなかった。
宿の部屋で一人になると、ココロは崩れるように粗末なベッドに身を横たえた。そのまますぐに浅い眠りへと誘われていく。
そして、あの夢を見た。暴れる魔族、抗う術もなく次々と襲われ殺される人々、破壊されていく町…。何度見ても慣れる事のない恐怖に全身を汗で濡らし、ベッドの上で身を捩じらせていた。
しかし、今日の夢はそれだけでは終わらなかった。ドラゴンや、人語を話す獣の破壊活動がなおも続くのを、ただ手を拱いて見つめるしかないココロに語りかける声を聞いた。
―ココロ―
その声にココロは振り向いた。色のない廃墟同然の世界に、自分に呼びかける者の姿はない。
(誰?)
―己の無力を思い知ったか?アスビティの令嬢よ―
「誰なの!?」
夢の中とも知らず、ココロは大きな声で姿なき相手に問いかけた。
―上を見ろ―
(上?)
瓦礫となった建物の、わずかに残った梁の上にそいつはいた。ドラゴンの顔をした兜を被り、見た事もない禍々しい形の鎧を身につけたそいつが、ニヤニヤと笑いながら自分を見下ろしていた。
―我が名はダキルダ、アテイル一族の使いだ―
(アテイル?)
「あなたが、あのドラゴン達を操っているの?」
―ここはお前の予知夢の中だ、私は何もしていない。ただ、今私はお前の精神に直接話しかけているだけだ。とは言え、この夢が現実となる日もそう遠くはあるまいが―
「あなたは、一体…」
―言っただろう?私はアテイルの使者。アテイル一族は指導者クロノワールの下、お前達を滅ぼし、この世界を手に入れる―
「クロノワール…」
―そうだ。それこそがお前達の敵、戦うべき相手の名だ。よく覚えておくがいい。そぅら、見てごらん!―
ダキルダと名乗った者が指し示す方へ顔を向ける。そこには舞い上がった砂塵の為 黄土色に汚れた空が広がっていた。その空に、黒い絵の具を溶いたような渦が広がっていく。やがてその色はみるみる大きくなり、人のような姿に形を変え始めた。
漆黒の波打つ髪をなびかせた、黒い甲冑姿の男が空いっぱいに映り出される。
男は殺戮の続く下界を見下ろしていたが、やがてゆっくりと手を振り上げ、逃げ惑う人間も、それを襲う魔族も区別なく、その巨大な手で叩き潰した。その衝撃で、アスビティ公国の公爵宮も粉々に砕け崩れ落ちた。何度この夢を見ても、いつも辛うじてその姿を保っていたアスビティの城が。
―恐ろしい方だ―
ダキルダが呟いた。
―あれがあのお方の本性。実のところ、敵もお仲間もない。破壊と策略こそがクロノワールの真の目的…。一切なる破壊のほか、興味などないのであろうな―
(クロノワール…、あれが…、私達の敵!)
ココロがそう思った時、空いっぱいに広がったクロノワールの幻影が、ゆっくりとココロに目を向けた。恐怖に体が震えたが、ココロは決して目を逸らす事なく、クロノワールを睨み返した。
―なかなかよい覚悟だな、アスビティの令嬢よ。いずれ、近い内にまた会おう―
そんな言葉を最後に背後からダキルダの気配が消えた。しかし目の前に映し出されるクロノワールの幻影は消えなかった。ココロは、睨み続けた。
(あれが敵、私達の敵!)
すると突然クロノワールの表情が歪み、やがてその端整な顔からは想像もつかない恐ろしい雄叫びが開かれた口から溢れ出てきた。
その声に、天空のドラゴン達までもが恐れをなして飛び去ろうとしている。その叫びは、地を揺らし、ココロを地面に倒した。
次にココロが顔を上げた時、叫びながらその姿を変えていくクロノワールが見えた。顔を天へ向け、大声で叫びながら、やがてその声はあの巨大なドラゴンの声へと変わり、それに合わせてクロノワールの姿は恐ろしい巨獣の姿へと変わっていった。
そこまでが限界であった。ココロの中の張り詰めていた糸が、音を立てて切れた。怒りと憎しみに支えられたココロの意思は、恐怖と畏敬に打ち砕かれ、いつしか絶望の悲鳴を上げていた。